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第29話 戦の舞

 2学期といえば運動会。4年生にもなるとダンスも高度なものである。綾菜あやなは振り付けがわからず苦労していた。一方のわたるはすぐに振り付けを覚えたため、皆の前で手本となっている。女子ほぼ全員が渉に釘付け状態。「祭り」をテーマとした和風の舞は、渉のしなやかさをより引き立てていた。


「綾ちゃん、こうするんだよ」

 何故か放課後に綾菜に特別レッスンをしてくれる渉。手が触れるたびにドキっとしてしまう。やっぱりあの2人は付き合っているという噂も広まり、綾菜は必死で否定していた。

「僕は……構わないのに」

 渉が綾菜の方を見てクスッと笑う。



 ※※※



 そして夢の中で目を覚ますとやはり隣に渉がいる。

「つづみを用意せよ、舞を舞う」と臣下に命令する渉。

 そして扇子を持ちつづみのポン、ポンという音に合わせて、舞を舞っていた。美しくてしなやかで、しばらく綾菜は彼に見惚れていた。

「綾、我と一緒に」と言って綾菜の手を引く。一瞬、運動会の練習のことを思い出して顔が熱くなりそうな綾菜。夢の中での綾菜は上手に舞う事はできていた。渉が支えてくれたので安心していた。


 舞が終わると渉の目がカッと鋭くなる。

「出陣だ!」

 臣下がさっと準備する。

「殿、実行するのですね?」

 かつみどりがやって来た。

「ああ、こうなったらやるしかない。幕府を滅ぼし新たな世の中を作る……この我が」

 渉の目にはすでに自分の理想の世の中が映っているようだ。裏切り者のまさ、そして渉の討伐を命じた幕府が相手である。


「町に火を放て」

 渉の命令で幕府の町に次々と火が放たれた。

「そんな……関係のない人を巻き込むのはもうやめてください!」と綾菜が訴える。

和睦わぼくに応じるように幕府の将軍には伝えておる。応じたらこれ以上の被害は出さぬ」

「応じてくださるのでしょうか……」

 綾菜は心配していたが、やがて幕府より和睦わぼくに応じる旨の便りがあった。


 しかしその頃には町のほとんどが焼けてしまい、被害者も多かった。綾菜は胸が苦しくなり、ここまでしなければ和睦わぼくには応じてもらえないということ自体、どうにかならないのかと思っていた。結局この時代では武力が全てなのだ。その後、幕府の将軍は渉により追放され幕府は滅びることになる。渉が成し遂げたのだ。


 そして、幕府の力を失った政とその援軍とのいくさが始まる。

「うむ……政も援軍も両方となると厳しい……」

「殿、援軍についてはこの我と翠が参ります!」

 そう勝が言う。翠も隣で頷く。

「分かった。頼んだぞ!」

「はっ!」


 勝と翠が馬に乗りいくさへ向かう。

「おい、殿ではなく我についてくるって事で良いのか? 翠」

「あなた一人じゃ……あの軍を倒せるわけないでしょう」

「フフ……」

 しかし政の援軍の勢いは増す一方であり、勝と翠はかろうじて逃げ帰ってきた。援軍を率いる武将がかなり強い者なのだ。

「無念……!」


 それを聞いた渉は焦りを見せる。

「もうこれまでか……」

「渉様……」

「綾、そなたに天下というものを見せてやりたかった……幕府は滅びたものの、これからは強き者が生き残る時代。政からもその援軍からも挟み撃ちの状況では、どうすることもできぬ」

「どうにか……皆様で一緒に世の中を作っていくことはできないのでしょうか?」

「無理だ……我自身の野望を叶えたいのだ。奴らには理解できん。それにもう後戻りはできぬ。武士に二言は無い。よってこのまま突き進むしかない」


 綾菜は戦国の世の厳しさを目の当たりにしていた。一度決めたことは最後までやり遂げるのが戦国武将。勝利を収めるか滅びるかの2つに1つであり、皆で仲間になるという概念などないのだ。

 仕方ない……これで私も誠様の元に行けるなら……


「綾……」

 渉に抱き寄せられる。

「死ぬ時はそなたと一緒だ」

 あの世でも渉がいるのかと思い、何とも言えなくなる綾菜であった。


 ところが数日後、事態は一変した。あの勝と翠を負かせた援軍を率いる武将が病死したというのだ。その武将がいなければ軍はもはや機能しないのと同様。

「天は……我に味方したのか……!」

 渉はすっと立ち上がり、臣下達に言う。

「この機を逃すな! 一気に政へ襲撃だ!」


 そして綾菜の方を見る。

「我と共に来るか……?」

「はい……」

 綾菜も忍びの格好をして渉達と共に向かう。

 武将のいなくなった援軍は勝と翠があっという間に倒した。渉達は政の城を目がけて進撃してゆく。近くまで来ると城から女性と子ども達が出てきた。


「あれは……渉様の妹君……?」

 渉は自分の妹を政の妻とすることで、婚姻同盟を結んでいた。さすがに妹は助けるという判断をしたのだろう。そして政は、妻と子ども達を守るために城の中で自害したのだった。


 せっかくの家族がこんな形で離れてしまうなんて……渉様の妹君は夫をなくしてどんなに辛いだろうか。私も愛する誠様を失った。だから余計にわかる……共に生きると決めた人が急にいなくなるという絶望感が。

 綾菜はそう思うと涙が止まらなくなってしまった。


「兄上、お久しぶりにございます……」

 それだけ言って渉の妹君は臣下に連れて行かれた。

「よし……城を全て燃やせ!」

 渉の命令により政の城は炎に包まれたのであった。もう、渉の天下統一はすぐそこまで来ている……そんな気がした綾菜であった。



 ※※※



 いつも通りベッドで目覚めて学校に行く綾菜。愛する人を失うことは戦国時代では日常茶飯事かもしれない。

「あの時代の女の人は強く生きていたのかな。あたしには難しいよ……」

「綾菜ー! 起きてるー?」

 母親の声がして綾菜は学校の支度をする。


 今日も運動会の練習があったが、何となく前よりも上手に踊れているようだった。

「一緒に舞を舞ったもんね……綾ちゃん」

 渉に耳元で言われてピクンと動く綾菜。夢の中のイメージで……うまくできたのだろうか。

「渉くん、ありがとう」

 綾菜の嬉しそうな笑顔。渉はますます彼女に惹かれていくのであった。


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