翌朝。奈々子が目を覚ますと哲郎に抱かれているのに気づいた。
「ふふ……哲郎さんたら意外と独占欲、強いんだから」
そう言って彼の寝顔を見つめる。渋み漂う素敵なおじさま。毎日貴方のそばにいることができて私は幸せなのです……と思い彼の頬にキスをしてみた。
「ん……」と言いながらもまだ眠っている哲郎。そして何の夢を見ているのか、ぎゅっと奈々子を抱き寄せた。
「私ももう少し寝ようかな、それとも哲郎さんの寝顔を見ておこうかな」
……しばらくして頭を撫でられる感触があった。奈々子は二度寝していたようだ。目を覚ますと哲郎が「おはよう」と奈々子の顔を覗き込む。
「おはようございます……哲郎さん」
「朝食、準備してあるよ」
「ありがとう」
服を着て彼の元へ向かう。焼きたてのフレンチトーストの香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
「いただきます」
2人で食べるごはんはいつだって美味しい。
「今日は私の方が早く起きたんだよ? 哲郎さんが……離してくれないから気持ちよくて二度寝しちゃった」
「そうだったのか、君も俺にしがみついてたぞ?」
「うそ……恥ずかしい」
「フフ……今更何言ってんだよ。昨晩あんなに恥ずかしいこと、していただろう?」
「もう……哲郎さんたら」
「俺は好きだよ、奈々子の全てが」
その渋みのある笑顔で自然と愛を囁いてくれる哲郎。いつだって彼が奈々子をときめかせて、身体の芯まで熱くさせるのだ。
※※※
昼食は奈々子が作ることになった。哲郎の前で初めて料理を披露する……いつも以上に緊張する彼女に哲郎が期待の眼差しを向ける。
「あの……恥ずかしいからあまり見ないでください」
「ごめん、確かに見られていると落ち着かないよな」
隣で哲郎が彼女の料理している姿をじっと見ていたので、奈々子は手が震えそうになっていた。
しかし自分の隣ではなくリビングのソファに座っている哲郎のことも気になり始めた。
「いけない、集中集中!」
お肉と玉ねぎを切って鍋で炒めてデミグラスソースを入れて煮込むとビーフシチューの完成である。ツナきゅうりサラダも準備した。
「お待たせしました。凝ったものじゃないですが」
「ありがとう。美味そうだな」
哲郎がビーフシチューの香りを堪能するように目を閉じている。奈々子は彼のその表情が渋くてまたドキドキしてしまう。一人暮らしを始めてから料理をするようになったので、誰かに食べてもらうことはこれまでにはなかった。元彼とはいつも豪華なレストランで食事していた。あのレストランのキラキラした空間に特別感があり、恋人と一緒に過ごしているという自分が好きだった。
だが今は違う。大切な人に料理を作りたいと思えるようになった。豪華さよりも安心感が心地良くて、構えずにゆったりできる方が自分には合っている。奈々子は哲郎がビーフシチューを口にするところを眺めながら、まだ緊張している心の奥を落ち着かせるように息を吐いた。
「美味いよ、奈々子」
「よ……良かったです……!」
デミグラスソースに助けられたようなものであるが、哲郎にそう言われてほっと胸を撫で下ろす。
「毎日食べたくなるな」
「哲郎さんたら、褒めすぎだって」
休日に哲郎と家で過ごすひとときが奈々子にとっては宝物のようであった。安心できる彼の包容力。それさえあれば他には何もいらない。
午後にはソファに座って一緒に映画を観た。アクションシーンで「ひゃぁ!」と声をあげる奈々子を見て哲郎は微笑ましそうにしている。その時に自分の腕につかまる奈々子も可愛いらしい。そして映画を観ることで小説を書く時の創造力が高まるといいな、と奈々子は思っていた。
「あ、プロット書こうかな」
映画が終わった後に奈々子が部屋に向かった。恋愛ファンタジーを思いついたのだ。異世界に転生して渋くて素敵なおじさまと出逢い、恋に落ちる。しかし彼はある国の国王であった。それでも2人は逢瀬を繰り返してゆく。
「奈々子はそういうおじさまが好きなんだな」
「きゃ……哲郎さん……」
後ろから哲郎が覗き込んでいた。奈々子は恥ずかしくなってくる。この国王は哲郎をイメージして書いているからだ。
「哲郎さんみたいな王様がいたら素敵だなって……」
「俺が? ハハ……奈々子は正直に表現するところが魅力的だな」
そう言われて後ろから抱きつかれる奈々子。
「あ……ごめん。邪魔してしまったな」と言いながら哲郎が離れる。しかし奈々子は哲郎の手を握る。
「邪魔じゃないよ。あの……哲郎さんが国王だとしたら転生してきた私をどういう風に愛してくれる?」
甘えた声で奈々子が尋ねる。あくまで小説の参考にしたいだけです、といった顔をしているが彼女の心の中は今すぐ哲郎に抱いてもらいたい気持ちで一杯であった。
「さぁて……それはどうしようかな?」
ニヤッと笑う顔も渋い哲郎である。奈々子の髪を撫でながら話す。
「まず君を見つめていたい」
彼のまっすぐな瞳が奈々子をとらえる。一般階級の者が滅多に会うことのできない国王にこんなに見つめられたら、主人公はどう思うだろう。
「国王に見つめられた主人公の気持ちは、ドキドキして……ああ……語彙力がない」
「ドキドキしたその気持ちを文章にあらわすと……うーん……どうなるだろうな」
奈々子は思い切って主人公、すなわち自分の気持ちを言う。
「国王様にもっと近づきたい、貴方の身体に触れたい」
それを聞いた哲郎が優しく奈々子の髪を撫でる。
「寝室に行こうか」