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4.


     4.


「……『委員会』に追われて、その末にこの片田舎まで逃げてきた――ってわけじゃないんですよね?」

『そうね、追いかけるも何も「委員会」は彼らを何度も見失っている。この町にいたのは、きっと彼らが選んだ潜伏先だったんでしょうね』

「そう、ですか……」

 如月きさらぎは歯切れ悪く頷いた。

 これには蒔絵まきえも気になったようで、

『? 何か気になることでもあるの?』

 と、問い返してきた。

「いや、なんというか――変な感じだなって」

『というと?』

「ええっと、どこを取って考えてもよくわかんなくなると言いますか……」

「?」

 この、あまりにも漠然ばくぜんとした言い方には、付き合いの長い蒔絵もさすがに意図をみ取れなかったようだった。

 当の如月自身もこの引っかかりをどう言葉にしていいかわからず困っていた。

 そんなときだった。

「――兄ちゃん、まだ電話中?」

 こんこんっ、と部屋の扉がノックされた。

「わたし、そろそろ宿題したいんだけど」

「ああ、ちょっと待ってくれ」

 扉のほうに向いて返答した。

 如月家では兄妹の部屋が一緒で、大体半分ずつシェアしているレイアウトになっている。

『あ、もしかしてちゃん?』

 電話向こうの蒔絵が鋭く気づいたようだった。

『また明日に話そうか?』

「いえ――」

 言いながら如月は部屋の壁にかかっている時計を見る。

 まだ九時を過ぎたばかりだ。

 このくらいの時間なら、ちょっとくらい外を出歩いても大丈夫だろう。近所の駅前にある公園ならそんなに遠くない。

「今から場所を変えます。十分後くらいにかけ直しますね」

『そう? 別に急がないけど?』

「僕が知りたいんで」

『わかったわ。またあとで』

 スマートフォンの画面には通話終了の文字が表示される。

「電話終わったぞ」

 言うと、妹が部屋に這入ってきた。

 如月紗希。二つ年下で今年から小学六年生だ。パステルカラーの薄手のパジャマを着ている。

「じゃあ、宿題やる」

 愛想もなく、妹は自分の机に向かって、ランドセルから計算ドリルを取り出した。

 如月は椅子から立ち上がり、机の上のスマートフォンを手に取ってポケットに入れた。

「どこか行くの?」

「あー、ちょっとコンビニに」

 咄嗟に聞かれて、思わず適当に答えた。

「ふうん。行ってらっしゃい」

 興味なさそうに紗希は言った。

 如月は部屋を出て、階段を降りる。そのまま玄関に行こうとしたが、その前にリビングに立ち寄った。リビングには母がいた。ひと通りの家事を済ませたところのようで、テレビの前にあるソファでくつろいでいた。

「ちょっとコンビニまで行ってくる」

「はーい。気をつけてねー」

 簡単なやり取りをして、如月は玄関から出た。

 六月も終わろうという時期だ。太陽が出ていないこの時間帯でも十分に蒸し暑い……。

 玄関に止めてある自転車に跨ったとき、玄関の扉が開いた。

「あ、よかった。まだいた」

 と、紗希がサンダルを履いて、こちらに近づいてくる。

「これ、忘れ物だよ」

 紗希が差し出してきたのは、如月の折り畳み財部だった。

「財布も持たずにコンビニ行ってどうすんのよ」

 呆れたと言わんばかりの表情で差し出してきたのを受け取る。

 紗希が呆れるのも無理はないとも思うが、これから行くのは駅前の公園であって、コンビニではない。最初から行く気がないのだから持っていなくて当然である。

 こそこそっ――と紗希は声を潜めて言う。

「本当は彼女さんと会うんでしょ」

「はい?」

 きょとん、とする如月。

「彼女さん……?」

「あれ? 違うの? あの人――壮生そうせい蒔絵さん。さっきまで電話してたんじゃないの?」

「……まあ、してたけど」

「当たってるじゃん」

「いや、彼女とか、そういう関係じゃないから」

「あー、はいはい」

 紗希は玄関に戻る。

「別になんでもいいけど、気をつけてね。あ、わたし、杏(あん)仁(にん)豆腐(どうふ)が食べたいかな?」

「買って来い、と?」

「わかってんじゃん」

「……はいはい。わかったよ」

「よろしく」

 がしゃん、と扉が閉められた。

 そんなにお小遣いあるわけじゃないんだけどなあ、と思いつつ、財布をポケットに仕舞って、自転車を漕ぎ始めた。

「…………」

 こんなふうに紗希と話していて、たまに思う。

 紗希は四年前のことを、どんなふうに思っているのだろうか――と。







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