城で
「さて……邪魔ものはいなくなった……綾……」
「渉様……私には愛する方がいたのです」
「そんなの過去の話だ。綾、今を生きよ。我と共に」
「今を生きる……」
そう、この世ではどのような戦国武将でも必死になって「今」を生きている。
「この世の中……我の力で治めてみせる。そなたは我と永遠の仲なのだ」
再び渉に唇を塞がれた綾菜。手を握られると身体の力が抜けていく。そこからどうなったか記憶はないが、翌朝にはすぐ隣に渉がいた。
ああ……渉様と関係を持ってしまったのだろうか。
綾菜がそう考えていると臣下がとてつもない勢いで部屋までやってきた。
「何事か」
「大変です殿! 各地で一揆が起こりました! さらに
「何だと?」
渉の目が鋭く燃える。最恐武将、ここに現るといった雰囲気に綾菜は心惹かれているのを感じた。
渉は自分の妹を政という名の武将の妻とすることで、婚姻同盟を結んでいたが、政は裏切って渉を討とうとしている。渉が着々と力をつけて、自ら将軍であるかのような振る舞いをしたことで、幕府が怒りをあらわにし政に渉の討伐を命じたことから始まった反乱。幕府からも敵とみなされてしまった渉は今やほとんどの武将から狙われている。
各地で寺の僧にまで後押しされる形で、百姓たちの一揆が強まっている。さらに政も進軍しているとなると本当に危険が迫っている。綾菜は不安になって渉の袖を掴んだ。
「綾……心配するでない」渉が綾菜の手を握る。
そして臣下に向かって言い放つ。
「たかが百姓どもが我の軍に勝てるものか! 全員倒すのだ!」
「しかし殿……背後には坊様がいます。我々は坊様には手を出すわけには……」
「何を言っとる! 全員敵だ。どれだけ敵が現れようと、我の願いを……天下統一を阻む者は邪魔ものだ! 全員倒せ!」
「はっ!」
勝と翠も反乱を抑えるために現場へ向かった。
「……ったく。殿が無茶なことをするからすぐ反乱が起きるよなぁ」と勝が呟く。
「この世で天下を取るには普通のことをしているとすぐに倒される。だから仕方のないことよ。殿が強さをつけてゆくほど反乱が起きる。それを止めるのが私達……」
勝と翠、そして兵士軍は各地の百姓や僧を倒して行った。しかしそれでも数が多くきりがない。
「こうなったら……寺を焼き討ちにせよ!」
綾菜は目を見開いて驚く。
寺を……? それこそ関係のない人々を巻き込むのでは……どうしてそんなことが出来るのだろうか? 天下を統一するにはこんなやり方しか方法はないのだろうか? 全て燃やした先には何も残らない。そんなのおかしいよ……
「渉様! いくらなんでも寺を燃やすなんて」
「綾……もともと寺というのは中立を保つものなのだ。信仰する者だって多い。しかし今の僧達は我を敵とみなして百姓達に一揆を起こさせている。もともと政の軍にも協力していたのだ。もはや敵だ。このままでは我らが倒される」
綾は
こんな時に誠様がいてくれたら……そう考えるだけで綾菜の目には涙が溢れそうであった。
「まぁ、領地拡大のためにあらゆる寺の僧侶に立ち退くように言ったのは、この我だ。反感をかうのも仕方あるまい」
「結局は渉様の責任ではないですか……」
綾菜の言う通りである。僧が反乱を起こしたのも渉に攻められて仕方なく対抗しているようだ。
「想定の範囲内だ。なあに、今や我に勝てる者などおらぬ。全て斬って斬って斬り倒すのみだ」
恐ろしい……さすが最恐武将と呼ばれるだけのことはある。しかしここまで強気でなければ戦国の世で生きることなどできないのだ。この現実が天下統一のためというのであれば、一体何の意味があるのだろうか。平和のための天下統一ではなかったのだろうか。
「さて……行こう。綾」
渉に連れられ、寺の焼き討ちに行くことになった綾菜。忍びの格好で渉の軍とともに向かう。
寺には女性や子どももいたが周りを囲うように、兵士軍が攻め入る。僧たちを容赦なく斬り倒す渉たちを見て綾菜は胸が苦しくなってきた。
どうして私は戦国武将に憧れていたのだろうか。こんなことが許されていいの? 誠様……貴方はこの戦場を見て何を思いますか? このようなやり方で天下を統一して良いのでしょうか? 教えてください……誠様……!
ある程度倒しきったところで渉の軍は寺に火を放った。一気に寺が燃え上がる。綾菜はもう動けなかった。
これ以上戦国の世なんか見てられない……! 私もこのままここで焼かれて誠様のもとへゆきます。誠様さえいてくれればいいのです……!
そう思いながら寺の近くでじっとしていると馬に乗った渉がやって来る。
「綾! 何をしておる! 早くゆくのだ!」
「渉様……私はもう……無理です……」
「……生きよ! 生きるのだ! 綾……そなたは天下統一の瞬間を我と共にこの目で見るのだ!」
「そんなの……もういいのです……これ以上関係ない人を犠牲にして何が天下統一ですか?」
「綾……!」
渉が馬からおりて綾菜のところへ向かう。
「もう少しの辛抱だ。反乱がある限り民は混乱する。彼らを武力で抑えるしか方法はないのだ。その先に必ず我の目指すものが待っておる……信じよ。我を信じたまえ」
「渉……さま……」
「綾……愛している」
渉からの愛している、の言葉が綾菜のこわばった心を溶かしてゆく。自分はこの人に愛されていると分かること、それが「今」を生きる原動力になる。
ボォォン!
寺の炎の勢いが増していく。
「殿! 急いでください!」と兵士の声がする。
「今ゆく!」
渉は動けない綾菜を抱き抱えて馬に乗せた。そして自分も馬に乗り急いで寺から離れていく。
やがて寺全体が炎に包まれ、天高くまで燃え上がっていった。その光景は実に恐ろしいものだった。女性や子ども達も含め多くの人が犠牲になったであろう。綾菜はこの出来事を忘れてはいけないと思った。もうこんなことを繰り返してはならない……別の方法だってあるはずなのだ。
城に帰った綾菜の元に渉が来てくれた。そして綾菜を強く抱き寄せる。
「怖い思いをさせてすまなかった、綾……」
「渉様……」
「いつか必ず天下を取る、そなたと平穏に暮らせる時が来るはずだ」
綾菜はまだ震えが止まらなかったが、渉の腕の中で徐々に落ち着いてゆくのを感じていた。
※※※
目を覚ますと自宅のベッドにいた綾菜。まだ身体が震えている。怖かった。戦国時代はあのような世の中なのだ。
「怖かったよぉ」
そう言いながら綾菜は学校へ行く準備をする。
学校へ到着しても元気がない綾菜。燃え上がる寺の光景が忘れられない。その様子を見た渉が昼休みに声をかけてくれた。
「綾菜ちゃん……怖い夢でも見た?」
「渉くん……うん。そうなの」
「僕も怖かったんだよね……自分があんなことをするなんて」
やはり彼は夢の中の「渉様」のようである。
「綾ちゃん……怖い思いをさせてごめんね。だけど大丈夫だから」
渉にぎゅっと手を握られた。その時、彼が「渉様」のように見えた綾菜。
「渉くん……渉くんのこと信じてもいいの?」
「もちろんだよ」
「うぅっ……」
渉の手を握りながら綾菜は涙を流して彼にもたれかかる。
綾ちゃんはもう僕のものだ。
そう考えながら、渉は優しく綾菜の背中をさすっていた。