殿であれば「速やかに来い」と言うであろう。だが勝にはどうしても自分の目で確かめないといけないものがあった。これに関しては誰かに聞いた話など信用ならないのだ。
やがて勝は寺に到着する。寺は焼かれ、殿と一緒にいた兵士達と思われる遺骨があった。この寺には殿と綾と翠、そして兵士達が泊まっていたはずだ。
殿が綾を必ず連れてゆくとしたら。ここに残るのは……
「み……翠……みどりぃぃぃ!!」
勝は翠と思われる遺骨の前でうずくまり、彼女の名前を叫びながら涙を流していた。やはり思った通りだった。彼女なら殿の身代わりになるであろう。そのぐらい殿を愛していたことは昔から知っていた。いつも自分は彼女を見ていたのだから。
何故その遺骨が彼女だと分かったのか……いつも付けていた髪飾りの一部が残っていたからだ。
ずっと一緒に殿を守ってきた。自分に文句ばかり言いながらも、
「どうして……お前には我がいたじゃないか……もっと早く……お前に言うべきだった……我の気持ちを……!」
勝の想いが彼女に届くことはない。悔しさで彼はしばらくその場から動けなかった。
「勝様、殿が東地方へ向かっております。合流しましょう」と兵士が言う。
「うむ……分かった」
勝は立ち上がり、馬に乗って走り出す。涙で目の前が滲むが今はそれどころではない。渉の元へ急ぐ勝であった。
※※※
翌日、学校にて。いつも活発で大声で走り回っていた
「綾菜ちゃん、俺……変な夢見てさ」
「え? どんな夢?」
ひょっとしたら戦国時代の夢かもしれない、そう綾菜は思った。以前、半日以上目が覚めず病院に運ばれた時に勝則もいたからだ。ただ彼の場合は、夢の内容をほとんど覚えていないようだった。
「前から格好いいお殿様が出てくる夢を見ていたんだけど……今朝起きた時は涙でびしょびしょだった。悲しかったんだ。でもなんで悲しいのかわからない」
「そうなんだ……お殿様の他に誰かいた?」
「うーん……家来みたいな人。あと……」
それだけ言って勝則は黙ってしまった。
勝則は夢の中での勝である。想いを寄せていた翠を失い、遺骨の前で泣いていたものの、すぐに渉と合流するために馬で西方面へ向かったのだ。
しかし起きてみればそこまで詳しいことを思い出せずに、涙だけ流していた勝則。それが不思議に感じたそうだ。
「綾菜ちゃんは前に病院で泣いていたでしょ? あれはどうして?」
「それは……」
ふと
「あたしもよくわからないんだ」
そう言うしかなかった。実際のところどうしてあのような夢を見るのかさえわからないのだ。
「綾ちゃん、勝くん。何を話しているんだい?」渉だ。
「渉! 俺、変な夢見たんだよ。枕びっしょりだぜ。内容覚えてないけど」
「そうか……悲しいことがあったんだね。だけど大丈夫さ。必ず僕たちは救われるんだ」
さすが渉くんだ……殿らしい言い方で綾菜はしばらく彼を見つめていた。
「綾ちゃんは……どんな夢をみるの?」
渉に詰め寄られ、ドキッとする綾菜。
「えーと……わからないねって勝則くんとも言ってたんだ」
「フフ……そうか。僕が出てきているといいな」
多分出てきています……しかも最近ずっと一緒です、と思う綾菜であった。勝則は渉と話をして落ち着いたのかいつも通り外遊びに行った。
綾菜は勝則が何故泣いていたのかが気になっていた。自分も夢の中で渉に連れられ、寺に翠を残してしまった。あそこまで寺が燃えていたのだ。翠が無事である可能性は低い。
「あたしだって、もうこれ以上燃やされたり血を流したりするのなんて見てられない。もしかしたら勝則くん、目の前で誰かを……」
そう思うと綾菜も涙が溢れてくる。いけない。ここは学校だ。あれは夢なのだ。なのにどうして鮮明に思い出すのだろうか。
誠様が息絶えたことも、渉様が城下町を燃やしたことも、寺に翠様を置いて自分たちだけ逃げてしまったことも……全てが悲しい出来事だ。
教室で歴史の本のページをめくる。どこもかしこも争いや勝敗の結果の記載ばかり。その背景にどれだけの犠牲と哀しみがあったのかなんて書いていない。大切な家族を失った人だっているし、家を燃やされて住む場所がなくなった人だっているのだ。
最初は夢でかっこいい戦国武将に会えるのが嬉しかった綾菜。だが次第に辛い事が重なり、そろそろ限界かもしれない。
それでも小学生なりに歴史は勉強したいし、天下統一の瞬間も気にならないといえば嘘になる。
「天下統一して終わりというわけじゃないけどさ……どうして歴史ってこういう所がピックアップされるのかな」
何故天下統一までの戦いが取り上げられるのか、それはきっと誰もが一度は夢見ることだからかもしれない。天下を取る、頂点を極める、てっぺんからの景色を見ること……今の時代でもそれに憧れる人は多い。難しいからこそ挑戦し続けたい。
それを命懸けで取りに行くのが、戦国武将である。