高校二年生になり、普通二輪免許を取った。
バイクに乗ると何処までも行けそうな気がした、何処までも風に乗って道路を走った。
いつも一人で休みの日はバイクのメンテナンスや遠くの場所まで行って、キャンプをしたりしていたが今日はもう一人一緒にいた。
「奏、設営終わった?」
「沙季、丁度終わったところだよ。薪はどう?」
「貰ったよ、手伝って」
「はいはい」
沙季は半年前に千葉の方のキャンプ場まで、ツーリングをしに行った時にたまたま同じキャンプ場でツーリングをしていたのが沙季だった。
「今日は来るのが遅かったから、もう夜ご飯作っちゃおうか」
「そうだね」
今日は午前中に授業があったので午後からのツーリングになった。
因みに沙季は会社で働いている。
「今日のキャンプ飯は何にしようか」
「俺カップラーメン持ってきてるけど」
「お、いいね。久々に」
いつもは料理が得意な沙季に作ってもらうけど、今日はなんかカップラーメンを持ってきた。それに今日は言わないといけないこともあったが、俺は料理ができないので今日だけは
自分で用意したかった。
「なんか久しぶりだね」
「何が?」
「カップラーメン食べるの」
「そう言えば最初に会った時に、食べたきりだったっけ?」
「そうだね」
「最初に会った時の奏面白かったよ」
「またその話かよ」
「いいじゃん、面白かったんだから」
「俺がテントの設営が、全然出来なくて助けてくれたって話だろ?」
「それだけじゃないよ、薪もどこで貰えばいいのかすら、分からなかったんだから」
「まあ、やったことなかったしな」
沙季の言う通り俺は免許を取ったばかりの時、何処までも行けると調子に乗ってキャンプに行ったが持ち物などを調べて行ったが、設営などはその場で調べればいいだろうと思っていたのが間違いだった。俺はキャンプ場であたふたしている所に沙季に手伝ってもらい。趣味が同じと言うこともあり、意気投合してその後連絡先を交換してその後途切れる事なく連絡して、気づけば夜に電話をして寝ることが日課になりつつあった。
そんな思い出にふけながら、時刻は十九時を周っていて夜ご飯のカップラーメンも出来上がったところだった。
「頂きます」
「はいどうぞ」
「今日は俺が用意したんだから、どうぞはないだろ」
「私がお湯貯めた」
「これは俺のポットだ」
お互い睨み合いっこをして、不穏な雰囲気が漂うが次の瞬間お互いふっと笑顔で笑い出した。
「もう、分かったよ」
「沙季といるとくだらないことまで、可笑しくなるな」
「そうだね」
この空気だ、沙季と出会ってここまで気を許せて小言を言ってもお互いに下らないって笑い合ってそれで、それでそんなこと今までなかった。
俺はいつもいらない事を言って、人をイラつかせてしまう、けど沙季は違う。それがいつからか自覚し始めたことで沙季は今までの人とは圧倒的に違うって想った。い
「それで?今日はなんで誘ってくれたの?」
「なんでってただ、一緒に走りたいって思ったから」
「それだけ?」
「うん」
「なんだー」
「なにか期待している?」
「うん」
「俺から何を期待するんだよ」
そう笑うと沙季は笑いながら答えた。
「それ女の子に言わせる?」
「女の子って歳じゃないだろ」
「うるせー、女の子に歳を言うのはいけないんだ」
俺は今までびくびくしていたがそうでもないらしい。
「それでさ」
「うん」
「えっと、それでさ。沙季と走っている時間が好きなんだ、どんな時間よりも」
「それって告白のつもり?」
沙季はにやっと笑いからかってくる。
「うるさい、これでも気持ちはこもってる」
「口下手だねー、相変わらず」
「まあな」
そこで少しの間が空く、俺はどうすればいいのか分からず何を話せばいいのか分からなかった。
「まあぎりぎり合格ラインかな?」
「ぎりぎりかよ」
「そうだよー、女の子に告白する時は素直に言えばいいんだ」
「そう言うものか?」
「そういうもの。まあ私も彼氏いないし奏と付き合うのも悪くないな」
「悪くないか」
秋になり丁度夜風が気持ちいい。これもこれでありだと思った。
「少し寒いかな?」
「そうだね」
「もうテント行く?」
「いや、まだここにいる」
「そう、私はテント行くわ」
「了解」
