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第30話 未知の未来へ

 二度目の会談は、多少の紆余曲折がありつつも、全員が無事に席につくことができた。

 場の空気をまとめるように、ガストンさんが口を開く。

「よぉし、それじゃあ話を進めていこうか。改めて、俺はこの街のギルドマスター、ガストだ。隣にいるのは近衛騎士団・密偵部隊長のエスピアだ」


「ご紹介にあずかりました、エスピアと申します。先ほどはご無礼を……どうかお許しくださいませ」

「ふんっ」

「お父様! きちんとご挨拶してください‼」


「……コボルト族の長、アビフじゃ。こっちは儂の娘のアテナだ」

「アテナと申します。本日はお時間を賜り、誠にありがとうございます」

「あっしはティガっす! 旦那の仲間っす。それと、こっちはボアーズとヤーキン。二人はきびだんごを食べてないんで、代わりに紹介しておくっす!」


「ありがとう、ティガ。俺は桃太郎。隣にいるのは、仲間のララと言います。ほら、ララもご挨拶を……って、あらら、寝ちゃってるし」

「なっはっはー。ララちゃんは、まだ子どもだ。夜も遅いし、無理もないだろう。隣のゲストルームで休ませてやりな」

「すみません、お気遣いありがとうございます」



 俺はララを隣の部屋へと運び、ベッドに寝かせつけると、会談の場へと戻った。

「お待たせしました。では、話を続けましょう——」

 これまでの経緯と、俺なりに描いた人間とコボルト族の共存共栄の道筋について説明を始めた。


「コボルト族にとって必要なのは、人間の技術と安定した食糧供給です。その代わりとして、テソーロ周辺の魔物討伐に協力することで貢献できると考えています」

「ふむふむ。それで、コボルト族ってのは、そんなに強ぇ種族なのか?」

「なんじゃと? お主、儂らを侮っておるのか?」


 空気が一瞬ピリッとする。俺は急いでアビフ様をなだめた。

「まぁまぁ、アビフ様落ち着いてください。お互いまだ知らないことだらけですのでね。コボルト族の強さは、俺が証明しましょう。こちらをご覧ください」

 俺は道中で手に入れた魔含を取り出した。これは、ボアーズとヤーキンが瞬殺した魔物のものだ。それを見たエスピアさんが目を見開く。


「これは……ブラックホーンディアの魔含……でしょうか? 最近よく目撃情報が上がっていた、警戒対象の魔物です」

「その通りです! テソーロへ来る途中で出くわしましたが、ボアーズさんとヤーキンさんが一瞬で倒しました!」


「ブラックホーンディアを一瞬で——⁉」

 エスピアさんは、信じられないという顔をしていた。

 その魔含を、ガストンさんが手に取り、慎重に確認する。

「確かに……これはブラックホーンディアの魔含だな。まだ少し生温かい。つい最近仕留めたというのは間違いないようだ」


 さすがギルドマスター、話が早い。

 俺はさらに、ティガに預けていたオーグルの魔含も差し出す。

「こ……、これはまさか——!」

「はい、そのまさかです! ガストンさんの仇である、あのオーグルの魔含ですよ!」


「なんと言うことだ……。桃くんの言うとおり、これはオーグルの魔含……信じられん」

 ガストンさんは、驚きのあまり声を失っている。だが、何か妙な点に気づいたようで、あごに手をやりながら声を発した。

「でもなぜだ……? なぜ君があの時のことを知っている?」

(あひゃー。またやっちゃったぁ~。またベリアさんの名前を利用するのは気が引けるし、ここはうまく誤魔化さないと……)


「ギ、ギルド内でガストンさんのお噂を耳にしまして……。お顔の傷のこととか——」

「おいおい、こんな古傷の話をまだしてやがる連中がいんのかよ……まったく、恥ずかしい限りだぜ」

(ふぅ、なんとか今回も誤魔化せた……。自業自得とはいえ、もっと発言には気をつけていかなくちゃだ)



 その後、ガストンさんが昔話を語り終えると、前回と同様、魔含とガントレットの交換が行われた。

 順調な展開に、俺は心の中で安堵する。

 ここから先は未知の未来だ。——まあ、それが普通なんだけど。


「さて、余談はここまでにして、今後の話をしよう。まず……コボルトをいきなり街に受け入れるのは、正直ハードルが高すぎる」

 俺は頷く。昨日まで『魔獣』と呼ばれていた存在を、街の人がすんなり受け入れるはずがない。


「そこでだ。ギルドで緊急クエストを発注しようと考えている」

「緊急クエスト——というのはどういうものなのですか?」

「そうか。桃くんは、まだテソーロに来て間もなかったんだったな。緊急クエストというのは、重大な脅威に対し、ギルドが特別に出す依頼だ。今回は、西の森の深部で魔物の頻出が確認されていて、それを掃討するという内容になる」


 俺はガストンさんに、素朴な疑問を呈した。

「そのクエストが、今後のコボルトと街の人々との関わりに、どう影響するのですか?」

「単刀直入に言おう。このクエストにコボルト族の皆さんにも協力をお願いしたい」


 ガストンさんの提案に、アビフ様の目が細くなる。

「ほぉ……。して、我らは何をすれば良いと申すのじゃ?」

「ギルドの掃討部隊と共に行動し、依頼を達成してもらう。それが成功すれば、『街を救った英雄』という大義名分が得られる。つまり、世論を味方につけるってわけだ」


 さすがギルドマスター、考えに抜かりがない。しかし、俺はすぐにひとつの壁に気付く。

「ですがガストンさん。その作戦を遂行するには、大きな問題があります」

「コミュニケーション……だな」


 共闘するには、意思の疎通が必須だ。だが、コボルト族のほとんどは、きびだんごを食べていない。

「きびだんご、あと四個しか残ってません。全員に配るには、明らかに足りないんです」


「理解している。そこでだ! 俺のコレクションの出番って訳だよ~、なっはっはー」

 全員が同時に首をかしげた。

「誰もピンと来てねぇ感じだな……。この部屋に入る前に、皆も見ただろ? 『デュプリケーター』を!」


(デュプリケーター……たしか、物を複製することができるマジックアイテム……。なるほど、そういうことか!)

「きびだんごを、そのデュ、デュプ……」

「デュプリケーターな」


「それで複製するってことですね!」

「そうだ。あのデュプリケーターで複製できる回数は、せいぜい二十五~三十回が限界だ。一度に生成できる複製品の数は四個……計算上、ギリギリ百個程度確保できる算段がつく」

「それだけあれば十分な戦力が編成できそうですね! では、早速複製に取り掛かり——」


 ガストンさんが手を挙げ、立ちあがろうとした俺を制止した。

「いや……すまんが今すぐには無理だ」

「えっ、なぜです?」

「複製するには『同等の材料』が必要なんだ。ゼロから何かを産生するのは不可能ってわけだな」


(きびだんごと同等の材料か……。だったら良い考えがある)

「ガストンさん、厨房をお借りできませんか?」

「ん? 構わないが、何をするつもりだ?」

「複製に必要な代替品を拵えようかと。俺の手持ちの材料と、砂糖と水があれば作れると思いますので!」


「それは助かる! 今日はもう遅い。ここは一旦お開きにして、朝を待とう。部屋を用意させるので、少し休息を取ることにしよう」

 その提案を受け、皆の顔には、ほころびが生まれていた。みな、ずっと緊張感を持ってこの場に挑んでいた証拠だ。

「しばしの間、ゆっくり休んでいってくれ。朝食後、改めて話を詰めよう」

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