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 如月きさらぎせきが魔法を目の当たりにしたのは小学校四年生のときだった。

 魔法によって、人が殺された。

 それは、クラスメイトが引き起こした騒動そうどうだった。

 このとき、魔法が関わる事件を専門とする治安維持機関『委員会』が動くことになった。現場に駆けつけてきた、そのひとりが――当時十一歳の壮生そうせい蒔絵まきえだった。

 あれから三年。

 その一件をきっかけにして、如月と蒔絵の人間関係は今まで続いている。


『――被害者のことがわかったよ』

 死体を発見した、その日の夜。

 期末テストに備えて勉強していたところに蒔絵から電話がかかってきた。

『あの「加納かのう美鈴みすず」って人はね、ちゃんと逮捕状が出ている人だったよ』

「逮捕状、ですか……」

『もちろん、私たち側の話ね』

 如月はシャーペンを机の上に置いた。

「ということは……魔法犯罪者だったんですか、あの人は」

 魔法犯罪者。

 それは、魔法を用いて犯罪行為に及んだ魔法使いのことである。

 こうなってくると、少し話がわかりやすくなる。

『委員会』側で逮捕状が出ているということは、加納美鈴は魔法使いで、そして、魔法犯罪者だったんだ。

 となると、あの不可解な惨状も、意図的に作り上げられた惨状というのではなく、魔法使い同士が殺し合った末にできあがった惨状ということだろう。

『正確には違うかな』

「え?」

『あの人は魔法使いじゃないんだよ』

「僕はてっきり魔法使い同士の戦闘があったんだと思ったんですけど……」

『その可能性は低いかもね』

 そうですか……と、如月は相槌を打った。

 ぜんぜん予想が当たっていなかった。

「魔法使いじゃないんだったら、どうして逮捕状が出ているんですか? それも『委員会』の管轄かんかつで……」

『加納美鈴はね、蔵匿ぞうとく行為で令状が出されているのよ』

「蔵匿……?」

『犯罪者をかくまっていたということ』

 犯罪者を匿っていた?

 それは魔法犯罪者を?

『加納美鈴。彼女は二年前まで兵庫県内にある保育園で保育士として働いていた』

 読み上げるように蒔絵は言う。

『その保育園に通う、ある「児童」が事件を起こしたのよ』

「どんな事件ですか?」

『二年前、ニュースでも大々的に取り上げられていたから、きっと憶えているんじゃない? 園内の児童が大量に殺された事件のこと』

「……ああ、そういえばありましたね、そんな事件」

 憶えている。

 いつの間にかニュースでも取り扱わなくなって、犯人は行方知らずのままになった事件だ。児童だけではなく、保育士にも、多くの死傷者が出た事件だ。

『犯人の名前は瀞峡どろきょうまもる。当時六歳だった園に通う児童のひとりだった。直前に何があったかは不明。「何かしらのタイミングで」というのが、その事件への「委員会」の見解ね。ただ……』

「ただ?」


『加納美鈴はこの瀞峡守を連れて逃げたのよ』


「に――逃げたんですか?」

『無事だった園内の職員やほかの児童は既に外に避難していた。そこで加納美鈴が名乗りを挙げた。「守くんと話してきます」って。……ほかの職員も瀞峡守が加納美鈴に対して特に懐いていることを知っていたから……、行かせたのよ』

「それは……警察や『委員会』は止めなかったんですか?」

『警察や「委員会」が駆けつける前のやり取りだったんだよ。警察や「委員会」が現場に到着したときには、もう瀞峡守と加納美鈴はいなくなっていた。そのまま逃げられてしまったのよ。こうして――瀞峡守をリーダーとする魔法犯罪集団のできあがったというわけよ』

「……魔法犯罪集団、ですか」

 魔法犯罪者は追われる身になる。

 その追われる者同士が集まって、ひとつの集団を形成するようになる。

 それが魔法犯罪集団である。

『魔法犯罪集団「発砲うさぎ狩り」』

 蒔絵は言う。

『「リスクレヴェル4」で指定されている集団よ』

 リスクレヴェル。

 魔法犯罪集団の危険度を推し量るためのもので、『レヴェル1』から『レヴェル4』までで設けられている。その中でもこの魔法犯罪集団『発砲うさぎ狩り』が指定されているリスクレヴェルはマックスの『レヴェル4』だ。

『まあ、「発砲うさぎ狩り」の「リスクレヴェル」の高さは、その正体不明さに由来するものなんだけどね。メンバーの正確な人数も把握できていない。そして、恐らく何人かは社会に溶け込むようにして生活している。そんなメンバーのひとりが、まさかこんな片田舎で死んでいるなんて思いもしなかったわ』

 電話越しに蒔絵の溜息ためいきが聞こえた。

「もしかして、メンバーのひとりが見つかったってことは……」

『うん。恐らくほかのメンバーもそう遠くないところにいると思う。もうすぐに期末テストだっていうのに忙しくなるわね』

 と、蒔絵はさっきより大きな溜息をついたのだった。




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