沙季がテント行く音がしてそれ以外の音は風だけだった。俺たち以外にいない。秋と言うこともあり人がいるかと思ったが此処は案外穴場らしく、沙季を誘った時に、此処を指定された。沙季にはどうやら最初から今日気持ちを伝えることが、ばれていたらしい。
翌日、朝早く沙季は俺を起こしてきた。
「奏―、起きてー」
「今何時?」
「五時」
「早いだろ」
「いいの、早く出てきな」
テントを出ると綺麗な、朝日が見えた。
「はい」
渡されたのは珈琲だった。
「ありがと」
「今回はこれが見せたくて此処を選んだんだ」
「そうなんだ」
そのまま、無言の時間が流れる。沙季と居ても何も話さないで居られるもの、良いところだ。
「そう言えばさ」
「なに?」
「俺が告白するの分かっての?」
「さあねー」
「これも誤魔化すのか」
「でも、最近なんだか様子可笑しかったし、なんとなくね」
「そっか」
「まあ、穴場を狙ったのは確かだけどね」
「そっか」
「でも、最近様子可笑しかったし流石にね」
「正直言って沙季とは付き合えないと思っていたから、少し驚いた」
「なんで?」
「だって俺は口下手だし、バイク以外のことはまるで出来ないし俺は俺に魅力ないって思っていたから。それに今まで俺とつるむやつなんて殆ど居なかったから」
「じゃあ、私は見る目あったってことだね」
「なんで、そうなるんだよ」
「奏にはちゃんと奏の魅力があるしそれに今までの人は気づいてないだけ、時間はかかってもいつかちゃんと奏を理解して一緒にいてくれる人は現れるよ」
「そうかな?」
「うん、それは間違いない」
「ちょっと、言い過ぎじゃない?」
「そんな事ないよ、私が断言する。それとも私だと不服?」
「不服ってことはないよ。多分今俺のこと一番理解しているのは沙季だから」
「そう、ならいいけど」
朝日を浴びながら、珈琲を飲む。これが幸せだ。
「気持ちいね」
「うん」
「今日はどうするの?」
沙季が聞いてくるが今日は学校は休みだし、特に予定はなかった。
「何もないけど」
「じゃあ、一日付き合って」
「どこ行くの?」
「今日は東京に戻って、渋谷で買い物」
「分かった」
それから直ぐに、東京に戻ってバイクで渋谷に向かった。
女の子の買い物は長いと言うけど、ごもっともだった。
本当に一日中、付き合わされた。荷物はいっぱいに持たされてこんなに買うのかと驚いた。
買い物を終えて、バイクで帰って夜になってまた電話をした。
『今日はありがとうね』
『殆ど沙季の買い物に付き合ったから疲れたよ』
『ごめんって』
『沙季ってあんなに何買ったの?』
『何って色々だよ』
『奏にも関係あるものだから』
『何それ』
『私が綺麗になる為の物もあるから、奏にも関係あるでしょ?』
少しでもプレゼントかなと思ったが、どうやら違うようだ。少し残念だった。
『そっか、まあ関係はあるな』
『そうでしょ?』
『話を変わるけど、三週間後あいている?』
『三週間後って言ったら今月の最後らへん?』
『うん』
『何かある?』
『文化祭があるんだ』
『文化祭かー、私にとっては五年ぶりくらいだな。行くよ』
『了解』
『楽しみだ、当日は滅茶苦茶お洒落しないとね』
『彼氏がいるのにモテようとするな』
『やっぱり大人な女性を見せたいからね』
『だからモテようとするなって』
『嫉妬かな?』
『うるさい』
『じゃあ今日はこの辺で』
『うん、お休み』
『お休み』
彼女ができて初めての夜を過ごした、でも特段今までと変わったことはなかったけど、文化祭に一緒に行けることが嬉しいし学校で噂になったらどうしようとか、考えてその夜は眠りについた。
だが、楽しみという感情が消えるのは早かった。
これから、幸せが崩れて行くことになるなんて思いもよらなかった。
翌日、いつも朝は沙季との連絡から俺の朝は始まるが、今日は連絡は来ないしこちらから、連絡しても既読もつかなかった。いつもはどんなに忙しくても、(おはよう)の一言はあったはずなのにそれもない。何かあったのだろうか?そんな不安を持ちながら学校へと向かう。
教室に入って自分の席に座る。電車で通学している時もちょくちょくスマホを確認していたて、教室に入ってからスマホを確認しても連絡は帰ってこないし既読もつかない。
いよいよ不安と心配になり一人で頭の中で何か、事故にあったのではないかだったり連絡を返せない状態にあるのだろうか?
