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第18話 『ただひとりの』

 カフカに頼むまでもなく。〈解放騎士団〉の手を借りるまでもなく。

 ユウは、アレンが今最も欲しい情報を、それが欲しいのだとアレンが口にする前に提示した。


「騎士団がいくら探してもギルドハウスが見つからないわけだ。中々考えたものだよねえ、既にモンスターの狩り尽くされた空っぽの階層を根城にするなんて。狩場としては機能しない以上、ほかの転移者プレイヤーが寄り付くこともない」

「ちょ……ちょっと待て」

「とはいえバベルのゲートを経由しなければならない以上、検問でもすれば対処できる。あまり長続きする策ではないね。もっとも、露見するより先に騎士団を崩すつもりだったんだろうけど」

「お前、なんなんだ。本当のことを言っているのか? 俺になんの目的で近づいた?」


 当惑はなおも強まるばかり。なにせ都合がよすぎる。

 たとえるなら、車がエンストして、その瞬間にレッカーサービスがやってくるような。

 そんなことは、『そうなる』とわかっていなければできはしない。


「そんなことは今、重要なのかい?」

「——それは」


 もっともな返答ではあった。

 奪われたノゾミを助ける。守ると言った誓いを、今度こそ果たす。それが今考えるべきアレンの最優先だ。

 情報の出所や、眼前の男の目的など問題ではない。虚偽を口にしている、という可能性だけはどうしても付きまとうが——もとより手がかりと呼べるようなものなど、なにひとつとして持ち合わせてはいないのだ。


「……このままだと、『クラウン』が顕現しかねない」

「なに?」


 しかしアレンが浮かべる疑念の表情を見て取ってか、ユウはわずかに、目的めいたことを口にした。


「なにもしなければ大勢の人が死ぬ。ゲームオーバーになってしまう……それは避けたい」

「抗争を止めたい、ってことか?」

「そう思ってもらって構わない。言っただろう? 僕は穏健派だ」


 言いながら笑みを浮かべる。それは人好きするようなものではなく、どこか胡散臭い、軽薄な笑みだ。

『クラウン』。〈解放騎士団〉団長ギルドマスター、カフカが混沌期になんらかの条件によって手にし、そしてそれによって抗争を終わらせた強力無比のアイテム。

 そんなものが、この男にどうして現れると言えるのか。やはり虚言、空言の類ではないか。


「お前は俺の味方なのか。信じて、いいのか?」

「疑り深いなあ、アレンちゃんは」

「ちゃんを付けるな。俺は——」

「男。知ってるよ、〈デタミネーション〉ってチームだったことも」


 言葉を被せられ、アレンは鼻白む。その間隙を縫うようにユウは重ねて言った。


「嘘じゃないさ、信じてくれていい。〈エカルラート〉はバベルにいる。味方かどうかについては——ハハ、どうだろうね。僕はキミの天敵だからなぁ」

「——?」


 天敵。妙な言い回しをする。

 意味のない質問をした、とアレンは自らの愚行を悔いた。

 味方なのか、信じていいのか——そう口で問うたところで、同じく口で返す答えなどどうとでも言える。

 無意味な問い、無意味なやり取りだ。人の舌が嘘を乗せられる限りは。


「バベルの第12層、だったな」

「うん。相手は同じプロ、手下もそれなりにいるだろうけれど……まあ、キミなら負けないでしょ。今回はしてやられたとしても、ね」

「……簡単に言いやがる」

「戦うのは僕じゃないからねえ」


 気勢を削ぐような薄っぺらい笑み。アレンはげんなりしながら踵を返した。

 行って、確かめるほかあるまい。


「一応、礼は言っとく」

「いらないよ。事がうまく運ぶか、僕にもわからない」


 いつの間にか取り出した、一枚のトランプのようなカードを指先で弄びながら、興味なさげにユウは言った。

——キミなら負けない、と今しがた口にしたくせに。まったくテキトーな男だ。

 礼が要らないというのなら、もはや交わす言葉はなかった。バベルに向かってアレンは駆け出し、路地を遠のく。

 一度も振り返らなかったから、ユウがその後どうしたのか、アレンに知る由はなかった。


 *


 街路を駆け抜け、バベルの第0層である広間に到着する。

 昼前のバベルは昨日よりも人が多く、売店の方もにぎわっていた。焼ける肉のいいにおいも漂っている。ひときわ長い列ができているのはワッフル屋だろうか。

 それらに目もくれず、アレンは広間の中心にある石の枠組み……ゲートへと歩く。

 もはや走る体力はなかった。ユウと別れたあの路地から、ノンストップでここまで走ってきたのだ。赤らんだ頬には玉の汗が浮かんでいる。


(行き先は——第12層!)


