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第14話「部活②」

 ◆


 片腕の女の人の件から数日。


 部活動も解禁され、学校は日常を取り戻していた。


 生徒一人が消えたにしては随分早い対応だけれど、例の件について霊捜から何らかのお達しがあったらしく、担任の先生が事態の収束をホームルームで告げた。


 そういうわけで、僕は今日も今日とてオカ研の部室でオカルト話に興じている。


 向かいの席でスマホをすごい速さでフリックしていた女子生徒が顔を上げた。


 三年生の佐藤先輩だ。


「そういえばさ、昨日ネットで見たんだけど、〇県の精神病院跡、また何かあったみたいだよ」


 佐藤さ先輩の言葉に、隣にいた男子部員が「え、マジで? あそこ、ガチでヤバいって有名な心霊スポットじゃん」と食いついた。


「なんかねー、ホラー系の配信やってる結構有名なミューチューバーが、数日前にそこで生配信するって言って突撃したらしいんだけど……そのまま連絡が取れなくなってるんだって」


「うわ、それマジのやつじゃん……。アカウントとかどうなってんの?」


 男子部員が少し顔を引きつらせながら尋ねる。


「アカウントは残ってるけど、配信も途中でブツッと切れてるし、その後一切更新なし。警察も捜索願が出てるって話だけど、まだ見つかってな

 いらしいよ。コメント欄とか大騒ぎになってた」


 佐藤先輩は、どこか他人事のように、でも少しだけ声のトーンを落として説明する。


 僕はゴクリと唾を飲み込んだ。


 〇県の精神病院跡……。


 その名前は、オカルト好きなら一度は耳にしたことがあるくらい有名な場所だ。


 福々先輩が、ふいに真顔になって口を開いた。


「あの精神病院跡はね、ただの心霊スポットとはちょっとワケが違うんだよ」


 いつものんびりした先輩の雰囲気が変わって、僕は少し緊張する。


「なんでも昔、人為的に異能を発現させようとしていたとある研究機関が、あの病院で秘密裏に実験を繰り返していたらしいんだ」


「え……それって、本当なんですか?」


 思わず聞き返してしまう。


 そんなSFみたいな話、にわかには信じられない。


「もちろん、表沙汰にはなっていない話だけどね。でも、その過程で多くの犠牲者が出たのは間違いないみたいで……」


 先輩は一度言葉を切り、続ける。


「今ではその犠牲者たちの怨念が渦巻いて、大量の怨霊が闊歩する魔境と化してるって噂だ。地元の霊捜も、危険すぎて手が出せないって話だよ」


 地元の霊捜が匙を投げるほどの場所……。


 背筋がぞくりと冷たくなるのを感じた。


 その時──。 


 部室の古びた引き戸ががらりと音を立てて開いた。


「やあ」


 凛とした、それでいてどこか耳に心地よい声。


 部室の空気が急にピリッと引き締まったような気がする。


 長い黒髪をさらりと揺らし、まるで誂えたかのように制服を着こなすその人は、祟 麗華(たたり れいか)先輩。


 僕たちオカルト研究部の部長だ。


 そこいらのモデルさんなんて霞んでしまうほどの存在感がある。


 今日も相変わらず近寄りがたいほどの美しさと、不思議なカリスマ性を纏っていた。


 僕が思わず背筋を伸ばすと、福々先輩がのんびりとした口調で声をかけた。


「部長、この前はどうしたんです? 急に来られなくなるなんて珍しいから、みんな心配してましたよ」


 祟先輩は、ふわりと微笑んで福々先輩の隣に腰を下ろした。


 その仕草一つとっても、なんだか絵になる。


「ああ、ちょっと野暮用でね。少し遠出をしていたのさ」


 野暮用、か。


「御堂も来ていたんだね。熱心で感心だよ」


「あ、はい。お疲れ様です、部長」


 緊張で声が上ずってしまった。


 祟先輩は、くすりと小さく笑う。


「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。取って食べたりはしないさ」


 冗談めかして言うけれど、その赤い唇から覗く白い歯が妙に印象的だった。


 いや、本当に食べられそう、とかじゃなくて。


「ああ、それと皆。ちょっといいかい?」


 祟先輩が、部室にいる数人の部員たちに声をかける。


 さっきまで雑談に興じていた先輩たちも、一斉に祟部長の方を向いた。


 こういうところが、祟先輩のカリスマ性なんだろうなと思う。