「奏―」
「ん?」
「何か思い詰めた顔しているけどなんかあった?」
話しかけて来たのは和葉だった。
「いや、特にないよ」
「そう?なあ?」
「何?」
「やっぱり部活戻ってこない?」
「まあ、まだ完全に治ってないしそんなので戻ってもま怪我するし」
「じゃあ、マネージャーとかさ分析班とかでもさ」
「そもそも、そんなサッカー詳しくないし、やっぱり中途半端な状態で戻るのはやっぱりだめだろ?それにマネージャーはもう三人もいるし今まででも周っていたのにまた新しく俺にマネージャーの仕事を教えるのも面倒くさいだろうし」
「そんなことないって」
ここで授業が始まるチャイムが鳴る。
「まあ、そんな感じだからさ。もう暫く休ませてもらうよ」
「分かった」
和葉は肩を落として、自分の席に戻って行った。
「じゃあ、授業始めるぞー」
先生の一言で皆、教科書教科書あノートを開きシャーペンを持って授業が進む。でも俺の中では正直、授業の内容は頭に入ってこなかった。
勉強は苦手だ、だからいつもテストでは赤点ぎりぎりだから正直、授業を聞いてもさっぱりだった。頭が良い人は分からないことを分からないままになるのが気持ち悪いと言うことを聞いたことがある。でも俺はそんなことは気にしない、バイクをいじっている時と走っている時が一番好きで幸せだから大学に行くことはないし、整備士として働くことを決めているので、就職と言うこともあり勉強は殆どしてない、それもあって最近は赤点をぎりぎり回避できるかどうかの瀬戸際だったが、学校にはちゃんと来ているので卒業するのは問題ないと思っている。
そんなことを考えていると一日が過ぎる。最近はこんな事ばかり考えている。
放課後になりスマホを確認しても、連絡はなかった。
俺は急いで家に帰って、自分の部屋に行き電話をかけた。
もしかしたら、仕事が忙しくて返信が出来なかったのかもしれない。そう信じたいそんな思いを込めて電話がかかることを願った。
そして聞こえたのはいつもより、元気のない沙季の声だった。
『連絡なかったから心配したぞ、大丈夫か?』
『ごめん』
『なんかあった?』
『会って話したいから、今から言う病院に来てくれる?』
『病院?』
『うん、詳しくはそこで話すから』
『分かった』
電話を切って言われた病院に急いで行った。
言われた病院はここら辺では一番大きいとある病院だった。
バイクで行こうと思ったがもし何か悪いことがあれば、気持ちを安定して運転出来ないと判断して徒歩で向かった。
病院までは家から五分もかからない、俺や家族も風邪をこじらせたりした時や何より産まれた場所がこの病院なので思い入れがあった。
急いで病院の中に入って言われた、病室の前まで行った、そして心を鎮める。どうにか何事もなく終わってくれと思いながらノックをして中に入る。
「奏、ごめんね急に」
「俺は大丈夫だけどなんで急に病院に?」
沙季の病室は四人部屋でカーテンで仕切られていたので、何人いるかは分からなかった。ベットで上半身を起き上がりながら寝ていた。
「実はね」
ドキドキしながら次の言葉を待った。
「癌だって」
沙季は笑顔で言ってきた。
「え?」
「ステージ四で緩和治療でなんとかするしかないみたい」
「手術とかでなんとかならないの?」
「うん、もう手術じゃどうしようもないみたい」
まさか、急に病院に呼び出したから何かあるとは思っていたけど、こんなに重症だとは思わなかった。どうすればいいのか?緩和ケアだと治る保証もないし俺にできることと言えば、神様にお願いすることしかない。そんな状況でも沙季は笑顔を保っていた。
「あのね、奏」
「ん?」
「文化祭楽しみだね」
「そんな体で行けるわけないだろ」
「でも、楽しみなんだもん」
「でも」
「時間がない私にとっては最後の思い出だ」
