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第12話 共に物語を作る

 哲郎と奈々子が同居してから1ヶ月程度が過ぎ、季節は夏に近づく。4月から始まった奈々子のクラスの小説教室は最終日を迎えた。

 最初に提出した自分の小説を推敲してより洗練された作品にする以外にも、レッスン期間中に新しい作品の準備をするのもありだったので、受講生たちは自由に創作活動を続けていた。


「さて、皆の作品を読み合ったり小説の書き方を一緒に考えることができて、有意義な時間を過ごせたと思う。ここまでのレッスンを受けて、作品がどのように変わったか、何を得たのか、気づき事項をシェアしようか」

 哲郎がそう言い、受講生が発表していく。まずは清水さんが話し出した。

「私は童話を書く中でデスクだけでなく子どもと向き合う時間も作るようになりました。子どもって大人が考えつかないことをいきなり言うのでその発想力には驚く毎日です。私なりにですが……子どもに伝えたいことは童話に反映できたと思います。皆さんの作品を読むのも楽しかったです」


「そうだな。デスクだけでなく実際に行動を起こすことも大切だな。清水さんの童話、これからも楽しみだよ」と哲郎。

「僕は異世界ファンタジーの長編を書きたくて今も執筆中です。RPGゲームの世界観をさらに研究しつつ、現代の世界に似た要素を持たせることで、異世界系に慣れていない人でも読みやすい工夫ができたと思います」

 こう話すのは大学生の西川くんだ。彼はレッスン開始時にすでに10万字を書いていたが20万字を目指して頑張っている。奈々子にとっては別世界の人、まさに異世界の人のように感じる。


「西川くんの小説は世界観が独特だから飽きないね。続きを期待しているよ」と哲郎。

「私は綾小路先生にアドバイスをいただけてさらに登場人物の設定や心情を深掘りできました。ミステリー小説の面白さが伝わるようにまだまだ続けていきたいです。真相の裏も考えていきたいですし、スピンオフのようなストーリーも書いてみたいと思えるようになりました」

 ミステリー小説を書く小野寺さんが話す。

「え? 真相の裏? また気になるわね……」と清水さんが言う。


「小野寺さんぐらいの構成力があればいくらでも展開できそうだ。是非書籍化してほしいな。俺も参考にしたいぐらいだよ」と哲郎が絶賛している。

 最後は奈々子の番だ。

「私はまだまだ初心者で、文章力も自信がありませんでした。だけど……綾小路先生や皆さんにたくさん励まされて、ここまで来れました。そして皆さんの作品を読んでいつか自分も別のジャンルに挑戦したいと思いました」


「そうだな。葉桜さんは正直な気持ちを表現するのがうまいから、その良さをこれからも活かしてほしいな」と哲郎が奈々子に笑顔で話す。

 彼のいつもの渋い笑顔を見て思わず頬が赤くなりそうな奈々子であったが、何とか抑えようと必死に別のことを考えている。その表情が分かりやすくて哲郎も笑いを堪えるのに必死であった。


「ありがとうございました」という声とともに最後のレッスンが終わった。

「葉桜さん、今度お茶しましょうね」と清水さんに言われ、「はい! ぜひお願いします」と奈々子が応える。

 ここで出会った受講生たちがそれぞれの物語を紡いでいくのを見守るように、哲郎は皆と話していた。



 ※※※



「哲郎さん、お疲れ様でした」

「奈々子もお疲れ」

 夜、2人はテーブルで乾杯してお互いを労う。奈々子が簡単に作ったおつまみがテーブルに並び、それらを食べながら哲郎が話す。

「ここまでありがとう、奈々子。君のおかげで俺もまた執筆してみたくなったよ」

「本当? 哲郎さんの作品楽しみ」


 哲郎が書くものは全て読みたいと思う奈々子。彼が何を見てどう考えて文章にしていくのか。そしてどのようなときめきを与えてくれるのか。

「まぁ、しばらく書いてなかったからまずは基礎からだな」

 そう言う哲郎の表情には希望が満ちているように見える。奈々子と過ごすことで得られたものがたくさんあるのだ。


「哲郎さん……あの恋愛小説の最後のシーンを書いたの」

 奈々子は印刷した原稿を持って来た。失恋した主人公が新たな恋をする流れであり、そのお相手は哲郎がモデルである。2人は両想いになり、紆余曲折ありながらも順調な付き合いを続けているところで止まっていた。

「どれどれ……」と哲郎が奈々子の原稿を眺める。


 2人で夕陽を見ながら彼に感謝の言葉を言う主人公。もう自分に恋愛はできないと思っていたが、貴方のおかげで立ち直ることができて幸せな毎日を送ることができた。これからも一緒にいてほしいといった内容。それに対して彼も主人公にこれまでの想いを打ち明け、ハッピーエンドである。



『今、こうして貴方の隣にいられることが夢みたい。日常が、かけがえのない奇跡に変わったんです』



 このようなハッピーエンドはありきたりかもしれないが、奈々子にとっては特別なものだった。文章一つ一つに哲郎への気持ちが込められている。独自性よりも、普通の毎日を送ることのできる有り難みが表現されていた。

「奈々子……君の気持ちが伝わってくるよ……」

「哲郎さん、私は初心者マークがついたままかもしれないし、今以上のものが書けるのかもわからないけど……書きたい気持ちはあるから。だからこれからも色々と教えてくれる?」


「もちろんだ」

「じゃあ……今書いてる異世界恋愛ファンタジーなんだけど」

 奈々子が頬を染めて言う。

「今宵、主人公と逢瀬する国王はどのような気持ちですか?」


 哲郎が腕組みをしながら考えている。

「……国王は主人公のことしか見えていないから、息子である王子の結婚相手を決める舞踏会のことも忘れて……主人公を待つのかな」


「じゃあ……王様の心を、今夜だけ私にください。現実でも……夢みたいな夜を過ごしてもいいですか?」


 哲郎は奈々子の眼鏡を外して囁く。


「おいで。奈々子」



 奈々子は哲郎に寄り添いながら寝室へ向かう。

 今夜も2人は共に甘い物語を作っていくのであった。





 第一章 終わり

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