2学期といえば運動会。4年生にもなるとダンスも高度なものである。
「綾ちゃん、こうするんだよ」
何故か放課後に綾菜に特別レッスンをしてくれる渉。手が触れるたびにドキっとしてしまう。やっぱりあの2人は付き合っているという噂も広まり、綾菜は必死で否定していた。
「僕は……構わないのに」
渉が綾菜の方を見てクスッと笑う。
※※※
そして夢の中で目を覚ますとやはり隣に渉がいる。
「つづみを用意せよ、舞を舞う」と臣下に命令する渉。
そして扇子を持ちつづみのポン、ポンという音に合わせて、舞を舞っていた。美しくてしなやかで、しばらく綾菜は彼に見惚れていた。
「綾、我と一緒に」と言って綾菜の手を引く。一瞬、運動会の練習のことを思い出して顔が熱くなりそうな綾菜。夢の中での綾菜は上手に舞う事はできていた。渉が支えてくれたので安心していた。
舞が終わると渉の目がカッと鋭くなる。
「出陣だ!」
臣下がさっと準備する。
「殿、実行するのですね?」
「ああ、こうなったらやるしかない。幕府を滅ぼし新たな世の中を作る……この我が」
渉の目にはすでに自分の理想の世の中が映っているようだ。裏切り者の
「町に火を放て」
渉の命令で幕府の町に次々と火が放たれた。
「そんな……関係のない人を巻き込むのはもうやめてください!」と綾菜が訴える。
「
「応じてくださるのでしょうか……」
綾菜は心配していたが、やがて幕府より
しかしその頃には町のほとんどが焼けてしまい、被害者も多かった。綾菜は胸が苦しくなり、ここまでしなければ
そして、幕府の力を失った政とその援軍との
「うむ……政も援軍も両方となると厳しい……」
「殿、援軍についてはこの我と翠が参ります!」
そう勝が言う。翠も隣で頷く。
「分かった。頼んだぞ!」
「はっ!」
勝と翠が馬に乗り
「おい、殿ではなく我についてくるって事で良いのか? 翠」
「あなた一人じゃ……あの軍を倒せるわけないでしょう」
「フフ……」
しかし政の援軍の勢いは増す一方であり、勝と翠はかろうじて逃げ帰ってきた。援軍を率いる武将がかなり強い者なのだ。
「無念……!」
それを聞いた渉は焦りを見せる。
「もうこれまでか……」
「渉様……」
「綾、そなたに天下というものを見せてやりたかった……幕府は滅びたものの、これからは強き者が生き残る時代。政からもその援軍からも挟み撃ちの状況では、どうすることもできぬ」
「どうにか……皆様で一緒に世の中を作っていくことはできないのでしょうか?」
「無理だ……我自身の野望を叶えたいのだ。奴らには理解できん。それにもう後戻りはできぬ。武士に二言は無い。よってこのまま突き進むしかない」
綾菜は戦国の世の厳しさを目の当たりにしていた。一度決めたことは最後までやり遂げるのが戦国武将。勝利を収めるか滅びるかの2つに1つであり、皆で仲間になるという概念などないのだ。
仕方ない……これで私も誠様の元に行けるなら……
「綾……」
渉に抱き寄せられる。
「死ぬ時はそなたと一緒だ」
あの世でも渉がいるのかと思い、何とも言えなくなる綾菜であった。
ところが数日後、事態は一変した。あの勝と翠を負かせた援軍を率いる武将が病死したというのだ。その武将がいなければ軍はもはや機能しないのと同様。
「天は……我に味方したのか……!」
渉はすっと立ち上がり、臣下達に言う。
「この機を逃すな! 一気に政へ襲撃だ!」
そして綾菜の方を見る。
「我と共に来るか……?」
「はい……」
綾菜も忍びの格好をして渉達と共に向かう。
武将のいなくなった援軍は勝と翠があっという間に倒した。渉達は政の城を目がけて進撃してゆく。近くまで来ると城から女性と子ども達が出てきた。
「あれは……渉様の妹君……?」
渉は自分の妹を政の妻とすることで、婚姻同盟を結んでいた。さすがに妹は助けるという判断をしたのだろう。そして政は、妻と子ども達を守るために城の中で自害したのだった。
せっかくの家族がこんな形で離れてしまうなんて……渉様の妹君は夫をなくしてどんなに辛いだろうか。私も愛する誠様を失った。だから余計にわかる……共に生きると決めた人が急にいなくなるという絶望感が。
綾菜はそう思うと涙が止まらなくなってしまった。
「兄上、お久しぶりにございます……」
それだけ言って渉の妹君は臣下に連れて行かれた。
「よし……城を全て燃やせ!」
渉の命令により政の城は炎に包まれたのであった。もう、渉の天下統一はすぐそこまで来ている……そんな気がした綾菜であった。
※※※
いつも通りベッドで目覚めて学校に行く綾菜。愛する人を失うことは戦国時代では日常茶飯事かもしれない。
「あの時代の女の人は強く生きていたのかな。あたしには難しいよ……」
「綾菜ー! 起きてるー?」
母親の声がして綾菜は学校の支度をする。
今日も運動会の練習があったが、何となく前よりも上手に踊れているようだった。
「一緒に舞を舞ったもんね……綾ちゃん」
渉に耳元で言われてピクンと動く綾菜。夢の中のイメージで……うまくできたのだろうか。
「渉くん、ありがとう」
綾菜の嬉しそうな笑顔。渉はますます彼女に惹かれていくのであった。