庭に見える光の中に、彼の姿が見えた。
「
光に包まれた誠の姿がそこにはあった。幻想的な雰囲気の中、彼の元へ向かう
「綾……! そなたに会いたかった」
「うぅっ……誠さまぁ……!」
綾菜は誠の胸に飛び込もうとしたが、彼の身体をすり抜けてしまった。
「え? どうして……?」
誠が辛そうな表情を浮かべて言う。
「すまない、綾。我は……もう実体がない。これは幻のような存在なのだ。そなたのことが忘れられず……成仏出来なかったことにより、この姿となったのだろう」
確かに彼は病で倒れた。生き返ったわけではなく
「誠様……そうなのですね……貴方に……触れたい……」
綾菜は涙を流して誠を見つめる。
せっかく会えたのに貴方に触れることが叶わないなんて。でも、貴方とこうしてまた話せるのは幸せなこと……
「我もそなたをこの手で抱き締めたい……!」
誠も切なそうに言う。
「そばにいてください、誠様。触れられなくとも貴方がいると心が温まるのです。どうか私のそばに……」
「綾……我もそうだ。そなたといると生き返ったように感じる。出来るだけ一緒にいたい。前にそなたには天下統一を見届けてほしいと言ったが……今の我は天下統一よりも……綾と一緒にいたいのだ……!」
「私も同じ考えです……天下統一のためにこれまで多くの人が犠牲になったことでしょう。そのような中、この世が統一されたところで……私には何も感じられないのです。それよりも今、貴方と過ごしたい……!」
2人は一晩中、庭で共に過ごした。唇を重ねると感触はないものの、少しだけふわっとした温かさを感じて幸せだった。
「綾……きっと……我らは来世で再会する運命にある。だから……それまで共に待とう」
「はい……誠様。貴方の言うことを信じております」
夢の中での「来世」とはいつのことなのだろうか。だが綾菜にとってそんなことはどうでも良い。今度生まれ変わった時には永遠に貴方と一緒にいたい、その気持ちで胸がいっぱいであった。
朝焼けが庭を優しく染め始めると、誠の姿は徐々に薄れていった。光の中で彼の輪郭が揺らぎ、まるで風に溶けるように消えていく。綾菜は手を伸ばし、彼を掴もうとしたが、指先はただ空を切り裂くだけだった。
「誠様……!」
彼女の声が庭に響き渡ったが、返事はない。誠の姿は完全に消え、朝の静寂だけが残った。綾菜はその場に膝をつき、涙を抑えきれなかった。触れられない悲しみと、再び彼に会えた喜びが混ざり合い、胸の奥がぎゅっとなる。
しばらくすると
「綾……我らは出発するが共に行かないのか?」
渉が不思議そうに尋ねる。いつも
「はい……少し疲労もありまして」
「よかろう。無理をするでないぞ」
渉達は残りの地方を治めるために馬で向かった。
※※※
ベッドで目覚める綾菜。誠様に会えた……! 嬉しい……! 触れられなくとも声を聞くことはできたのだ。
学校では渉が綾菜のことをますます気にしていた。夢の中で、彼女が自分たちの地方攻めについて来なくなったからである。毎回一緒に来てくれていたのに。まさか……自分以外に想いを寄せる者が現れたのだろうか。しかも綾菜はとても嬉しそうにしている。
「綾ちゃん……」と渉は寂しそうに呟いた。
二分の一成人式も無事に終わった。綾菜は将来について「相手の心を大切にして思いやりを持った人になりたい」といった内容の文章を発表した。渉は「海外に行って世界中を見てみたい。自分で世の中を作れるような人になりたい」と大きな目標を発表していた。
皆が家族への感謝の言葉を伝えて先生や保護者たちは涙ぐんでいた。最後には合唱を披露して、誰もが心に残る二分の一成人式となった。
まだ10歳の綾菜達だが時間が過ぎるのは早い。きっと知らない間に成長していくのだろう。
※※※
あの時以降、夢の中で綾菜は毎晩庭に出るようになった。誠が現れることは稀だったが、それでも彼女は待った。彼の気配を感じるだけで、心が安らぐ気がしたからだ。城に残った臣下たちは彼女を不思議がり、「彼女は庭で何かを見ているらしい」と噂したが、綾菜にはそんなことは関係なかった。誠との約束……来世での再会……それだけが彼女の支えだった。
月が綺麗なある夜のことだった。
「綾……我と一緒に来て欲しい」
誠に言われて、綾菜は彼と共に庭の奥の大きな光の中に入った。そこはたくさんのお花畑が広がる夢のような(もともと夢であるが)世界であった。
「素敵……」
「ここには我とそなただけ。争いのない平和な世界だ」
「誠様が作った世界ですか?」
「分からぬ。ただ……我の望んだ世界。そなたと2人で穏やかに過ごすことのできる場所だ」
「貴方と2人で……」
誠の言葉が綾菜の胸に静かに響いた。彼女は辺りを見回し、色とりどりの花々が風に揺れる様子を見つめた。赤いバラ、青いアジサイ、黄色いひまわり……現実では決して一緒に咲くことのない花々が、ここでは自然と調和していた。空は淡いピンクと紫が混ざり合い、まるで夕暮れと夜明けが同時に訪れたかのような不思議な光に満ちていた。
「誠様……私、こんな場所初めてです」
綾菜は目を輝かせてそう言った。
「綾、ここでは時間も争いも意味を持たぬ。そなたが笑っていれば、それで良いのだ」
誠はそう言って、綾菜をお花畑の中心へと導いた。そこには小さな泉が湧き出ており、水面には月や星の光が反射していた。綾菜はその泉に近づき、そっと手を伸ばして水に触れた。冷たくも温かくもない、不思議な感触が指先に広がった。
誠は泉のほとりに腰を下ろし、綾菜を隣に座らせた。2人はしばらく無言で水面を見つめていたが、その沈黙は重苦しいものではなく、むしろ心地よい静けさに満ちていた。
やがて、綾菜が口を開いた。
「誠様、私はずっとここにいたいのです。でも……戻らなければならないのでしょうか?」
誠の表情が一瞬曇った。彼は目を伏せ、静かに答えた。
「綾、そなたが望むなら、ここに留まることもできる。だが……まだあの城で生きるべきだとも思う。我とて、この世界が永遠に続くものではないと知っている」
綾菜は誠の言葉に小さく頷いた。
「じゃあ、もう少しだけ……ここにいさせてください。誠様と一緒に」