小学生は2学期が一番しんどいと言う。夏休み明けのまだ暑い時期からの運動会の練習、秋の遠足、ハロウィンのお祭りなどの行事もあるが、単純に期間が長い。
12月に入ると一斉に「早く冬休みが来てほしい」「クリスマスまだかな」と言う声がする。六年生は「今年の漢字は『疲』だ」なんて言う人もいる。
低学年だってもちろん疲れている子もいる。クラスのみんなは元気であるものの「早く休みがほしい」と冬休みを待ちきれない状態である。
そのような中、
「待つことも大事。その間に冬休みを楽しむ作戦を考えるの」という1人の少女。
彼女の名は
話は昨晩まで遡る。
綾菜は一度夢の中で戦国武将に会ったことがある。その武将が羽織り物につけていた紐が枕元にあったため、夢なのか現実なのかはわからない。そしてまたその戦国武将に会いたいと思ってもなかなか夢の中では会えずにいた。
そしてある日の夜、「今日こそは会えますように」とお空に祈る。
綾菜が目覚めたのは……川辺の近くであった。周りに沢山の旗が立っている。そして多くの兵士が川の向かい側を睨んでいた。
ただならぬ緊張感。少しでも音を立てると怒られそうだ。だが、綾菜はうっかり砂利を踏んでしまう。
「誰だ」
兵士の1人に見つかってしまった。その兵士に連れて行かれた先には、個性のある
「川辺にこのような者が」と兵士に言われる。
そのおじさんは綾菜をじっと睨みつけていたが、ニッと口角を上げて言う。
「我の側で控えるのだ」
※※※
綾菜は心臓がバクバクしている。怖いからではない。このおじさんの兜、そしてその堂々たる姿は……綾菜の好きな武将ベスト3に入る戦国武将ではないだろうか?
見た目のインパクトもピカイチ。さらに一気に攻め込むといった戦法がカッコよくて、いつか会いたいと思ってたあの人がここにいるなんて……
ああ……何か話したい。けどこの緊張感で何か喋る雰囲気ではない。というか、ずっと川の向こうを見て何をしているの?
よく見ると向こう側にも似たような旗が立っており、兵士達が沢山いるのが見えた。
ええと……これはどういう状態だっけ? あ……もしかしてこれって……今日は戦わないんだっけ?
よし、おじさんに聞いてみよう。
「あの……おじさんはここで何をしているの?」
「我にはどうしても欲しい国がある。我が手にするのにかれこれ……半年以上経っておるのだ」
「半年……? なんでそんなにかかるの? おじさん強そうなのに」
「強さだけではこの戦いを征することはできぬ。仲間になれそうな者と同盟を結んだり、戦法を練り直すことも必要じゃ。そして焦りは禁物」
「あの川の向こうに行かないの?」
「待つことも大事なのだ。好機が必ずやってくる……その時まで耐え忍ぶこと……これまでもそのようにして来た。もちろん作戦が思いつけばすぐに実行するがな」
このおじさん……ものすごく激しく戦っているイメージがあったけど、こんなに長い間待つこともあるんだ。
戦国武将といえば主にその戦法がピックアップされがちであるが、戦いの合間にここまで辛抱強く待つとは……そして待っている間も気を抜かずに真剣に「今」を生きようとしている……その姿はやっぱりかっこいいと思ってしまう。
思わず綾菜は言う。
「実は……あたしはおじさんのファンなんです」
「ふぁん? ああ……
「え? せっかく待っていたのに?」
「相手はたやすく倒せる者ではない。慎重に事を進めるべきなのだ。そして待つ間に何か良い案が思い浮かぶかもしれぬ」
なるほど……焦らずにじっくり待つことも大事なんだ……
今日は……誰も犠牲にならずに済んだのかな。いつもこうだといいのに……
綾菜はおじさんの馬に乗せてもらってお屋敷まで帰った。
「おじさん……今日みたいに何もなくて平和に終わればそれでいいんじゃないの?」
「お主……まだ子どもだから考えが及ばぬか。天下統一は親の代からの悲願なのじゃ。今の時代、我が平和のためには……この国を統一し民のためにできることをしなければならぬ。そのためには……
やっぱり……戦国時代はそういう時代なんだ。
「おじさん、おやすみなさい」
※※※
翌日もおじさんの馬に乗せてもらい同じ場所に行ったが様子がおかしい。川の向こうに誰もいない。
「奴らめ、怯えて逃げたのか!」とおじさんは笑う。
しかし次の瞬間、おじさんの周りにいた兵士達が次々と斬り倒されて行った。
「何だと! まさか……あの道を使ってこちらに? 貴様……」
相手の兵士とおじさんの兵士との戦い。霧もあって綾菜には見えにくかったが大勢の人々がバタバタと倒れる音や、つばぜりあいをしているであろう、キーンと響きわたる音がする。
ああ……この時代の人はこうやって生き残るしか道がないのかと綾菜は胸が苦しくなる。怖いけど……兵士たちは兜を被ったあのおじさんだけに、忠誠を誓った目をしている。このおじさんのためなら命も惜しくない。そう聞こえてくるようだ。
しばらく戦いが繰り広げられ、落ち着いた時にはおじさん側の兵士のほぼ全員が倒されていた。おじさんも負傷している。
「おじさん! 大丈夫?」
「ああ……お主の行った通り、もう少し早く川の向こうに行けば良かったのだろうよ……まさか相手が少しずつこちらに向かって来ておったとは」
「おじさんも……ちゃんと考えた上で待つことを決めていたと思うよ」
「フフ……なかなか相手はしぶといが、必ずや次こそは……」
おじさんはそう言ってゆっくりと立ち上がり、ボロボロになった残りの兵士達とともにゆっくりと歩いて行った。
「おじさん……待って!」
綾菜も行こうとするが身体が動かない。あれ? これは……このスローモーションの感じは……
※※※
綾菜はベッドの上で目覚めた。
また……戦国時代の夢を見たの……? しかも、自分の割と好きな武将……ふと枕元を見ると金色に光る小さな飾りが置いてあった。
これは……あのおじさんの兜についていた、金色の飾りだ。
おじさんが言ってたことを思い出す。待つことや耐え忍ぶことも大事だということ、その間に色々とアイデアが浮かぶかもしれないこと、兵士の皆があのおじさんを尊敬していて、あのおじさんのために……命をかけて最後まで戦っていたこと。
そしておじさんはまだ諦めていない。悲願の達成のために。
「おじさん……あたしも待つことの大切さがわかったよ。どんなことも諦めずに最後まで頑張るから……」
綾菜は金色の飾りを学習机の引き出しに入れて、大切に保管した。そして学校に行く支度をする。
教室で冬休みが待ちきれない子たちの前で、
「待つことも大事。その間に冬休みを楽しむ作戦を考えるの」と言った綾菜。
「綾菜ちゃん、わたしも一緒に考えたい! 作戦って言い方かっこいい」
「あたしは諦めない! 歴史小説を全巻、プラス歴史人物図鑑を全て買ってもらうために!」
「ハハ……綾菜ちゃんおもしろーい!」
お友達にそう言われ、笑顔になる綾菜であった。