季節は過ぎ行き……小学校4年生といえば、学校では二分の一成人式が行われる。自分のこれまでや親への感謝の気持ち、これからどうなりたいかを作文にして参観日で発表するものである。
「ママ、あたしの小さい時のことを教えて」と
「そうねぇ、2歳ぐらいの時は滑り台で3時間ぐらいキャーキャー言いながら遊んでいたから、近所の人に注意されちゃったわ」
「え?」
このようにお家の人にインタビューをしながら文章を書いていく。
「はぁ……なかなか書けないよぉ」
「綾菜ちゃん、俺も書けないから教えてよ」と
「おっと……勝くん。綾ちゃんと何話しているの?」
「二分の一成人式の作文が書けねえんだよ」
「ふふ……僕はもう完成したよ」
「本当? 何書いたのか教えてくれ! 頼む」
「じゃあどんなことを書けばいいのか教えてあげるよ……まずは……」
渉と勝則は今や「親友」と呼べるぐらい仲が良くなっていた。
「僕はね……もっと世界を知りたい。新しい世の中を作りたいんだ」
綾菜にはその姿が夢の中の「渉様」に見えていた。
※※※
渉の城で目を覚ます綾菜。そうだ、今日から残りの地方を治めにいくために(渉曰く、攻め落とすために)出発するんだった。皆が準備をして馬に乗る。
「
「殿、承知しました」
渉と共に馬で東地方を確認していくがほぼ焼け野原状態であった。一部の地域で未だに一揆が行われていたが、翠が対応してくれた。また、渉を狙った僧もいたがこれも翠が食い止めてくれた。渉を守るためなら命も惜しまない、そのような彼女を見て綾菜は渉への「愛」のようなものを感じていた。
私も誠様に危険が迫った時に弓矢を放ったんだっけ。それに比べれば翠様の戦闘能力は格段に上だな……それにしても渉様を狙う人が多すぎる。
目的地の寺に着いた頃には日が沈んでいた。部屋で渉は綾菜に話しかける。
「綾……ここを統一すれば次は隣の国、そして世界を見に行くのだ」
「渉様……」
「世界では何が待っているのだろうな、綾」
彼の目は希望に満ち溢れていた。その姿が眩しくて綾菜はしばらく渉から目が離せなかった。
その時である。
「殿! 今すぐ裏口から逃げるのです」翠だ。
「何があった?」
「……
「光だと……まさかあいつが……」
光とは勝と同様の渉の家臣。家臣の中で最も渉の近くにいるのは勝であるが、それ以外の者にも手分けして地方を攻め落とすよう指示していた。そのうちの1人である光の軍が反旗を翻したという。臣下の中では勝の次に兵士を多く従えている彼が……こちらに向かってくる。今の渉の軍は少ない。
「翠様も一緒に逃げましょう!」綾菜が言う。
「一斉に逃げれば相手方に分かってしまう。私と兵士でどうにか対抗してみます。殿は逃げて下さい、綾と共に」
「翠……そなたは我のことを……」
「ずっとお慕いしておりました、殿。貴方が生きて天下を治めるところをこの目で見たかった。貴方しか成し得ないのです……さぁ早く!」
綾菜は目に涙を溜めていた。どうして恋敵である自分まで逃してくれるのだろうか。
「綾……あなたのためじゃない。殿のためよ。私は殿の幸せを誰よりも願う。殿のこと……任せたわよ」
「み……翠さまぁ……」
「もう来るわ! 森を抜けて北方向へ行ってから西にゆけば遠回りだけどそのうち勝の軍と合流できる」
「綾……ゆくぞ」
「あ……ありがとうございます……翠様」
「翠……このことは一生忘れぬ」
「ふふっ……そうおっしゃっていただけて私は光栄でございます」
翠が寂しげに笑う。綾菜は自分が代わりたいとさえ思った。翠はきっと昔から渉のことが好きだったはずだ。なのに最後は彼と一緒になることよりも、彼の無事を真っ先に考えて行動を起こした。どうしてこの時代の人は愛する人と共に生きることが叶わないのだろうか。
渉に手を引かれ、裏口にいた馬に乗って2人は森の中を進んで行った。そのすぐ後だった。先ほどまでいた寺がゴォォォォと音を立てて燃え上がっている。
「翠様……」
彼女はどうなったのか、綾菜は心配であった。
その頃、寺では
「殿の首があれば……我が天下を取りにゆけものを……何故ないのだ!」と光が怒りをあらわにしている。
結局、光は拠点に戻ることになる。渉の他の臣下に呼びかけたものの、渉を討ち取った証拠である首がないため誰にも信用されなかった。
この知らせを受けた勝はすぐに光の拠点へ向かう。
「おのれ光……殿を裏切るとは何事だ」
「東地方の領地の争いを収めるために先方と調整を図ったのはこの我……にも関わらず、進撃に時間を要したという理由だけで殿は我ではなく……別の者にその領地を任された」
「勝よ。我、南地方に行ったところで我にはもう未来などない……結局のところこの世は強き者が生き残る時代。和睦や交渉など無意味」
「光……この世は交渉が長引けば相手に攻め入る隙を与えるもの。迅速さを重視されるのは……天下の統一のため。天下統一して新しき世を作るためなのだ」
「知るかそんな事……あのようなやり方で疑心暗鬼になる者は我だけではなかろう」
「それでも我は……殿を信じる。光、そなたは謀反の罪により罰す」
血しぶきが飛び、光が倒れる。だが勝も光の言い分が分かるような気がしていた。
あの殿は容赦ないお方。殿の元にいる限り失敗は許されない。いつか自分も始末されてしまうのではなかろうか。あの様子だと綾以外の者が居なくなったとしても……殿は平気な顔をするのだろう。
「勝様、そろそろ参りましょう」
「待て。まずはあの寺にゆく」
「あの寺からすでに殿は逃れております」
「……殿ではない」
勝の目には渉ではない……別の者が映し出されていた。