享年四十六歳。
「深夜にその四辻を通ると、ものすごい形相で襲ってくるらしい」
籠澤の話を聞きながら、長尾は首を傾げた。
無理もない。目の前に座る籠澤から、相反する描写で一人の男を語られたのだ。
「相当深い恨みを抱えて、亡くなっている、とか」
「おじさんが亡くなったのは全く離れたところの病院だし、筋肉が衰えてしまう病気だよ。
だいたい、その四辻も彼女の家からはだいぶ遠い。彼女たちの生活圏外だ。
縁がない」
きっぱりと籠澤に言い切られ、長尾は反対側へ首を傾げてさらに腕を組む。
マグカップでコーヒーを飲む籠澤も、しかし目線は斜め上を見ている。一見訳知り顔で話す彼もまた、この不思議な話に少なくない動揺をしているようだ。
ほんの10分ほど前。長尾は籠澤から、今の謎めいた話を聞かされた。
以前、ともに奇妙な事件に巻き込まれた八千代という少女が、籠澤に相談を持ち掛けたのだ。
いわく「おじさんが、四辻に出るみたいで」。
以前の件でも、彼女から相談事を持ちかけられていた友人であるのだが。
身内の、しかも決して印象は良くないだろう事情を打ち明けるなんて、一体どんな関係なのかと思い切って聞いた長尾に、籠澤はあっけらかんと返した。
「親戚なんだ。といっても、例の本家とは全く関係がない母方の方の。
小中と学校が同じで、高校は別だったんだけど、大学はまた一緒だったようでさ」
「そうなのか。
その割にはこの間話してたときは、結構よそよそしかったようにも見えたが」
「そうか? 高校で一瞬離れたからかなあ。
彼女の知らない人の前で、名前を呼ぶのもなんだかだし。
あ、でも親戚の集まりなんかだと『しずちゃん』て呼んでるよ」
八千代しずく、で『しずちゃん』のようだ。
血筋が遠方にある長尾にとって、こんな身近に親戚がいることに驚いたが納得した。
物腰の柔らかな友人に寄せている信頼度は、長尾が思っている以上に大きいのだろう。
「八千代さん…… しずちゃんちは母子家庭でね。お父さんはしずちゃんが生まれる直前に事故で亡くなっている。
お父さん代わりとして、しずちゃんのお母さんとしずちゃんを守ってきたのが、お母さんの弟である昇さんだった。
関係的には、俺の母が長女、しずちゃんのお母さんが次女、昇さんが末っ子長男、て感じだな」
長尾は途中で携帯を取り出し、メモを作った。テキストにしてしまえばそれほど複雑な関係ではないが、口頭だけではイメージが湧きにくい。
関係の整理ができた長尾は、籠澤に頷いて先を促した。
「俺も昇さんのことはよく知ってる。
物静かで、無口というよりは聞き上手って感じの優しい人だった。とにかくしずちゃんのことを可愛がっていて、俺は小さいころ本当のお父さんだと思ってたくらいだったよ。
しずちゃんにとっても、本当のお父さんのようだったと思うよ」
「おじさん…… 昇さんは、自分の子どもは」
「いや、ずっと独身だ」
なるほど、と長尾は頷いた。それは確かに姪が可愛かっただろう。
「その人が、『ものすごい形相で』、『四辻に現れる』……」
「襲い掛かって来る、とも」
ここで話が一巡して、二人は眉を寄せた。
あまりに唐突過ぎる情報なのだ。生前の『昇おじさん』の人格と断絶している。
「もしかして、八千代さんが見たのか、その四辻の」
『おとなしい女の子』を体現するような雰囲気の八千代を思い出し、長尾は心配になった。
だが、籠澤は首を振る。
「いや。見たのはしずちゃんの高校の時に知り合った友だちらしい。
その四辻あたりに家があるそうなんだが、たまたま深夜に通りがかって、そこで」
見た、と。
「昇さんの顔は知ってたってことか」
「高校のときはまだ元気だったからな」
「その…… 亡くなったのは」
「最近だよ。入院したのが高校三年の夏頃。受験を見届けて、て感じだ」
長尾は内心驚いていた。思った以上に最近だった。
長尾と籠澤、八千代は同い年であり、現在大学1年目の終わりを迎えようとしている。そうなると、そろそろ一周忌なのではないだろうか。
長尾の様子に、籠澤も気づいたようで「気にすんな」と笑う。
八千代と知り合った一件のこともあるが、この友人は優しそうな外見に対して、周りで起きている事象に対してのメンタルが強い。
彼が抱えている悩みに対して、自分が先回りして気づくことができるだろうかと、長尾は考えてしまう
「…… 八千代さんからは、それで何を相談されたんだ」
そういえば、まだ彼女の悩みを聞いていないことに気付く長尾。
とはいえ、概ねそれは予想ができる。
うん、と籠澤は頷き、マグカップを置いた。
「なんでそんな四辻に、しかも生前とは全く違う様子で、昇さんが出てくるのか……
訳を知りたい。
まあ、それは俺もなんだけど」
「だろうな」
八千代だけの話だったら、この友人は俺に話したかどうか。
まったく解決の想像もつかない難題だが、籠澤が問題の冒頭から自分に相談してくれたことが、長尾は嬉しかった。
「ひとまず、夕飯にするか」