5.
街灯の少ない道を自転車で走らせて、およそ十分。
駅前にある駐輪スペースに自転車を止めたところで、
「如月くん」
と、
放課後に見た制服姿のままである。死体を発見したときから、まだ一度も家に帰っていないのか。
「どうしてここがわかったんですか?」
「十分後にかけ直すって言ったら、この辺かなって」
自転車を止めた如月は、蒔絵と一緒に公園のほうに歩いていく。
駅前の公園とは言っても、この片田舎にある公園はそんなに広くない。
駅だって無人駅だし、公園の遊具だってそのほとんどが撤去されてしまっている。
残されているのは木製のオブジェと滑り台が一体化したものと、時計と、あまり手入れがされていない花壇と、雨風に長年曝されてボロボロになった木製のベンチくらいである。
(参ったなあ……)
移動しながら如月は思う。
これじゃ
これでは、逢引きみたいだ。
「よいしょっと」
ふたりはベンチに座った。
街灯の真下に座ると虫が飛んでくるので、少し離れたところである。
「ところで、さっきのはどういう意味だったの?」
「さっきの?」
「ほら、『どこを取って考えてもよくわかんなくなる』って言うの」
「あー……、ええっと、別に何ってわけじゃないんですけど、これって、たぶん、蒔絵さんも感じている疑問ですよ」
「私も?」
「はい。あの、そんなことよりも、あの死体ってやっぱり場所は移動させられていたんですか?」
「そんなことよりもって……。うん、移動させられていたよ。元々は第二校舎の片隅に現場があったよ」
蒔絵は答える。
「屋上か、あるいは三階か。突き落とされたんだと思うわ。真っ逆さまに落下したような
「第二校舎の片隅ですか……。そこから中庭なら、そんなに死体を移動させるのも大変じゃないですね」
如月は頷きながら考える。
殺害現場も魔法によって隠されていた?
移動させた死体だけではなく、元々の殺害現場も魔法で隠していた?
いや、別に大した疑問でもない。犯罪は見つからなければ犯罪ではないのだから、死体を隠して人を殺したことをバレないようにするのは不思議なことではない。
殺害現場と死体が見えなくなるように、魔法で隠されているのは当然だとしても、だ。
(だったらどうして犯人は死体を移動させたんだ?)
という疑問が残る。
「そうだ。被害者の財布は見つかったよ」
「あ、見つかったんですか」
「学校周辺の用水路からね。クレジットカードとかポイントカードは入っていたけど、中の現金は小銭を含めてまったくの空っぽだったわ」
「……やっぱり強盗殺人ってことですか?」
金銭目的の殺人というのは、動機としても妥当なところだろうか。
魔法使いが強盗目的で殺した相手が、たまたま魔法犯罪集団『発砲うさぎ狩り』の一員だったってことだろうか。
「それっていつ頃の犯行とかわかったんですか?」
「正確にはまだだけど、昨日か
それで――と、蒔絵は言う。
「さっきのどういう意味なの? 勿体ぶっちゃって」
「いえ、本当に大したことじゃないんですよ。勿体ぶるつもりはなかったんです。蒔絵さんはこの事件で『どうして
「そりゃ思ったわよ。どうして
「蒔絵さんはどういう事件だって思っているんですか?」
「私は魔法使い同士の戦闘だと思っていたわ。少なくとも、魔法犯罪集団のメンバーだってわかったときまではね」
それは如月も同じだった。
もっと言えば、『委員会』の構成員が追跡した末の戦果であるという可能性も考えていたが、それは『発砲うさぎ狩り』の魔法犯罪集団としての特徴を聞いた今ではもっとも考えられない可能性だ。
『リスクレヴェル4』である
「だけど、魔法使い同士の抗争というのは考えにくい。『発砲うさぎ狩り』に限ってそれは考えにくい。魔法使い同士で抗争を起こすような魔法犯罪集団だったら、
蒔絵は下を向いて、少し考えるようにして言った。
「だから、強盗殺人くらいしか思いつかないのよ」
「そうですね」
如月もこれに同意しながら言う。
「『強盗目的の魔法使いが殺した相手が偶然にも加納美鈴だった』っていうのが妥当なところだと僕も思うんですよ」
でも、と如月は続ける。
「どうして学校の中で加納美鈴が殺されたのかがわからない」
中庭に捨てられていたのにしても、第二校舎の片隅に落下していたにしても、そもそも――どうして加納美鈴は二見中学校の校舎内にいたのか。
「それなのよねー」
蒔絵は言う。
「『発砲うさぎ狩り』はメンバーの半分以上が誰なのかわかっていない。そんな中でも、加納美鈴はしっかりと判明している数少ない人物なのよねー。それこそ社会復帰なんて難しいくらいに。だから目立たない役割を集団内でもしていたはずなのよ。なのに……」
「そうですよね。そうなんですよ、強盗目的の魔法犯罪がこの学校内で起きたとして、その狙われた相手が偶然にも加納美鈴だったとして、どうして中学校の校舎内にいたのかって話になってくるんですよ」
「あっ、なるほど」
蒔絵は顔を上げて、こちらを見た。
「さっきまで言ってた『わからなくなる』っていうのは、こういうことね」
「はい。そうです」
見知らぬ大人が学校にいるっていうのでさえ不可解な状態である。
それは不可解というか不審者なのだが……。
「加納美鈴は校舎から落下して死んでいます。犯行の際に魔法が使われたかはわかりませんが、死んでいる被害者の死体を一日以上は見つからない状態にしたのは何かしらの魔法が使われたからです」
ほかに考えられる範囲としては加納美鈴が所属する魔法犯罪集団『発砲うさぎ狩り』のメンバーと、何かしらの拍子に殺し合いが起きた、とか。
とはいえ、如月としてはこの説はあまり納得がいかない。
あり得るのだろうか、そんなことが。
まったくあり得ないことはないだろうけど、『発砲うさぎ狩り』の特徴を聞いている限りではあまり考えづらい……。
「……あ、もしかして、如月くん」
如月の言いたいことに勘づいたらしく、蒔絵は言う。
「私たちの学校内に犯人の魔法使いがいるって考えてる?」
「ええ、まあ」
如月は頷いた。
「それが妥当なところかなって思ってます」