「勇者グレンよ。アルノの体はもらい受ける」
俺が処刑された直後、つむじ風に導かれるように処刑場に突如現れたのは、俺の育ての親で師匠の大魔術士バッソだった。
グレンに首を切られた俺の死体は、バッソの用意した小さな袋に一瞬で吸い込まれた。袋の中は亜空間になっていて、時間が停止したままなんでも収容できる。
周囲の兵たちがざわつく中、グレンは血の付いた剣の先をバッソに向けて言った。
「大魔術士バッソ、その反逆者の体を引き渡すわけにはいかないことぐらいわかるだろう」
「ほう、勇者グレンよ。わしとやり合うというのか」
バッソは硬い表情を変えることなく、長く延びたひげをなでた。
「ぐぬ……」
老いたとはいえ、先代の勇者パーティーの一員で、不世出の大魔導士と呼ばれたバッソと闘えば、勇者であるグレンとて命の保証はない。とばっちりを受ける可能性がある兵士たちや群衆は身の危険を感じてぞぞめき立った。
「グレンよ。アルノはお主と一緒に魔王を倒した仲間じゃろう。勇者に慈悲の心はないのか。もはや首の離れた体じゃぞ」
「うぬぬ……」
顔は怒りに震えるグレンだが、剣を持つ手はかすかに震えていた。
「アルノはわしが丁重に葬らせてもらう。息子みたいなものだからな。それではこれにて」
そう告げ、バッソは俺の頭と体を入れた袋とともにその場から一瞬で消え去った。
「くそっ、老いぼれが!」
「グ、グレン……」
魔術師クレアがグレンの後ろから駆け寄ってきた。
「なんだ」
「あ、あの、ミーアが……倒れてしまって……」
俺が処刑されたことに聖女ミーアは心が耐えきれなかったようだ。
「それがどうした?」
「え?」
「魔王を倒した今、聖女の仕事は毎日の祈りぐらいだろ。俺にとっては用済みだ」
「そ、そんな……」
「クレア、お前も魔法使いとしてあの老いぼれにはるかに及ばないことを自覚しろ。お前ももう用無しだ。俺の前から消えろ」
「ああ、そんな、グレン……どうしてしまったの」
クレアはその場にへたり込んだ。グレンは俺の血のついた大剣を投げ捨て、王宮の建物の中に戻って行った。
「さてアルノ。教えた通り、ちゃんと魂を転移させることができたかな」
袋の中の亜空間で大魔導士バッソは、横たわった俺の体と頭に向き合っていた。
「まあ、とりあえずこの体は元に戻しておくか」
そう言ってバッソは無詠唱で大魔法を繰り出し、一瞬で俺の離れた体と頭をくっつけた。
死体なのだから回復魔法は使えないはずなのに、どんなレベルの魔法使いなんだ、師匠は。
まあ、ここまでの経緯を俺が知るのはまだずっと後になるのだが。
「きれいな切り口だったからうまくくっついたのう。グレンの剣の腕も大したものじゃな。さて、アルノ。お前のことだ、どんな体に入ったとしても必ず王都に戻ってくるじゃろう。でもな、元の体がここにあるということを知ったらお前はどうする? ……魂の還元は魔王の所業で禁忌中の禁忌なのじゃがな」