「最後とか言うなよ」
「良いのよ」
そうして驚愕の事実を知り、どうすることもできずにそのまま病室の後を出た。
そこから学校と病院の往復をした。
どんどん沙季は髪の毛が抜けていき、強い薬で苦しそうな生活を送っていることが予想できるが俺が来るときは元気そうに時間を共にした。俺はいつも通り学校での話をして二人で笑っていた、そして俺は頭を丸刈りにした。俺は沙季と同じにすると決めてそうしたがそれを見た沙季には酷く怒られてしまった。どうやら自分を犠牲にすることが駄目だったらしい。そして沙季は衰弱していきながら文化祭の日を迎えた。
「文化祭の日まで持つとは思わなかったから、嬉しい」
俺は高校の校門の前で沙季を待ち、沙季は両親と一緒に高校に来て車から出ると車椅子で移動してきた。
「髪似合っているよ」
「そう?」
「うん」
「看護師さんと一緒に選んだかいがあったよ」
沙季はウィッグを今日のために付けて、以前のような綺麗なストレートの髪になっていた。俺は変わらず丸刈りだけど。
沙季と一緒に文化祭を周った。周りには彼女?お姉ちゃん?って何度も聞かれた。俺は迷うことなく、彼女だよと言ってやった。多分、あまり学校では目立たない俺が年上の綺麗な女性と一緒にいるのが不思議なのだろう。学校の人には誰にも沙季のことは言ってないので、勿論、和葉は驚いていた。
その後、体調も考慮した結果午前中で沙季は病院に帰った。
俺はそのまま学校で、文化祭を堪能した。ただ沙季には時間がないと言うこともあり楽しんでもらえたかだったり、今後の思い出話を沢山作ろうと躍起になって文化祭を周った。よくよく考えたら本当の意味で俺が楽しめたのかは分からない。
そして沙季は亡くなった。
文化祭が終わった翌日だった。本当に最後の力を振り絞ったのだと思った。
文化祭は後一日あったが、俺は学校にはいかずに病院で沙季の最後の姿を見ていた。
沙季はまるで死んでいるとは思えないような、幸せに寝ているようだった。苦しまずに亡くなったかのようで、苦しまなかったのは少しでも良かったのだろうかと思った。
俺以外に沙季のお父さんとお母さんが病室で沙季の最後を看取った、お母さんは泣きながら、お父さんは静かにお母さんの背中を擦ってなだめていた、俺は沙季の死亡確認が行われた時に外に出た。
「沙季」
いつもなら「何?」って言われるけど今は、独り言で終わってしまう。俺が持っていたのは沙季が最後に渋谷に行った時に撮った、プリクラだった。
「これが最後の写真だったな。もっと写真撮っておけばよかったな」
独り言が続く。それが凄く寂しく悲しかった。その空気感に耐えられずに俺は家に帰った。
家には誰もいない、俺の携帯には和葉や学校から電話が来ていたが返す気力もなく俺はベットで眠り一日が過ぎた。
起きると、これは悪い夢でなかったのではと沙季に連絡をいれるが待てど暮らせど、既読にならない。これは夢でなく現実なのだと理解すると共に涙が流れる、泣いても何も変わらないのに、俺の目から涙が止まらない。
暫くして沙季のトーク画面から連絡が帰ってきた。
驚いてしまったがそれは、沙季のお母さんからだった。
「沙季の母です、明日沙季の葬儀をいたします」
それに返信しながら続いて会場の連絡が来て終わった。
明日とうとう、沙季の死を実感する日が来てしまう。
そうして葬儀が始める。
昨日は眠れなかった、目の下に隈を作りながら葬儀に参列した。
葬儀中は最後の景色が知らない学校の文化祭で良かったのでろうか?短かったが恋人としてちゃんと恥の無い思い出を送れただろうか?もっと恋人らしいことが出来ればなどもっと早く告白をすれば良かった、あんなにも同じ時間を一緒に過ごしていたのにそんなどうしようもないことばかり考えてしまう。
