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 如月きさらぎせきが『それ』を見つけたのはただの偶然だった。

 その日の六限目の授業は英語だった。担当している先生の声は小さくて、言っていることはほとんど聞き取りづらく、黒板に書いてはすぐに消すし、誰かを当てて答えさせるようなこともしない。かなりいい加減な授業である。

 如月は退屈していて、ふとした拍子に窓の外を見た。

「…………?」

 二階にあるこの教室からは中庭が見える。

 その中庭を見たときに、違和感があった。

 この違和感を具体的に言葉にはできなかった如月は、学校から帰る前に中庭に立ち寄った。生徒玄関を出たところから、中庭を眺めてみる。

 桜の木が数本植えられていて、そのほかには花壇があって、芝生で覆われている。別に普段通りの中庭である。

「うーん……」

 如月は中庭に踏み入った。

 ぐるっと中庭を一周してみたが、違和感の正体はわからなかった。

「まあ、いいか」

 なんて呟いてみたが、どうしても納得できず、生徒玄関の辺りからじっと眺めることにした。どこに注目するとかではなく、とにかく眺めてみる。

(いったい僕はこの中庭を見て、どうして違和感があると思ったんだろう……?)

 何かを見落としているような、そんな感じだ。

 それでも違和感の正体は見えてこない。

 さすがに気のせいという気もしてきたので、切り上げることにした。それでも最後にもう一周だけ見てみようと中庭を歩いてみることにした。

 ごつん、と何かが足に引っかかった。

「っと……」

 転ぶようなことはなかったが、如月が視線を向けた先には『それ』があった。

 中庭にいくつかある桜の木の根元に、死体が転がっていた。

「おおう……っ」

 死角になっていたとかいうわけでもない。なんだったら生徒玄関の位置からでも見える場所に、この死体はある。

 どうしてこれが今の今まで見つけられなかったのか。

 それはあとで考えるとして――だ。

(見落としているような違和感の正体は、『これ』だったのか……)

 如月は落ち着いた様子で、その死体を見る。

 仰向けになっている死体。

 死体の性別は女性。如月よりも少し身長が高く、外見からして恐らくは二十代前後くらいだと思う。

 頭蓋骨とうがいこつがばっくりと割れていて、芝生の上に脳髄のうずいや血肉がこぼれ落ちている。手足が不自然な角度に曲がっていて、衣服も血に染まっていることから、外傷は頭蓋骨だけではない。

 血は既に黒くかわいていて、死体になってから随分と時間が経過したということがわかる。

「…………」

 死体の周りを見回す。

 血の量が少ない――と、如月は思った。

 この死体の周囲には血がほとんど飛び散っていない。脳髄が零れていたり衣服が血で赤黒く染まっていたりするが、だとしても出血の量が少な過ぎる。

 もっと現場は凄惨せいさんなものになっているはずだ。

(とはいっても……)

 如月は右手の親指で、耳の上辺りをとんとんっ――と小突いた。

(……これはおかしい)

 凄惨な現場じゃなかったから死体が転がっていることに気づかなかった――なんてことはない。別に物陰というわけでもないんだ。こんな中庭に、堂々と転がっている死体に気づかないほうがおかしい。

 隠しているというふうでもない。適当に放置されているという感じだ。

(それは僕だけじゃなくて)

 どうして誰も見つけていないのか。

 どうして騒ぎになっていないのか。

 この死体がどういう人物だったのか、どうして中学校の中庭に転がっているのか。

 そして、どうして誰にも発見されていないのか。

(わからない。わからない――けど)

 だけど、こういう状況を知っている。

 こういう不可解な体験をしたことがある。


――」

 ――と、誰にも聞こえないくらいの声で呟いた。


 如月は鞄の中からスマートフォンを取り出して電源を入れる。

 校則では『携帯電話を学校に持ってくるのは禁止』になっているが、普通にみんな持ってきている。『スマートフォン』ではなく『携帯電話』というのも前時代的だ。きっと何年も前にできた校則のまんまなんだろう。

 先生たちも黙認しているとはいえ、さすがに音が鳴ったり使っているところを見つかって没収されたりしているのを見ているので、如月は音が鳴らないようにマナーモードどころか電源さえも切っている。

「あ、もしもし、如月です」

 電話をかけると、相手はすぐに出た。

 如月は短く伝える。

「今、学校にいるんですけど、死体を見つけました」






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