学校の休み時間でもぼんやりと夢の中の「
次、夢で会えたら何しようかな。一緒にお城のお庭を散歩できるのかな。ずっと貴方のそばで……
「随分嬉しそうだね」と
「え……わかるの?」
「君のことなら大体は」
その何でもお見通しといった渉の目が少し怖い。
「お……女の子はいつだってトキメキが大事なんだから!」
「フフ……ときめいているんだ?」
「もう! 渉くんには秘密だもん!」
綾菜はそう言って図書室に行く。そして歴史本を手に取り、あの「誠様」である武将のページを見つめてうっとりしているのであった。
「相変わらず可愛いな」と渉が呟いていた。
※※※
その日も城で目を覚ます綾菜。しばらくして誠が部屋に入ってくる。
「綾、もう我は直接戦場には行かないこととした」と誠が言う。
「本当ですか?」
「ああ……今後のことは臣下に任せてある。重要な決定事項のみ、我が行う。すでにこの一帯は我が制した。ここまで来るのに時間はかかったが……綾、そなたがいてくれたおかげだ」
「いえ、全て誠様のお力です。人に優しく思いやりのある誠様だからこそ、皆さんがついて来てくださったのです」
もう誠様が現場に行かないということは……これからはこのお城で過ごす時間が増えるのだろうか。それなら私はずっと貴方のそばにいることができるのですね……
「綾……この先はそなたと共に過ごすことを約束しよう」
「誠様……!」
熱い抱擁を交わし綾菜は幸せで一杯であった。この幸せがずっと続くと思っていた。
しかしそれから数日後、誠は急に倒れてしまった。布団のそばで誠の世話をする綾菜。臣下達も綾菜のことを認識しており、何も言わずに見守ってくれていた。
「すまない……綾……我はもう長くない」
「そんな……! どうして……」
「これも我が運命……幕府を再建させ
「うぅっ……誠様……」
せっかくこのお城で共に過ごすことができると思ったのに……そんなこと言わないでください……誠様……
「私はずっと貴方のそばにおります。絶対に離れません……だって貴方を愛しているのですから。初めて人の心の大切さを教えてくださった貴方のこと……愛しているのですから」
「綾……そなたの顔をもっと見せてくれぬか? もっと……そなたを見ていたい……」
「誠様……!」
綾菜は誠の手を握って誠と見つめ合っていた。
そして日に日に弱ってゆく誠。綾菜は心が痛む。
誠様のいない世など……生きている意味はない。
「綾……今、何か考えていたか?」
「えっ……それは……」
「まさか我の後を追うつもりではなかろうな?」
「私は……誠様のいない人生などっ……」
「綾」
涙をぽろぽろ流す綾菜の頬に手を当てて誠が話す。
「そなたは生きるのだ……生きて天下が統一されるのを我の代わりに見届けてほしい」
「そんな……私1人では……」
「
勝の仕える武将はすなわち最恐武将と呼ばれる……渉である。
「いやぁっ……勝様のところだなんて……」
綾菜は渉のことを思い出して恐ろしくなる。
「案ずるな……あの最恐と呼ばれる武将であっても、そなたのことは大切にしてくれるであろう。我からの最後の頼みだ……どうか生きるのだ……!」
「誠様……誠様ぁっ!」
綾菜はこれまでのことをゆっくりと思い出した。初めて会った時に庭で集中して弓矢の練習をしていた貴方。領地を奪われた者のために
『お主……忘れるでない。人の心……相手を思いやる気持ち』と言ってくださった貴方。
『我もそなたと共に生きてゆきたいと思うのに……理由は必要であろうか』と言って私を抱いてくれた貴方。
『今日からそなたの名は……綾だ』と私に名を下さった貴方。
『我とそなたが2人きりの時は誠と呼んではくれないだろうか』と甘えたような表情をしていた貴方。
『我もそなたとなら、例えどんな
『平和のためにできること、それが天下統一だ。綾』と言って
『そなたを……我が一生かけて守りたいと強く思うのだ』と
『我のことを呼んでくれぬか……そなたの声で呼んでくれぬか?』と言ってお互いを名前で呼び合ったこと。
貴方の元に戻った時に『二度とそなたを離さぬ……ずっとそなたと我は離れない運命なのだ』と私を抱き寄せてくれたこと。
そして最後の
今まで貴方が私におっしゃってくださった言葉は全て覚えているの……だって貴方のことが心の底から好きなんですもの……私が初めて愛した人……初めてお守りしたいと思った人……貴方のためなら何だってできるって……
「綾……必ず生きるのだ。そなたの心の中に我は永遠に生きている。そなたの一番近くにいる……だからどうか……」
綾菜は涙が止まらずどうすることもできなかったが……愛する人にここまで言われているのだ。誠の気持ちを受け入れることとした。
「誠様……貴方の思い、理解いたしました……天下が統一されるのを私はこの目で見ます……貴方は私の中で……ずっと生き続けて……うぅっ……」
「綾……我はそなたを愛しておるぞ……」
「誠様……私も貴方を愛しております……」
綾菜は誠の手をぎゅっと握って祈っていた。出来るだけ長くこの人のそばにいさせてくださいと。涙が溢れて目の前が滲む。
その後、しばらくして誠は目を閉じて動かなくなった。
「誠さま……誠さまぁーーーーーーーーー!」
綾菜は誠に抱きついて声をあげて泣いていた。これからはずっとずっと一緒に生きていくと思っていた。一緒に笑ったり泣いたりしたかった。
何でもない普通の平和な日々を貴方と過ごしたかっただけなのに……どうして先にいってしまうの……? 置いて行かないでよ……ひとりにしないで……
『綾……必ず生きるのだ。そなたの心の中に我は永遠に生きている。そなたの一番近くにいる……だからどうか……』
貴方の声が聞こえたような気がした。私の中に貴方はきっといる……だけど、どうかもう少しだけ……もう少しだけ時間をください……そんなにすぐには……受け入れられないよ……愛する誠様……誠様……!
※※※
ハッと目が覚めた綾菜。涙で枕がびっしょりと濡れている。目の前には母親がいた。
「綾菜……? 大丈夫? ずっとうなされて泣いていたのよ?」
「ママ……ママーーーー! うわぁぁぁぁん!」
綾菜は母親に抱きついて泣きわめく。
「綾菜……大丈夫よ……大丈夫だからね」
母親に背中を優しくさすってもらっても綾菜は泣きっぱなしであった。顔色も悪い。
その日は学校を休んだ綾菜。母親に病院に連れて行かれたが、脳などの検査の結果は特に異常ないとのこと。
「精神的なものかもしれません。学校も無理せずに」
そう主治医に言われて家に戻る。綾菜はしばらく部屋から出られず、ベッドでずっと泣いているのであった。