周りを見ても知っている顔はいない。恐らく沙季の学生時代の友達や会社の人間が沢山いるのだろう。皆、涙を流していた。こんなにも素敵な人で溢れた沙季という人間の人生は二十三年間と言う時間で幕を閉じた。
葬儀が終わり外に出る俺を止める人がいた。
「貴方が奏君?」
「はい」
「私は沙季の姉の静香です」
「このたびはご愁傷さまでした。心よりお悔やみ申し上げます」
「良いのよ、そんな気を遣わないで」
「はい」
「沙季から奏君のこと色々聞いたわ、それに火葬の時にプリクラを入れたし」
「そうですか」
「うん、最初に聞いたときは学生を好きになったって聞いたときは、びっくりしたけど話を聞くにつれて奏君が素敵な人だって分かったし沙季はいつも、奏君とツーリングをする時間が一番幸せだって言っていた」
「そう…です…か」
自然と涙が出て止まらなくなり、言葉が途切れ途切れになる。
「それでね、沙季が最後に言っていたの。私のことは忘れてほしくないけど忘れてほしいって」
「忘れることなんて…」
「分かっている、でもこのことも奏君にとっては過去の出来事になる。私や両親も忘れて奏君には新しい人生を送ってほしいの」
「でも」
「大丈夫、忘れて怒ったりしないから」
忘れることなんてできないと言おうとしたが、静香さんは固い決意をした目をしていて口に出していいのか分からなくなってしまった。
「お願いね」
そして静香さんは火葬場に戻って行った。
俺はそのまま火葬場を後にした。
それからどの位、時間が経ったのだろうか?
目的地もなくただ電車に乗って何も考えられずに電車に揺られた。
気づいたら県を跨いで親戚の家の近くに来ていた。
親戚の家はお寺で住職さんだったので、なにか今後どうすればいいのかヒントをくれるかもしれないと思い電車を降り、駅からタクシーで親戚の家に向かった。
お寺の隣にある親戚の家のインターフォンを鳴らした。
「はーい」
出てきたのは、住職さんの奥さんであり俺にとっては叔母さんに当たる人が出てきた。
「あら、奏君?久しぶりね」
「どうも」
「どうしたの急に」
「あの、響さんは?」
「今お寺の方にいるけど」
「そうですか」
そう言われ、お寺の方に行こうとしたら叔母さんに呼び止められた。
「後少しで旦那戻ってくるから入って、入って」
「分かりました」
そして叔母さんの家に上がり、リビングに通された。
「はい、お茶ね」
「ありがとうございます」
「奏君が来るのは久しぶりね」
「そうですね」
「家族で来たのは二、三年前かしら」
「暫く来てなかったので」
「そうね、でも一人で来たのは初めてね」
「はい」
「もうすぐ旦那くるから待っていてね」
「はい」
叔母さんはリビングから居なくなった、何も聞かずにくれたのは響さんに会いに来たと言うことはどういうことか理解していたからだったのかもしれない。
そこから十分くらいして響さんがリビングにきた。
「奏君、待たせたね」
「急に来てすいません」
「いやいや、顔を見せに来てくれたってだけでも嬉しいよ」
「はい」
「親御さんは元気かな?」
「はい」
「じゃあ奏君の周りで何かあったんだね」
「え?」
「私に会い此処に来る人は皆、悩みを持っているからね」
「そうですか」
「私も住職をして長いから顔を見れば分かるよ。話を聞いてもいいかな?」
「彼女が亡くなりました」
「そうですか」
「彼女とは付き合ったのは短かったですけど、半年前に出会って休日は一緒にいることが多くて。それでこれからって時に癌で亡くなりました。彼女の家族には忘れてこれからを過ごしてほしいと言われています。僕はこれからどうすればいいのでしょうか?」
「彼女さんは生前なにか言われていましたか?」
「最後に僕について言っていたのは、忘れてほしいけど忘れてほしくないと」
「そうですか」
「僕は忘れてでも前を向いく方がいいのでしょうか?」
