バレンタイン当日の「セプタンブル」は食事メニューにミニガトーショコラ付き。
ガトーショコラの上に碧人又は健人のアニメ風の似顔絵イラストが転写されたチョコプレートが乗っている。先着順なので今回も行列ができている。
「これ、誰が描いたんですか? お2人にそっくりです」と幸成が尋ねる。
「俺だよ! なかなか上手く描けてるでしょ?」と健人。
「健人は昔から絵心あったもんな」と碧人。
「いらっしゃいませー!」
朝食メニューにもガトーショコラが付くため、朝早くから客達が並んでいた。
「寒い中ありがとうございます、ごゆっくりお過ごしください」と碧人。
「お待たせしました! ハッピーバレンタイン♪」と元気いっぱいの健人。
ホットチョコレートも売れ行き好調であり、バレンタイン当日も大盛況であった。
「碧人くんのイラスト、可愛い!」
「私は健人くんだったわ! 並べて写真撮ろ!」
クリスマスカード同様、2種類並べて写真を撮ってSNSにアップされる。
準備も大変だが全てはお客様を楽しませるために、兄弟が考えてやっていること。手間も惜しまないその2人の姿に、幸成はまた尊敬するのであった。
幸成が碧人から受け取った料理をトレイに乗せるときに碧人と目が合うと、優しく微笑んでくれる。そして、料理を運び終わって健人とすれ違う時にはウインクされる。
碧人とも健人ともキスをしてしまった幸成。あれから、店で2人それぞれと目を合わせたなら合図を送ってくれる。それはまるで恋人に「好きだよ」とか「今日も可愛いね」と言ってくれているかのよう。
いや……だめだ。僕は前も自分だけが本気になって傷ついてしまったではないか。あの兄弟にとってキスはきっと……挨拶代わりなんだ。
「ゆきくーん! こっちお願い」と健人に言われ、
「はい!」と向かう幸成であった。
※※※
そしてバレンタインが終わると、春に向けたメニューが並ぶ。
「えっ……もう桜メニューなんですか?」
またしても幸成が驚く。
「桜の中には早く咲くものもあるし、3月は卒業シーズンで、春が待ち遠しくなる時期さ」と碧人。
「あとはやっぱりこのピンクの桜ラテ、見た目も可愛いし早く提供してもよく売れるんだよ」と健人も教えてくれた。
そう2人が言った通り、桜ラテがものすごい勢いで売れていく。季節に合わせて楽しめるカフェ、しかも碧人や健人の衣装も春らしく明るめで女性客も注目している。
「寒いですね、早く桜、咲いてほしいよね!」と健人が客とも話している。
やっぱりこの2人はすごい……さっきからすごいという言葉しか思いつかないや、と幸成も思う。
また時々兄弟のうち一人が休みを取り、幸成は碧人や健人と2人きりになることも増えてきた。
「ゆきくん、お疲れ様。今日も……いい?」と言われて碧人に優しいキスをされる日もあれば、
「ゆーきくん!」と後ろから健人にハグされ頬にキスされたこともある。
僕ってペットみたいな感じなんだよな、とでも思わないと、もうドキドキし過ぎて苦しくなってしまう幸成である。
そんな兄弟であるが家では変わらず仲が良い。
「あお兄……寒いから今日一緒の布団で寝よ♪」
「いつも抱きついて寝ているじゃないか、ケン」
「あお兄の掛け布団を一緒に使うんだよ」
「そんなのでうまくいく?」
「ぎゅーってくっついたら布団被さるから」
「ケン……相変わらず可愛いな」
※※※
ある日、健人が休みを取った日に碧人と幸成が2人で店に立った。ピンク色の桜ケーキも美味しそうである。
「ピンク色って優しくて癒されますね」と幸成。
「食べている姿も可愛く見えるんだよ、こういうのは……ゆきくんが食べていたらきっと可愛いだろうね」
いきなり碧人にそう言われて顔を赤くする幸成である。
その日も「セプタンブル」は多くの客が桜メニューを注文していた。2人体制でもどうにかなるが、あっという間に時間が過ぎ閉店の時刻となる。
「ゆきくん……」いつも通り碧人が近づいてくる。
今日は何をされるのか。幸成は閉店後、碧人と2人きりになるこの時間が一番緊張する。
「ゆきくんに桜ケーキ、ご馳走してあげる」
「え?」
「はい、あーんして」
何やってるんだろうと思いながらケーキを食べさせてもらう幸成。
「あ、甘くて美味しいです……」
「そう? あ、ゆきくん……クリームついてるよ」
碧人にそう言われて幸成がクリームを拭おうとしたが、その前に碧人に唇を塞がれてしまった。
「んっ……」
今日の碧人さん……いつもより……大胆?
「フフ……本当だ、甘いね。ゆきくん……」
「ちょっと……碧人……さん……」
閉店後の店の暗い中で、碧人に何度もキスをされてしまう。
どうしよう……でも僕も……碧人さんなら……
※※※
その日は健人は休みであったが、視察を兼ねてケーキ屋にやって来た。
「美味しそう! そうだ、兄貴とゆきくんに差し入れ持っていっちゃおう♪ 俺って気が利くー!」
自分の分も合わせてケーキを3個購入して、セプタンブルへ向かう。もうすぐ閉店時間だからちょうど良い。
閉店したセプタンブルの前に到着した健人。中に入ると薄暗い。
「あれ? もう片付け終わったのかな?」
そう言いながら奥に向かい、驚くべき光景を目にする。
兄の碧人と幸成が……抱き合って口付けを交わしているではないか。
ポトン
健人は持っていたケーキの箱を落としてしまった。
「な……何やってんだよ、あお兄!」
「えっ……ケン?」
「ひ……酷いよ……2人っきりで……こんなこと……あお兄……俺のあお兄……」
健人が涙を流している。
「ケン……! ごめん。ごめんよケン……」
碧人が健人を抱き締めている。
「すみません僕も……」と幸成も言う。
「ゆきくん……あお兄とも……こんなことしてたんだ」と健人が言う。
「え、ケン……僕ともってどういうこと?」と碧人が尋ねる。
「あお兄……俺もゆきくんと2人になった時……ついゆきくんが可愛くてキスしちゃったんだよ。けど今日のあお兄とゆきくんは本気だったよね……?」
「ケン……そうだったのか」
「俺のこと、忘れないでよぉ……あお兄ぃ……」
「忘れるわけないだろう? あの時から決めたんだ。ケンと一緒にこのカフェで頑張るって……父さんが出て行ったあの時から……」
抱き合う兄弟はカフェでスマートに振る舞う2人とは全く違う。この2人はカフェ経営に関しては完璧で何でも出来ると思っていた幸成。
だけど泣いている健人の背中をさすりながら、切なそうな表情をする碧人。
2人に何があったのだろうか……?