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第5話 ホットチョコレートと甘い時間

 新年を迎え、正月休み明けに「セプタンブル」は営業を開始する。

「えっ……もうバレンタイン向けのメニューを?」と幸成が驚いている。

「そう、毎年1月からホットチョコレートを提供しているんだ。寒い冬に甘くてホットな飲み物は、お客様をトキメキの世界に導くのさ、なんてね」と碧人が言う。

「ただチョコレートを溶かしただけじゃないんだよ? 口当たりがまろやか、ほんの少し苦味をプラス、飲んだ後に身体に残るやわらかな甘み……兄貴のこだわりが詰まった飲み物さ」と健人。


 幸成はなるほど、と思う。

「チョコレートはこの時期一番食べたくなりますもんね」

「そうだよゆきくん、君にも是非飲んでもらいたいね。さてそろそろ時間だ。健人、ゆきくん……今日も頑張るか」

「おう、兄貴」


「いらっしゃいませー! 本日からホットチョコレートがございますよ」と健人が言っている。

 幸成は試飲用の小さな紙コップに入ったホットチョコレートをトレイに乗せて、並んでいる客に提供した。

「こちら、お好みで上にホイップクリームもプラスできますので」と幸成が説明する。


 甘いホットチョコレートに甘いマスクの兄弟。まさに甘々で幸せそうな女性客達がホットチョコレートを手に取り、席でリラックスしている。

「やっぱり甘いものって疲れている時にいいわよね」

「ほんと、年末年始はバタバタしててやっと落ち着いたって感じよ。ここにきて碧人くんと健人くんに癒されないと……明日からやっていけないわ」

「わかる! 今年はバレンタイン当日に何かあるのかしらね?」


 バレンタイン当日も毎年何かしらの特別メニューがあるため、まだ1月だというのに既に予想している客もいる。

「私、クリスマスみたいにカードがまた欲しいわ」

「カードもいいけど、可愛いメニューもいいなぁ」

 一般的にはバレンタインは女性から男性にチョコレートを送るものであるが、「セプタンブル」では兄弟が女性客に向けてイベントを企画している。もちろん男女問わずお客様であれば同様に対応するが、やはり女性客が圧倒的に多い。



 ※※※



 そして年明け早々、今度は碧人が休みを取ることとなった。

「あお兄もゆっくりしてね! 俺、頑張ってくるから」

「うん、ケンなら大丈夫だよ」

「行ってきまーす!」


 幸成は大学に通っているが、その日は1限のみであり、終わってすぐに店に入ってくれた。

「健人さんもラテ、作るの上手ですよね」と幸成が言っている。

「兄貴のレシピは完全に頭に入っているからね。今日はゆきくんにお客様対応をほぼ頼むことになるけど大丈夫そう?」

「はい、頑張ります」


 碧人がいないものの、そこまで客が来ないわけでもなく健人がキッチンで一生懸命作業をしている姿がレアだ、ということで来てくれる人もいる。

「健人くーん!」

「あ、お越し頂きありがとうございます! 今日は俺が心を込めて作りますから」

「キャー嬉しい!」


 何をしても話題になる碧人さんと健人さん……2人とも格好いいし、優しいし、お客様への対応も完璧ですごいなと思う幸成。


 あの2人は女心というものを完全に理解しているのだろうか? いや待てよ……


 幸成は年末に碧人と2人きりになったことを思い出した。


 あの時……あんなことを……!


 今更、考えてしまい赤面する幸成。

 碧人さんは男女問わず、こちらが望む言葉を言ってくれるということか……?


 碧人さんは……僕と同じような同性愛の人?そのことを健人さんは知っているのだろうか?

 そして健人さんは……どういう人を好きになるのだろう。あの雰囲気である。彼女の一人や二人、いてもおかしくない。


「すみませーん、お水ください」

「あ、ただいま参ります!」

幸成は慌ててお水を持って席に向かった。



 ※※※



「お疲れ様、ゆきくん!」

閉店時間を迎えたカフェで健人が言う。

「僕、お役に立てていたでしょうか?」

「うん! ゆきくんだんだんテキパキしてきたよね? 助かったよ」

「健人さんがラテを作るのは、レアなのですか?」

「全く作らないわけでもないからね。ただ自然と兄貴が作って、俺がお客さんの対応していることが多かったかな」

「そうなんですね。お2人ともすごいな……」


「ねぇゆきくん、兄貴から何か言われた?」

 突然健人に聞かれた幸成は、一瞬ハッとした表情になったが……

「えーと……お店にいてくれて助かるって言われました」と無難に返す。

「ふぅん……どんな風に助かるんだろう? 兄貴はゆきくんのことどう思ってるのかな……?」

 健人が幸成に近づいてくる。


 待って……近い……碧人さんも格好良かったけど、健人さんも格好いいから……僕……心臓もたないんですけど……


「健人さんは……碧人さんを尊敬しているんですよね? 僕も尊敬しています。碧人さんも健人さんも……」

「ふふっ……そうだね、俺は兄貴のこと、大好き」

「いいですね……仲良くて。カフェを始めたきっかけって何ですか?」

 健人の表情が曇る。しかしすぐに答えてくれた。

「俺達はもともとカフェが好きだったんだよ、だから2人でやりたいねって」

 健人は奥から自分達が掲載された雑誌を持って来てくれた。

「嘘……お2人は有名人だったんですか? 知らなくてごめんなさい」と幸成。


「ううん、これはすぐ完売しちゃったから。本当は雑誌コーナーに置きたいけど盗難リスクが高いからね」

「確かに……」

 幸成は雑誌を見る。2人のインタビューが掲載されており、夢中で読んでいた。


「ゆきくん、兄貴のこと尊敬しているって言ってたけど……本当にそれだけ?」

 健人がまた幸成に近づいて聞いてくる。

「は……はい。素敵な方だとは思いますが」

 年末に碧人と2人きりになったことを思い出してしまい、幸成はドキドキしてしまう。


 健人さん、このシチュエーション……年末と似てるんですが……


「そう、素敵なんだよ……兄貴は」

「僕は健人さんのことも素敵だと思ってますよ! 碧人さんに負けないぐらい……」

「ゆきくん……」

 健人が幸成をガバっと抱き締めた。

「え……?」幸成は混乱する。

「嬉しいなぁ! ゆきくんにそう言ってもらえて。俺さ、兄貴も好きだけどゆきくんのことも気になっちゃうな。だって頑張り屋さんだし……見ていて可愛い」


 健人にそう言われて幸成は顔が熱くなってくる。

「そ……そんな……僕は……」

「ほら、照れてる顔だって可愛いじゃん……フフ」


 健人さんのキラキラ笑顔。どうしよう……格好いいんだけど……でも碧人さんにも抱き締められたし……どうなっているんだろうか。僕ってそんなに可愛いのかな?


「ゆきくん……可愛いからキスしていい?」

「えっ……!」

 既に顔が真っ赤になっている幸成。もう頷く以外に何もできない。

 健人は幸成とチュッと唇を重ねた。

「兄貴には内緒だよ? 俺とゆきくんだけの秘密。また2人で店に入るの楽しみにしてる」

「健人さん……」

「じゃあね」


 幸成は頭の中がぼんやりとしてくる。


 碧人さんとも健人さんともあんなことしちゃった……どうしよう……

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