父親の経営するカフェ「アヴリル」に行くことを決めた碧人と健人。その日は夕方で「セプタンブル」を閉めて、幸成も一緒に向かった。5年振りとなる父親との再会……何を話すか全く決めていない。だけど会いたい……ただそれだけの気持ちで兄弟は歩いて行く。
「アヴリル」に着いた3人。店員にテーブル席へ案内された。ブラウン基調のレトロで落ち着いたカフェはどこか昔懐かしい匂いがする。カウンターに父親の岳の姿が見えた。岳はこちらに気づいたようだが、特に席まで来ることもなく料理の準備をしていた。
「父さんのオムライス、食べたいな」とメニューを見た健人が言う。
「僕も」と碧人も言うので、幸成も同じものを注文した。
「小さい頃よく食べていたんだよ、父さんのオムライス」と碧人が幸成に言う。
あの頃、碧人と健人が学校から帰ってカフェに行ったら父親がオムライスを振る舞ってくれたのだ。
「2人で夢中になってガッツリ食べていたよな」と健人。
そしてしばらくして、
「お待たせ致しました」とオムライスが運ばれて来た。
「いただきます」
3人でオムライスをスプーンで一口食べる……ああ、昔カフェで食べたあの味だ。兄弟は思い出が一気に蘇る。
ブラウン基調のカフェにオレンジ色に近い明かりがまた温かくて、家にいるようにほっと一息つけるような気がする。食後の珈琲も丁度良い温かさ。ミルクやシュガーなしで、珈琲そのものの味をしっかりと感じる。さすが父さんだと兄弟は思う。
「本当に美味しいです。オムライスも珈琲も……」と幸成も満足そうである。
そしてアヴリルが閉店し、岳は他の店員達に先に帰るよう促した。碧人、健人、幸成のところに岳が来てくれる。
「久しぶりだな」と岳が言う。
「父さん……」としか言えない碧人。
「フフ……お前たちが来てくれるとは思わなかったよ」
「父さん、俺達寂しかったけど……あのカフェで頑張ってる」と健人。
「そうだな、雑誌も見たよ、随分人気あるんだな」
「父さんほどじゃないよ。僕達は父さんみたいにはなれない」と碧人が言う。
岳が話し出す。
「あの時はすまなかった。俺の身勝手でお前たちにカフェを押し付けるようなことをしてしまった。もうお前たちに会う資格など……ないと思ってた」
「俺は父さんに会いたかったよ? でも……母さんのこと思い出しちゃうんでしょう?」と健人。
「ああ。俺は母さんのことを忘れようと……旅に出た。行く場所はいくらでもあったがやっぱりカフェを巡ってしまうんだ。そして別のことを考えることはあっても……母さんのことを忘れることはできない。俺にはカフェをやっていく以外のことなんて、考えられないことに気づいたんだ。それでここにアヴリルを開店した」
「そうだったんだ、父さん……」と碧人。
「第二の人生って感じだよ。またカフェを一からやり直したかった。母さんのことを想いつつも、俺も自分で前に進みたかった。あのカフェはもうお前たちのものだからな」
「だけど父さんはすごいや……俺達の客がそっちに行っちゃうんだもの」と健人。
「あんなの最初のうちだけだぞ? そのうち落ち着くさ。大事なのは客の数ではない。どれだけお客様に満足いただけたかどうかだ」
「お客様の満足度か……」碧人が呟く。
「あとは……俺はお前たちにカフェを託したが、絶対続けろとは言わない。愛する人と一緒になって、いずれは結婚して幸せになってほしいとも思ってる」
岳のその言葉に碧人と健人は俯く。
「父さん……僕達には結婚なんてできないんだよ……」と碧人。
「そうだよ、何言ってんだよ父さん……」と健人。
「お前たち、どうかしたのか?」
「俺……母さんも父さんもいなくて寂しくて……あお兄しか頼れなくて……気づいたらあお兄が好きになってたんだ。いい大人が何やってんだって思うかもしれないけど、あお兄以外の人なんて無理だよぉ……」と健人が涙を流す。
