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第3話 友達付き合い、そしてあなたとの出会い

 学校生活で教師も親子も気になることといえば、「いじめ」である。

 そこまで派手ないじめはないものの、ほんの些細な一言が誰かを傷つけることがある。

 小学校低学年、歴史が好きで特に戦国武将に憧れる綾菜あやなも「変わっている」と言われることがあるが、本人は気にしない。言われた方が気にするかどうか、その日のコンディションで心にズンと来るかどうか、等で後々トラブルが起こりうる。


 どちらかというと綾菜の発言に引いていく子たちが多かった。

「綾菜ちゃん遊ぼ!」と誘ってくれるお友達。

「え、嫌だ」と言ってしまう綾菜。

 ここを「今はこの本を読みたいからまた今度ね」と言えたら良いだろうに、小学校低学年にはまだまだ難しい。低学年のうちはこの対応で問題なくても、高学年になると時に「その言い方は良くない」と先生に注意されることもある。大人になっても相手への伝え方で悩むことは多いだろう。


 逆に考えればはっきり言えること、何を言われてもそこまで気にしないところが彼女の良い面ではあるが。

 そんな綾菜はこれまで2回、夢の中で戦国武将に会ったことがある。目が覚めると戦国武将が身につけていたものが枕元にあるので本当に夢だったのかはわからない。

「はぁ……また誰かに会いたい……」

 会いたい時に限って会えない……そんな恋する乙女のオーラを纏っている綾菜を見て母親に「好きな子でもいるの?」と聞かれるが、いつも通り武将の名前を言う綾菜であった。


「今日こそはお願いします! これからいい子でいるから……!」

 サンタにお願いするような言い方で、お空に手を合わせてお祈りしてから眠りにつく。



 そして目が覚めた場所は城の中のとある部屋。

「うわぁ……お城かな?」

 綾菜はこういった城の中は迷路のようで冒険したくなる。部屋を出て廊下を歩いていくと、庭で弓矢を引くお兄さんを見つけた。

 彼は……目の前の一点を見つめ集中力を高めている。前回同様、物音を立ててはいけなさそうな緊張感。だが、彼はすぐに綾菜の気配を察知し、素早く振り向いた。

「何者か」

「……」

 これまでの武将と違い綾菜を見ても表情一つ変えず、冷静沈着な様子。その雰囲気に綾菜も何も言えない。

 しかしすぐにそのお兄さんは「来るがよい」とだけ言って、綾菜はどこかに連れて行かれた。


「そこで待て」

 ある部屋の前で立ち止まる綾菜。

 お兄さんは部屋に入り、困った表情のおじさんと何か話している。

「我が国に攻め入られ、逃げて参りました。どうかお助けください」とおじさん。

 どうやら別の武将に自分の国を占領されてこのお兄さんに、助けを求めに来たようだ。

「分かりました。あの土地をお使いください」

 お兄さんの表情が穏やかなものとなり、綾菜は驚いた。

 このお兄さん、実は心の優しい人なのかな?

「ありがとうございます、このご恩は一生忘れません」と、おじさんが頭を下げている。



 ※※※



 その後も別のおじさんがお兄さんの元を訪れ、同じように領地を奪われて困っていると言っている。

 お兄さんは先程と同じようにそのおじさんのためにを住む場所などを手配していた。

「なるほど……その者は領地を次々と奪ってこちらに向かっておるということか」

 お兄さんがそう呟くので、綾菜が尋ねた。

「どうして土地を奪っていくの? せっかく住んでいる人がいるのに」

「この世は各地で力のある者が己の領地を広げようと必死なのだ。最終的に天下を統一することが目標といったところだろう」


 やはり戦国時代はいくさで勝つことが全てなのだ。分かってはいたものの、実際に住んでいる場所を追い出される人たちが可哀想に思う綾菜であった。

「お兄さんは優しいね。みんなに慕われているね」と綾菜。

「ほう……我は当然のことをしたまでのこと。今の世の中、誰しも心が不安定になるであろう。気持ちの弱った時に攻め入るような卑怯者は許しがたい、そう考えるだけだ」


 気持ちの弱った時……?

「どうやって弱っているってわかるの?」

「そのうち分かるようになる。お主が同じ立場になればどう考えるか、といったところだ」

「?」

 つまり……自分がおじさん達と同じように住む場所を奪われた場合、どこか別の場所を提供してほしいと思う。だからそのようにしている、ということか。

 何だかこのお兄さん、落ち着いている……戦いに行くことはあるのかな? と綾菜は思った。


 その時、また別のおじさんが慌てた様子でやって来た。

「なにとぞ……お助けを……!」

 それを聞いたお兄さんは危機感を感じたのか、先程までの冷静な雰囲気から一転し、いくさを始める準備を始めた。

「このままでは我が領地まで来るのは時間の問題……! 行くぞ」

 ぱっと目の色が変わった。

 あのお兄さんも、戦国武将なんだ……

「あたしも……行きたいです!」と綾菜。

「良かろう」

 これから戦いにゆくというのに、綾菜に対しては穏やかな表情を見せる。


 このお兄さん……まるであたしが戦国武将に憧れているのを分かっているかのよう。今まで夢で会った戦国武将のおじさんにこのような思いを抱いたことはなかった。


 これが、相手の立場で考えるということなのか……?