 彼女が声をかけると、自然とみんなが耳を傾けてしまう。


「ここ最近、どうにも都内での異常領域の発生が増えているように感じないかい?」


 祟先輩の言葉に、部員たちはこくりと頷いた。


 僕もこれまで2回も巻き込まれている以上、その言葉の重みをひしひしと感じる。


 新聞やニュースでも連日どこかしらで異常領域の発生が報じられているし、SNSを見れば「〇〇駅前が封鎖されてる!」みたいな投稿が溢れている。


「霊捜の方々もかなり動き回っているようだけど、それでも追いついていないのが現状だろうね。そこで提案なのだけれど、私たちオカルト研究部で、都内の異常領域ハザードマップのようなものを作ってみるのはどうだろうか」


「ハザードマップ、ですか?」


 三年生の男子部員が、少し驚いたように聞き返した。


 祟先輩は頷く。


「ああ。もちろん、公式な機関が発表している情報もあるけれど、それだけではカバーしきれない、もっと局所的で、噂レベルの情報も集めてみたいんだ」


 なるほど。


 確かに異常領域って、公式発表されるような大規模なものだけじゃない。


「あの角を曲がると、時々おかしな物が見える」とか、「夜中にあの公園に行くと、変な声が聞こえる」とか、そういう小さな噂話も、実は異常領域の前兆だったりする。


「手段は問わないよ。インターネットの掲示板やSNSでの情報収集はもちろん、古書店で昔の地誌を漁ってみるのもいいだろうし、あるいは、地元の古老に聞き込みをしてみるのも面白いかもしれないね」


 祟先輩は、楽しそうに目を細めた。


「集めた情報を地図に落とし込んで、どの地域にどんな怪しい話があるのかをまとめていく。そうすれば、私たち自身が危険な場所に近づくのを避けられるかもしれないし、もしかしたら、他の誰かの役に立つ情報になるかもしれないだろう?」


 その提案に、部員たちはざわめいた。


「面白そうですね、それ!」


「確かに、自分たちで情報集めるのはオカ研っぽい活動かも」


「ネットの噂って、結構ガセも多いですけどその辺はどうするんですか?」


 後輩の女子部員が、少し不安そうに尋ねる。


 祟先輩は優しく微笑んで答えた。


「もちろん、情報の真偽を見極めるのは難しいだろうね。だから、集めた情報は鵜呑みにするのではなく、あくまで『こういう噂がある』という形で記録していくのがいいだろう。複数の情報源から同じような話が出てくれば、信憑性は高まるかもしれないしね」


 福々先輩も、うんうんと頷いている。


「なるほどねえ。地図に情報を書き込んでいくのか。アナログだけどそれが逆に面白いかもしれないね」


「フィールドワークも大切だよ。それに私たちも少しくらいは運動をしないとね。健全な精神は~……みたいな言葉もあることだし」


 祟先輩の言葉に、部室の空気が少しだけ和んだ。


「具体的にはどんな情報を集めればいいんでしょうか? 怪談話とか、心霊写真とかでもいいんですか?」


 僕が恐る恐る尋ねると、祟先輩は「もちろんだよ」と即答した。


「怪談話はその土地に根付いた記憶の断片であることも多いし、心霊写真は……まあ、本物であれば貴重な資料になるだろうね。とにかく、都内の『怪しい』と感じる話なら何でもいい。それがどのあたりの地域の話なのか、それを明確にすることが重要だよ」


 ふむ。


 僕も昨日遭遇したあの鳥の女の人の話とか報告してもいいんだろうか。


 それにあの片腕の女の人とか。


 いや、でもあれはお姉さんが関わっているから、あんまり大っぴらにしたくない気もする。


 後者は眞原井さんもいたし、下手なことを言って彼女に迷惑をかけるわけにもいかない。


 本田君のこともあるし……。


「私たちにできることは限られているかもしれない。でも、何もしないよりはいい。情報を集め、共有することで、少しでも悲劇を減らせる可能性があるのなら、試してみる価値はあると私は思うんだ」


 言霊というのだろうか? 妙に説得力がある。


「よし、じゃあ早速、役割分担とか決めますか?」


「そうだな。まずは情報収集の担当エリアを決めるとか?」


 部員たちが活発に意見を出し始める。


 僕も何か良い案が出せればいいんだけど──ああ、そうだ。


 眞原井さんだったら何か知ってるかな? 


 以来、僕と眞原井さんはちょっとした交流を持つようになっている。

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