「僕も……一生ケンを守るって決めたんだ。母さんや父さんの分までケンのことを守るって……!」と碧人。
「そうだったのか。それは……本当にすまなかった」と岳が頭を下げる。
「いいよ、父さん。僕達、父さんが出て行かなくてもこうなっていたかもしれないし」と碧人。
「あお兄、本当? 俺もあお兄に言われるとそうかもしれないって思った。きっかけは父さんだったかもしれないけど……俺は昔から、あお兄のことはずっと見てたんだよ?」と健人。
「そういえば、お前たちは小さい頃ずっと抱き合って寝ていたからな」
「えっ?」と2人が驚く。
今でも同じようなことをしているのですが、と思う2人である。
「雑誌も見たが、今のお前たちの表情の方がずっといいと思う。カフェでもああいう感じなのか?」
「うん。だってお客様の理想を叶えたくて」と碧人。
「理想ねぇ……それはどうかな? 今のお前たちの方が親しみがあって話しやすいと思うけどな。トキメキとやらも大事かもしれないが……ほっと一息つける場所、それがお前たちの望むカフェなんじゃないのか? 少なくとも俺は、今お前たちがこんなに仲良くしている姿を見て……ほっとしたんだから」
「父さん……」碧人と健人は考える。
今までの自分達は……家ではほっと一息ついてお互い甘えていたが、カフェでは女性の憧れとなるようにしなければならないと思って、格好よく振る舞っていた。ときめいてくれる客もいるが、飽きる客もいたのかも。
毎日でも通いたいのはきっと「ほっと一息つけるカフェ」のはず……
「息つく暇もないぐらい格好つけていたら、それがお客様にも伝わってしまうぞ?」と岳にも言われる。
「ありがとう、父さん……僕達、今やるべきことが、わかったかもしれない」と碧人。
「俺も……あお兄のこと好きでいていいんだよね」と健人。
「あとは……ゆきくんのことも好きだからね」と碧人が幸成に言う。
「俺も! ゆきくんとも一緒に頑張りたい」と健人。
「えっ……?」
この雰囲気で自分も入っていいものなのか、と幸成は迷ってしまう。
「君達3人が仲良くしている姿を見れば、きっとお客さんも癒されると思うよ」と岳。
「あ……ありがとうございます」と幸成が言った。
※※※
「アヴリル」を出て3人は歩き出す。
「もう取り繕うのはやめよう。僕達はこのままでいいんだよ」と碧人。
「俺、お店であお兄に抱きついちゃうよ?」
「それはさすがにやめた方が‥‥」と幸成に言われる。
「わかってるってー! 冗談! ゆきくん真面目なんだから」と健人が笑う。
「ゆきくんがいたから僕達は落ち着いて父親と向き合うことができたんだ、ありがとう」と碧人。
「うん……ゆきくんが背中を押してくれたおかげだよ」と健人。
「いえいえ。お父さんとお話し出来て良かったです」
今までで一番ほっとした表情となっている兄弟に、幸成も安心するのであった。
そして翌日、「セプタンブル」がいつも通りの時間にオープンした。
「いらっしゃいませ! 今日はあお兄のおすすめの……ブレンド珈琲でお目覚めの一杯はいかがですかー?」と元気いっぱいの健人。
あお兄……? 一瞬客達がざわついたが、
「あお兄って呼び方……すごく可愛いんだけど!」
「私もあお兄って呼ぶ!」と女性客達。
そして、
「おーいケン? モーニングお願いしまーす」と碧人が言う。
「はーい!」と健人が言ってモーニングをテーブルに運んだ。
すると、
「ケンって呼ばれるの、可愛い!」
「ケンちゃんって呼びたい」と客が話している。
「ふふ……ケンちゃんと呼んでいただいてもいいですよ」と笑顔で健人が言う。
イケメン兄弟が、実は可愛いくて癒される……そう思う客が増えてきたのであった。