 綾菜はお兄さんの馬に乗せてもらい、しっかり捕まって山奥の城へ向かって走ってゆく。



 ※※※



 お兄さん達の馬が戦場となる城の前に到着し、相手方の兵士が襲いかかる。

 綾菜はいつも通り先に馬から降ろしてもらい、いくさの様子を眺めていた。

 すごい……あのお兄さんや仲間の兵士達は強いだけではない。団結力がある。皆がお兄さんを慕っているからこそ出来る戦法なのだろうか、無駄が一切なく器用に相手を倒していく。


 お兄さんは……人々を斬り倒しているものの、困った人を助けるため、奪われたお城を取り返すために必死になっている。この世は奪われたら奪い返す……力のある者のみが生き残る……だけどその背景には、領地を奪われた多くの人がいて、このお兄さんはその人たちのために戦っている……


 様々な戦国武将がいるんだ、と綾菜は思った。だが……血だらけで倒されていく人々は何度見ても心が痛くなる。

 それでも仕方ない、だってこの世は戦国時代だから。

 やっていることは残酷であってもみんなきっと……一生懸命に「今」を生きている。

 ようやくお兄さんの軍の勝利が見えたところで、相手方は去って行った。

「これで城は取り戻した……」

 お兄さんはまた穏やかな表情となり、綾菜を自分の馬に乗せて帰って行った。


 お兄さんの城に着いた綾菜。

「お兄さんは、困っている人たちを助けるヒーローみたい」

「ひーろう? ああ、疲労ひろうか。確かに最近相手方の攻めが激しく慌ただしかったが、我も平和を願っている。あのような攻め方は受け入れ難い……」

「あたしも……平和を願っているよ。そしてお兄さんのように困った人に優しくしたい」

「お主ならできる」

「お兄さん……ありがとう。おやすみなさい」



 ※※※



 翌日、再び昨日と同じ城で同じ相手と戦うことになったお兄さん達は、早朝から馬でその場所へに向かった。綾菜もお兄さんの馬に一緒に乗って行ったが、着いたところには誰もいない。

 しばらくして便りが届く。留守の間にお兄さんの城の近くまで相手が攻め入ったという。

「何て卑怯だ! 引き返すぞ!」


 どうにか引き返してお兄さんの城に着き、そこからまた戦いが始まったが、相手方も強く決着はつかなかった。

 それでも犠牲者は大勢出てしまう。見るのも辛い。

「お兄さん……約束破られたの?」と綾菜。

「ああ、これも相手の作戦だが……我は絶対にこのようなやり方で人を欺くことは許さぬ。必ずや討ち取って見せる……」

 お兄さんの顔つきは戦国武将そのもの。これからも命を削って終わりの見えない戦いを続けるのだろうか。


「お主、忘れるでない。人の心……相手を思う気持ち」

 お兄さんはそう言って部屋に戻る。

「待ってお兄さん! あたし、もっとお兄さんと一緒にいたいよ……」

 綾菜が追うが……いつものスローモーションで身体が思うように動かなくなってしまった。

 どうしてあなたのことをもっと知りたくなるの……?



 ハッと目覚めた綾菜。家のベッドの上だ。

「お兄さん……」

 そうだ、枕元に何か……これは?

 一枚の布切れがそこにはあった。何だろうか。こんなのお兄さん……身につけていた?

 よく見ると布切れの端に漢字の一部分が書かれている。何となくだが……色味的にあのお兄さんが身につけていた衣装の一部のような気がする。


 少しずつお兄さんが言っていたことを思い出す。困った人を助けるために命懸けでお兄さんが戦っていたこと、相手が弱っている時に攻め入ることが卑怯であると言っていたこと。

 そして、人の心……相手を思う気持ち。

 自分が同じ立場ならどうしてほしいかということ。


「うーん……もうちょっとお兄さんと一緒にいたかった」

 相手を思う気持ち。あたしにも出来るのだろうか。

 綾菜はベッドから降りて支度をして学校へ行く。


 そして学校にて。

 休み時間になり、お友達に遊びに誘われた。

 前は断ったのにこの子はまた誘ってくれたんだ……あたしのことを避けずに。今日はまだ本を読みたかったけど……あの子と遊んでみようかな。

「うん! 一緒に遊ぼ」と綾菜が元気に返事をする。


 思った以上にお友達との遊びは楽しかった。それにあのお兄さんのように、少し優しくなれた気がして……嬉しく思う綾菜であった。


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