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第11話 再会

 ある休日の昼下がり。インターホンが鳴り奈々子が玄関まで行くと、そこにはロングヘアの女子高生が立っていた。

 女子高生は奈々子を見て「……誰?」と言う。

「は……葉桜奈々子と申します……哲郎さんにお世話になっておりまして」と奈々子が緊張しながら話す。


「ふぅん。お父さんいる?」

 奈々子は哲郎に高校生の娘がいると聞いていたので、もしかしたらと思っていたが……やはりそうだった。恋人の娘。認識はしていたものの、いざとなるとどう話せばいいのかがわからない。

「呼んできますね」と奈々子は言い、哲郎の部屋へ行く。


「ん? 友梨が来たか」と哲郎が言い玄関まで行こうとしたが、すでに彼女はリビングのソファでくつろいでいた。

「あ、お父さん。久しぶり」

「友梨……来る前に連絡入れて欲しいのだが」

「だってお父さん、いつも家にいるじゃん。あ、そっか。今日はその女の人がいるからだ」

 哲郎と奈々子は頬を赤くして黙ってしまう。


 テーブルに哲郎と奈々子が横並びで座り、友梨が向かい側にいる。奈々子がお茶を淹れたが友梨は飲む気配を見せない。

「友梨、こちらは葉桜奈々子さん。真剣にお付き合いしているんだ。友梨のことも理解してくれている」

「そう。あたしには関係ないし」

「……」

 友梨は髪の毛を指でクルクルと巻きながらスマホをいじっている。


「……それで何か俺に用があるのか?」

「別に……」

「そうか。じゃあ俺は明日の教室の準備があるから部屋に戻るよ」

「……」


 哲郎は部屋へ行き、友梨はスマホをテーブルの上に置いてお手洗いに行った。残された奈々子は何となく気まずい雰囲気にどうすれば良いのかと悩んでいた。きっと父親に話したいことがあっただろうに、自分のせいで話せなかったのかもしれない。

「やっぱり親子の絆を邪魔しちゃうのかな……」

 そう奈々子が呟くと友梨のスマホが光る。



『ごめん、やっぱりやり直すの無理。もう連絡しないで』



 奈々子は思わず見入ってしまう。ちょうどその時、友梨が戻ってきたので奈々子はスマホから目を逸らした。

「……見た?」

 友梨が低い声で言った。

「……ううん、見てないよ。けど、さっきからあなたが辛そうに見えて」


「……バレたならいいや。さっき、別れたところ。こっぴどくフラれた」

 友梨がスマホを取ってソファに座る。奈々子は片付けをしながら「私も同じだよ」と言った。

「え?」

 友梨が振り向くと奈々子はそっと笑みを見せる。


「私はね、恋人に裏切られたの。2年付き合って、クリスマスに……別の人が好きだって言われたの」

「それ……やば……」

「うん。レストランもホテルも予約して、プロポーズされるかもって……期待してた」


 思い出すだけでも胸がチクッとする。でも今なら、もう少し冷静に話せる。奈々子は続ける。

「その夜、思い切り泣いてた。立ち直るのに1年ぐらいかかっちゃったかな。それで自分の気持ちを整理するために、小説を書いたの。書いていくうちに気づいた。『こんなに傷ついてるのは、それだけ誰かを好きになれたから』って」


 友梨は黙ったまま奈々子を見ていた。やがて、スマホを胸に抱えるように持ち直し、小さく呟く。


「あたしが初めて好きになった人だった。優しくて、頼れて……でも、他に好きな人ができたって、笑って言われた」

「……辛かったね」

 奈々子はそう言って友梨の隣に座った。

「何でそんなに優しいの? お父さんと付き合ってるから? 私に好かれたいから?」


 友梨の投げるような問いに、奈々子は首を横に振った。

「ううん、あなたのことが大事だから。きっと前を向ける日が来る」

「変なの。でも、ちょっとだけ……ありがとう」


 奈々子はそっと立ち上がり、自室に行って小さなノートを持って来た。ピンク色の表紙に、うっすらと花柄が描かれている。

「これ、私が最初にプロットを書く時に使っていたノートなの。予備で買ってあったのよ。今の気持ち、書いてみる? 誰にも見せなくていいから」


 友梨は一瞬戸惑ったが、そのノートを受け取った。

「……書いてみようかな。自分の気持ち、どこかに残しておきたくて」

 そう言って俯いた彼女の表情は、少しだけ前を向いたように見えた。



 哲郎がリビングに戻ってきた。

「お父さん」と友梨が呼ぶ。

「何だ?」

「……帰る」

「そうか」

 哲郎と奈々子が玄関まで友梨を見送りに行く。


「奈々子さん、また来ていい?」

「え?」

 これには奈々子も哲郎も驚いた。友梨は父親ではなく奈々子の顔を見ている。

「うん、いいよ」と奈々子が言う。

「フフ……俺がいない間に楽しい話でもあったのか?」と哲郎。

「お父さんには秘密。女同士の話だから。じゃあね」


 友梨は来た時よりもすっきりした表情で家を出た。奈々子は心の中で友梨を応援する。そして彼女と少し家族に近づけたような気がした。

「奈々子……友梨、何か言ってた?」

「さぁ……女同士の話だから」

「やれやれ」


 それから時々、友梨は奈々子に会いに家に来るようになった。リビングのソファでノートを見せる友梨。「ああ……わかる!」と言う奈々子。少しずつ話すことも増えていく。


 哲郎が奈々子に言う。

「ありがとう、奈々子。父親ってのは年頃の娘の気持ちが分からないものだな」

「ううん、私も友梨ちゃんと話せて楽しいから」

「で……何を話しているかは相変わらず秘密か?」

 哲郎に顔を近づけられ、頬を赤らめる奈々子であったが女同士の約束である。哲郎に話す気はない。


「フフ……まぁいいさ」と哲郎が自室に向かおうとすると、「哲郎さん……」と奈々子が後ろから抱きつく。


「この甘えん坊が」

 哲郎はそう言って彼女にキスをした。


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