響さんは俺の悩みを聞き、静かに一息間をおいた。
「人は必ず亡くなります、そして残された人は悲しみのくれる。これは誰しもが持つ当たり前のことです。では、奏君はこれから彼女さんのことを忘れていけますか?」
「そんなこと出来ません」
「そうですか、では無理して忘れることも前を向くこともしなくて大丈夫ですよ」
「でも、家族に忘れてほしいと言われました」
「奏君がどうしたいか、ですよ」
「どうしたいか、ですか」
「はい、亡くなった人は何も話してはくれませんだから奏君がどうしたいかです。今は忘れることができないかもしれません。でもお墓参りに行くことだったり亡くなった日が近づいたりすることで思い出してくれればいいのかもしれないですね」
「無理に忘れなくてもいいのでしょうか?」
「はい、どうすればいいのかなんて人は直ぐには分かりませんよ、それでも生きていれば答えに近づくことはできるかもしれないし、奏君が生きてれば想いは残る、答えなんて、すぐに見つからなくてもいい。
ただ、彼女があなたに教えてくれた“優しさ”とか“強さ”は、きっとこれからの道しるべになる。
大事なのは、立ち止まりながらでもいいから、“前に進もう”と思うことですよ」
響さんの言葉が心に沁みる。
また、涙が止まらなくなる。
「すいません、忘れてほしいと言われているのに」
「いえ、故人を思って涙を流すのは当たり前です。ごく自然なことです。思いのまま流してしまえば良いものですよ。では私は仕事ありますから戻りますね」
「はい」
どうしようもない感情がこみ上げてくる。
「これ使って」
「ありがとうございます」
叔母さんがいつの間にか隣に来て、ハンカチを渡してくれた。
そして、涙が止まるまで背中を擦ってくれた。
「奏君、今日はもう遅いから泊まってきな」
「そんな、帰りますよ」
「奏君、疲れているでしょう?隈もあるし、あまり寝られてないんでしょう?」
「それはそうですけど」
「なんなら、奏君が気持ちの整理がつくまで此処にいてもいいんだし」
「ありがとうございます」
「うん、じゃあ親御さんには私から連絡しとくから」
「ありがとうございます」
それから、三日が経ち俺は家に帰った。
沙季には三日間毎日連絡した。返信は当然帰って来なかったが三日目、親戚の家を出たタイミングで沙季のトーク画面から電話が来た。
『もしもし』
『奏君だよね?』
『はい』
『近い日で会える日ある?』
『今日でもいいですか?』
今日は休日だったので東京に戻って会おうと思った。
『今日ね、分かった』
それから家の近くの喫茶店で会おうと言われた。
俺は新幹線で東京に戻って一旦家に帰った。
両親にはこっぴどく怒られたられたが、気持ちはスッキリしていた。
そして喫茶店に行った。
「いらっしゃいませ」
店内は誰もいなくマスターだけだったので静香さんは直ぐに見つかった。
席について、珈琲を注文した。
「まずは、葬儀の時に中途半端な感じになってごめんなさい」
「いえ、そんな。頭をあげてください」
てっきり怒られると思ったら、謝られてさらに頭を下げられてしまった。
「それでね、呼び出したのはこれを渡す為なの」
そう言って渡されたのは、俺と沙季の写真立てだった。
「遺品整理していたらこれをどうするか、悩んでいて。もしよかったら貰ってくれる?」
「いいんですか?」
「うん、私達が持っていても仕方ないから」
「ありがとうございます」
「奏君には忘れてほしいって言ったのになんだか矛盾した行動ね」
「いえ、僕もあれから考えて、沙季のことは忘れることは出来ないけど忘れることと前を向くことは必ずしも同義じゃないと思っていて、だから忘れません」
「そう、それならいいんだけど。あまり思いつめないでね」
「はい、それでお願いがあるんですけど」
「何?」