 確固たる意志でゲートをくぐる。視界がぐにゃりと歪み、景色が一瞬にして切り替わり——

 ばちばちと燃える火の音が、アレンを出迎えた。


「……廃墟?」


 ゲートを出て真っ先に目に移ったのは、灰色の街と灰色の空、それからそこかしこで細く煙を上げる炎。

 四方すべてがそんな有様。第12層は戦火燻る、廃墟の街だった。

 昨日カフカたちと狩りをした第15層より下は、既にモンスターが狩り尽くされている。もし何者かの気配があればそれは転移者プレイヤーだ。

 アレンはインベントリからキングスレイヤーを取り出し、歩き始める。目的地はひとまず、最も目についたところにした。

 半壊した街の中心に塔がある。バベルのようなものではなく、大きな時計を掲げた、時計台というやつだ。そこだけは戦火の魔の手からも、半壊の憂き目からも逃れているらしかった。


「似ているな。あの、〈ゼロクオリア〉と戦った時のマップと……」


 オーバーストライクにも似たような雰囲気の、市街戦をモチーフとしたマップが存在した。〈ゼロクオリア〉に敗北した苦い思い出のある場所だ。

 あるいは本当にここに〈エカルラート〉がいるのなら、ある種の感傷からマグナはこの第12層を拠点としたのかもしれない。

 アレンがそんなことを思っていると、半壊した街路の先からちらほらと向かってくる人の姿があった。


「お嬢ちゃん、こんなところでなにしてるのかなー? この階層にモンスターはいませんよ~」

「子どもがひとりでバベルに来るなんて危ないでちゅ! おうちに帰るでちゅ!」

「ぎゃははッ、キメェ話し方すんなよ!」

「おいやめとけよぉ。あの子怖がってるって、へへへ。あんまりビビらせるとかわいそうだろ?」


 数は六人。男たちはアレンを見るなり、下卑な笑みに唇を歪めて近づいてくる。自然と仲間同士で距離を空け、アレンを取り囲うようにしながら。

 アレンはその意図に気が付かないフリをしつつ、平然と話しかける。


「……お前らは? そのモンスターのいない階層で、なにやってんだ」

「んー? 年上への礼儀がなってないでちゅよぉ」


 お調子者の男が、答えになっていない答えを寄こす。仲間たちはそれを見てゲラゲラと笑い声を上げた。子どもだからと侮っているらしい。

 しかし逃げ場を塞ごうとしているところを見るに、明確な言質がなくとも〈エカルラート〉であることは疑いようもなかった。第12層に居を構えているという秘密を守るため、アレンを無事に帰さないつもりなのだ。


(ビンゴ、か。どうにも信用ならないやつだったけど、情報は本物らしい。騎士団にも感謝だな)


 路地で出会った、あのヘラヘラした男——ユウ。

 彼は確かな情報をくれていた。


「だんまりでちゅかぁ? どんな教育受けてきたんでちゅかあ? えぇー?」

「なんかこいつ、この前第0層の売店に並んでたのに似てるな。人違いか?」

「妙に落ち着いたガキだな……なんか気味悪いぜ」

「えぇ? でもすげえ上玉だぞ。ほら、髪も綺麗だし、顔かたちもあどけなさが絶妙っていうか。特に青い目なんかフランス人形みたいで……」

「うわ、お前そっち系かよ。相手はまだ子どもだぞ? どうかと思う、ふつうに」

「引くわぁ……今の時代、そういう趣味は大っぴらに言わない方がいい。人間性を疑われるし、周囲からの信頼も失うぞ」

「えっごめん」


 アレンがユウのことを考えている間に、男たちはやんややんやと好き放題に言いながら、いよいよ逃げ場を完全に塞ぎ、アレンを全方向から囲い込んだ。

〈エカルラート〉は人を襲うギルドだ。アーカディアに法がないのをいいことに悪行三昧だと、そうアレンは聞いている。態度を見るにその風評に間違いはないらしい。

 アレンは知らず、奥歯に力を入れた。

 こうしたギルドに所属する転移者プレイヤーすべてが、現実世界でも悪人だったわけではないだろう。彼らのブレーキ、道徳という枷を失わせたのは、きっとこの世界そのものだ。

 限りなくゲームに近い空間。それが現実感を薄めてしまう。罪を犯すことへの抵抗も、また同様に。

 だから、彼らもそういった意味では被害者であると言えるかもしれない。道を踏み外した理由の根幹は、こんな世界に何カ月も閉じ込められてしまったせいだ。

 だが。

 だが、そのうえで。


「お前らみたいなやつらのせいで、ノゾミは——」

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