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第33話 光の先に

「もう夢なんて見たくないけど……ちらっと見たい」

 綾菜あやなが部屋で独り言を言っている。あまりにも犠牲者の多い戦いや大切な人との別れを経験したため、限界を感じたようだ。

 引き出しを開けて一枚の布切れ、ある漢字が書かれた布の上半分を取り出す。そしてこれまで枕元に残されていた衣装の紐、兜の飾りやツノの一部分、錆びた銀貨、髪を結う紐、薬の包み紙のようなものを机の上に広げた。


 これらは自分に託されたものなのだろうか。綾菜は戦国武将のおじさんたちに教えてもらったことを思い出す。どんな困難があろうと己を信じて戦い抜く力。きっとおじさん達は平和を願っていたはずだ。

 そうであれば、自分ももっと強くならないといけないのだろうか。戦闘力ではない、内面から溢れる自分を信じる力。人の心を理解し……相手を良い意味で巻き込んでいく力。


 人の心といえば。

まことさまぁ……」と半泣きになる綾菜。

 夢の中の誠様がまさにそういうお方であった。貴方がいたから私はここまで来ることができた。これからも貴方は私の中で生き続ける。だから私はこの夢を最後まで見たい。どんな真実が待っていようと……



 ※※※



 そして夢で目覚めた綾菜。そうだ、泊まっていたお寺に奇襲をかけられてわたる様と逃げてきたんだった。ここは別の寺である。

「気づいたか、綾」

 渉の顔が近づいてきたので「きゃっ」と声を上げた綾菜。

「愛おしい……そなたと2人きりで逃避行とはな」

 謀反むほんがあり追われていたにも関わらず、渉は綾菜と2人きりであることに喜びを隠せない。


「そのようなことをおっしゃっている場合ですか。まだ追手が来る可能性だってあるはずです」

「心配ない。かつがすでに討っているであろう」

「そうなのですか……?」

「我らも先を急ごうか」

 渉と共に綾菜は出発する。


 だが2人にはお供の兵士はついていない。もし見つかればどうなることか。渉と綾菜は慎重に馬を進める。しかし、ただでさえ目立つ渉である。武士の集団を追いかけて、金目のものや鎧を狙う農民集団があちこちにいる。今回、渉が狙われて逃げているということが耳に入ればすぐに探しにくるだろう。


「お前ら! 金目のものを置いていけ!」

 やはり集団が襲って来た。向こうは数十人、こちらは渉と綾菜だけである。

「フフ……正々堂々と戦おうではないか」と渉が言い、馬を降りて刀を握る。綾菜も馬を降りるように集団に脅され人質になってしまった。

「ほほう……よく見たら綺麗な女子おなごではないか」

「いやっ……離して!」

「綾に手出しするな!」


 渉は集団の相手をするが1人ではなかなか難しい。とうとう囲まれてしまった。

「渉様……!」

 その時だった。

「殿!」

 勝の声がした。兵士軍もいる。圧倒的な強さを見せつけ一気に渉側が有利となった。


「降参するなら悪いようにはしない! 今すぐ殿と女子おなごから離れよ!」

 勝に言われて農民集団は逃げて行った。

「勝様……! ありがとうございます」と綾菜。

「殿、遅くなりました。謀反むほんを起こしたみつ殿は始末しておきました」

「よくやった」

 こうして勝と兵士軍も一緒に東側へ向かう。



 ※※※



 やがて渉のもう一つの拠点である大きな城に到着した。高さ40mほどであり、渉の力の象徴を表している。豪華絢爛で立派な城を見て、綾菜はしばらく何も考えられなかった。

「渉様、いつの間にこんな城を」

「臣下が攻め入った時にちょうど良い場所を見つけてな。ここに拠点とすれば前の場所よりも動きやすいであろう」


 中に入ると各階に有名画家の障壁画があり、どこも煌びやかである。改めて渉の偉大さを感じる綾菜であった。

「さて、しばらくここを我らの拠点とする。無事に到着したことだ、今日はいったん茶の湯でも楽しもうか」

「殿、良いですね」


 綾菜が茶の湯って何だっけ……あ、茶道かと思っていると、そこに茶人と呼ばれる者が現れた。

「この町に殿がいらっしゃるのをお待ちしておりました」

 茶人がお茶を振る舞い、渉、綾菜、勝と一部の臣下達はお茶を楽しんでいた。今だけはいくさのことを忘れ、広くて緑の多い庭を眺めながら伝統に触れる。


「美味しいです……!」

 綾菜が渉に笑顔を向けると彼も優しく笑った。

 最恐の武将が私にあのような顔で微笑んでくださるなんて。このまま何事もなくここでゆっくりと過ごせたら良いのに。もう十分すぎるぐらい……いくさで勝ってきたのだから。


 夜になり渉の部屋にはやはり綾菜がいる。

「この国の大部分は我が手にあるが、まだ油断はできぬ。だが綾、そなたをここに連れて来ることができて良かった」

「あ……ありがとうございます。こんな立派なお城に呼んでいただけるなんて」

「なあに……そなたは正室となる者。我と共にいて当然だ」


 正室……その言葉を聞いて綾菜の頭に誠の姿が思い浮かぶ。

『案ずるな……あの最恐と呼ばれる武将であっても、そなたのことは大切にしてくれるであろう』

 こうおっしゃっていた誠様。確かに渉様は私をお守りくださるお方。だけどいつまで経っても……貴方のことを忘れることなど……できないのです……!


 渉に口付けされ、眠りにつく。

 一度は寝ようと目を閉じたものの、落ち着かずにもう一度目を開ける綾菜。庭の方に微かなひかりがあることに気づく。

「あれは何……?」

 綾菜はゆっくりと起き上がり庭の方へゆく。

 光の中には、ずっと想っていた彼の姿があった。


「ま……誠様……?」



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