「あの……もし差し支えなければ、沙季のお墓の場所を教えてもらえませんか?」
「そう、奏君のためを思ったら教えるべきではないかもしれないけど奏君が良いなら」
俺は沙季のお墓の場所を教えてもらい、珈琲を飲みながら沙季の話をして店を出た。
そして一年が経った。
明日は文化祭のため、今日は一日文化祭の準備をする日だった。
「先生」
今は放課後で、教室には準備を終えて誰もいなかったが担任の先生だけは一人残っていた。
「ん?どうした?」
「なにやっているんですか?」
「いや、今回で最後なんだなって」
「先生が感傷に浸らないでくださいよ、気持ち悪い」
「そんなこと言うなって、三年の代の担任は毎回思っているんだ」
「そんなことはいいとして、明日一日学校休みます」
「休むって明日文化祭だぞ」
「どうしても、行かないといけない場所があって」
「行かないといけない場所?」
「はい」
「どこなんだ?」
誰にも言わずに行きたかった、心配をかけたくなかったのが一つ。もう一つはまだ沙季が亡くなったって皆は知らなかったから。
「彼女の墓参りに行きます」
「彼女って去年文化祭に来ていた人か?」
「はい」
「そうか、亡くなっていたんだな」
「はい」
「分かった、行ってこい」
「ありがとうございます」
先生が教室から出ていった。
俺も最後の文化祭なのかと思い更けていたら、教室に和葉が入ってきた。
「おい、奏」
「ん?」
「明日休むって本当か?」
「そうだけど」
「だめだ」
「は?」
「勝手に休むな」
「なんでだよ」
「だめったらだめなんだ」
「子供かよ」
「うるさい、大体最後の文化祭なんだぞ」
「分かっているでも、俺にとって優先順位が予定より下だったってだけだ」
「そんなに大事な予定なのか?」
「ああ」
「なにがあるんだ?」
「言わないとだめか?」
「だめだね、一応俺は文化祭のクラス委員会だし」
言うか迷ったが和葉なら言ってもいいって思った。それくらいの間柄だった。
「まあ、和葉なら良いわ」
「なんだよそれ」
「明日は死んだ彼女の命日なんだ」
「まじで?」
「うん、命日だし丁度明日で一年になるな」
「一年前ってことは去年、、文化祭に来てそのまま亡くなったのか」
「そうだな、癌だった。見つかったのも遅かったから早かったな」
「じゃあお前が頭丸刈りにしたりしたのも関係あるのか?」
「うん、癌って分かってから彼女の髪もなくなっていって文化祭の時は、ウィッグを付けていたな」
「そうだったのか、なんで言わなかったんだよ」
「あの時はショックすぎて、家にも帰れなかったからな」
「じゃあ三日連絡つかなかったってのも」
「うん、親戚の家がお寺で住職さんだったから話し聞いてもらっていたんだ」
「なんか悪いな何も知らなくて」
「いや、俺がなにも話さなかっただけだ」
「そっか、じゃあ明日ちゃんと挨拶してこいよ」
「分かってる」
その後一日経過して俺は沙季のお墓参りに来ていた。
沙季の月命日には必ずお墓参りに行き、沙季の家族とは軽く雑談をする関係性になった。
一年が経ち、俺も高校三年生になり最後の文化祭の一日目が来ている日だった。
沙季が亡くなってから一年、俺の周りには一年前より少し人が増えた。
部活にマネージャーとして戻ったこともあり、後輩や同級生などから声をかけられることが増えた。沙季がいずれ俺の周りには人が増えると言ったことを、信じたかったのかもしれない。和葉にしつこく誘われていたものあるが、あんなにも部活には戻らないと言ったのにプレイヤーとしては怪我でもう出来なかったが、マネージャーならできると思い部活に戻った。大会ではそこそこの所まで行ったが夏休みで部活は終わり、進学や就職に向けて前を向いていた。残すはあと、卒業だけだった。そんな秋の涼しさを感じながら今日も俺は君がいない今日を生きている。