◆
翌日の部活。
僕達は少し緊張した面持ちで、昨日の発見について祟部長に報告した。
「なるほど、曼荼羅ね」
祟部長は腕を組んで、じっと地図を見つめている。
ややあって。
「能都君の指摘は的を射ているね。確かに、この配置は偶然にしては出来すぎている」
そう言いながら、祟部長は部室の奥へと歩いていった。
鍵のかかった古い棚の前で立ち止まり、懐からキーケースから鍵を取り出す。
カチャリという音と共に扉が開き、中から何冊もの古めかしい書物が姿を現した。
和紙で装丁されたいかにも年代物という感じの文献だ。
「心当たりがないこともないんだ」
祟部長は慎重に本を取り出し、机の上に広げ始めた。
「ええと、どれだったかな──ああ、これだ」
呟くような声に、僕たちは思わず身を乗り出した。
祟部長が広げたのはページには古めかしい地図が描かれている。
「今の新宿周辺の地図だね」
まだ高層ビルなど影も形もない、江戸時代末期か明治初期のものらしい。
そこには筆文字で様々な注釈が書き込まれていた。
──龍脈之奔流
──血ノ澱
不吉な言葉が地図上のあちこちに散らばっている。
「この土地は、古くから強大なエネルギ──―龍脈が流れるパワースポットとして知られていた」
祟部長の説明が始まった。
「だがエネルギーが強すぎるが故に、穢れや怨念が溜まりやすい"澱み"にもなっていた。歴史の中で、何度も大規模な浄化の儀式が行われてきた記録が残っている」
祟部長の説明は、もはや単なるオカルト話の域を超えていた。
古文書から引用される具体的な年号、実際に行われた儀式の詳細、そして関わった陰陽師や僧侶の名前まで。
すべてが妙にリアルで、作り話とは思えない重みがあった。
「わたくしの家にも、新宿の『宿(しゅく)の厄』に関する古い言い伝えがありますわ」
眞原井さんが静かに口を開いた。
「内藤新宿──今の新宿の前身ですが、そこは古来より魔が集まりやすい土地だったと。眞原井家の古い記録にも、定期的に浄化の儀式に参加していた記述があります。わたくしの母筋は陰陽師の血を引いていますので」
「うーん、なんか難しくてよくわかんねえけど……」
祐が顔をしかめながら頭をかく。
「要するに、新宿ってヤバい場所だってことか?」
その単純な要約に、祟部長は苦笑を浮かべた。
「まあ簡単に言えばそういうことだね」
でも、すぐに表情を引き締める。
「問題は、現在の怪異の分布がその古い龍脈の流れと一致しているように見えることだ」
祟部長は古地図と僕たちが作ったハザードマップを並べて見比べる。
確かに、怪異が集中している地点と、古地図に記された「血ノ澱」の位置がぴたりと重なっている。
「偶然にしては……」
福々先輩が呟く。
「でき過ぎていますね」
部室に重い沈黙が降りた。
誰もが同じことを考えているのが分かる。
もしこれが偶然じゃないとしたら、誰か──あるいは何かが、意図的に古い力を呼び覚まそうとしているのか。
「ハザードマップの作成、ありがとう」
祟部長が急に話題を変えた。
「ただ、ちょっと事態が剣呑な方向へ進んでいるように思える。だから一旦活動は停止して、これ以上は深入りしないようにしてくれ」
その言葉に僕たちは顔を見合わせた。
「放っておくって事か?」
祐が不満そうに言う。
「いや、まとめた情報は霊捜などに提供しておくよ。それと他にも“その手”を得意としている組織にも。いくつか伝手があるんだ」
祟部長は首を振った。
「ただ、私たちがこれ以上深入りするのは危険なように思える」
「……確かにそうですわね」
眞原井さんも同意する。
「もし本当に誰かが意図的に何かを企んでいるなら、私たちのような学生が首を突っ込むべきではありません。専門家が対処すべき事かと」
理屈では分かる。
でもなんだかもやもやした気持ちが残った。
せっかくみんなで集めた情報なのに、ここで手を引くなんて。
僕の表情を読み取ったのか、祟部長が優しく微笑んだ。
「君たちの努力は無駄じゃないよ」
そして、意味深な視線を僕に向ける。
「ところで御堂君。君は最近、少し"見え過ぎて"いるようだから、しばらくは普通の学生生活を送った方がいい」
見え過ぎている。
今朝ののっぺらぼうのことを思い出して、僕は思わず身震いした。
「わかりました……気を付けます」
僕は神妙にそう答えた。
確かにそうだ、最近色々巻き込まれすぎている。
危険な場所には近寄らない、身の安全を第一に考える──うん、僕なりにやれることはやったとおもうし、後は専門の人に任せたほうがいいな。
◆
その日の帰り道、道路の隅に黒い何かを見つけた。
最初は洋服か何かが風で飛ばされてきたのかと思った。
でもよく見ると違っていた。
何とも形容のしようのないモノだ。
まるでスライムのようなドロドロしたものが蠢いている。
大きさはバスケットボールくらいだろうか。
表面はぬめぬめと光沢があって、街灯の光を反射している。
僕は後退った。
間違いなく普通のものじゃない。
すぐに逃げて通報するべきだと思った。
しかし──
「鈴は……鳴ってない」
ポケットの中の魔除けの鈴を確認する。
茂さんからもらったこの鈴は、僕に危害を加えようとする魔が近づくと音を立てるはずだ。
鳴ってないということは僕に危害を加えようとはしていない──ってこと?
つまり危険なモノじゃないって事なんだろうか?
そう思った僕はスマホを取り出し、そのドロドロの動画を撮ることにした。
茂さんに見せれば多分適切に対処してくれるだろう。
「それにしてもなんなんだろう、アレ……」
そうして撮っていると。
ドロドロが僕のほうへ這いずってくる。
さすがにまずいと思って僕はゆっくり後退った。
幸いドロドロの動きは遅い。
更に、僕が逃げる姿勢を見せるとドロドロは僕を追うのをやめて道の端──電柱の陰に移動した。
まるで何かから隠れているみたいだ。
よく見るとぶるぶる震えているように見える。
──逃げろ、僕
どうみても普通じゃない。
鈴は鳴ってないけど、もしかしたら鈴が壊れてるかもしれないじゃないか。
あ、もちろん茂さんを疑ってるわけじゃないです、ごめんなさい!
でも──
僕が恐る恐る近づくと、ドロドロは再び僕のほうへと這いずってくる。
でもその速度はさっきより更に遅い。
──まるで、僕を怖がらせないようにしてるみたいだ
そう思った僕は──