カフカに頼むまでもなく。〈解放騎士団〉の手を借りるまでもなく。
ユウは、アレンが今最も欲しい情報を、それが欲しいのだとアレンが口にする前に提示した。
「騎士団がいくら探してもギルドハウスが見つからないわけだ。中々考えたものだよねえ、既にモンスターの狩り尽くされた空っぽの階層を根城にするなんて。狩場としては機能しない以上、ほかの
「ちょ……ちょっと待て」
「とはいえバベルのゲートを経由しなければならない以上、検問でもすれば対処できる。あまり長続きする策ではないね。もっとも、露見するより先に騎士団を崩すつもりだったんだろうけど」
「お前、なんなんだ。本当のことを言っているのか? 俺になんの目的で近づいた?」
当惑はなおも強まるばかり。なにせ都合がよすぎる。
たとえるなら、車がエンストして、その瞬間にレッカーサービスがやってくるような。
そんなことは、『そうなる』とわかっていなければできはしない。
「そんなことは今、重要なのかい?」
「——それは」
もっともな返答ではあった。
奪われたノゾミを助ける。守ると言った誓いを、今度こそ果たす。それが今考えるべきアレンの最優先だ。
情報の出所や、眼前の男の目的など問題ではない。虚偽を口にしている、という可能性だけはどうしても付きまとうが——もとより手がかりと呼べるようなものなど、なにひとつとして持ち合わせてはいないのだ。
「……このままだと、『クラウン』が顕現しかねない」
「なに?」
しかしアレンが浮かべる疑念の表情を見て取ってか、ユウはわずかに、目的めいたことを口にした。
「なにもしなければ大勢の人が死ぬ。ゲームオーバーになってしまう……それは避けたい」
「抗争を止めたい、ってことか?」
「そう思ってもらって構わない。言っただろう? 僕は穏健派だ」
言いながら笑みを浮かべる。それは人好きするようなものではなく、どこか胡散臭い、軽薄な笑みだ。
『クラウン』。〈解放騎士団〉
そんなものが、この男にどうして現れると言えるのか。やはり虚言、空言の類ではないか。
「お前は俺の味方なのか。信じて、いいのか?」
「疑り深いなあ、アレンちゃんは」
「ちゃんを付けるな。俺は——」
「男。知ってるよ、〈デタミネーション〉ってチームだったことも」
言葉を被せられ、アレンは鼻白む。その間隙を縫うようにユウは重ねて言った。
「嘘じゃないさ、信じてくれていい。〈エカルラート〉はバベルにいる。味方かどうかについては——ハハ、どうだろうね。僕はキミの天敵だからなぁ」
「——?」
天敵。妙な言い回しをする。
意味のない質問をした、とアレンは自らの愚行を悔いた。
味方なのか、信じていいのか——そう口で問うたところで、同じく口で返す答えなどどうとでも言える。
無意味な問い、無意味なやり取りだ。人の舌が嘘を乗せられる限りは。
「バベルの第12層、だったな」
「うん。相手は同じプロ、手下もそれなりにいるだろうけれど……まあ、キミなら負けないでしょ。今回はしてやられたとしても、ね」
「……簡単に言いやがる」
「戦うのは僕じゃないからねえ」
気勢を削ぐような薄っぺらい笑み。アレンはげんなりしながら踵を返した。
行って、確かめるほかあるまい。
「一応、礼は言っとく」
「いらないよ。事がうまく運ぶか、僕にもわからない」
いつの間にか取り出した、一枚のトランプのようなカードを指先で弄びながら、興味なさげにユウは言った。
——キミなら負けない、と今しがた口にしたくせに。まったくテキトーな男だ。
礼が要らないというのなら、もはや交わす言葉はなかった。バベルに向かってアレンは駆け出し、路地を遠のく。
一度も振り返らなかったから、ユウがその後どうしたのか、アレンに知る由はなかった。
*
街路を駆け抜け、バベルの第0層である広間に到着する。
昼前のバベルは昨日よりも人が多く、売店の方もにぎわっていた。焼ける肉のいいにおいも漂っている。ひときわ長い列ができているのはワッフル屋だろうか。
それらに目もくれず、アレンは広間の中心にある石の枠組み……ゲートへと歩く。
もはや走る体力はなかった。ユウと別れたあの路地から、ノンストップでここまで走ってきたのだ。赤らんだ頬には玉の汗が浮かんでいる。
(行き先は——第12層!)
確固たる意志でゲートをくぐる。視界がぐにゃりと歪み、景色が一瞬にして切り替わり——
ばちばちと燃える火の音が、アレンを出迎えた。
「……廃墟?」
ゲートを出て真っ先に目に移ったのは、灰色の街と灰色の空、それからそこかしこで細く煙を上げる炎。
四方すべてがそんな有様。第12層は戦火燻る、廃墟の街だった。
昨日カフカたちと狩りをした第15層より下は、既にモンスターが狩り尽くされている。もし何者かの気配があればそれは
アレンはインベントリからキングスレイヤーを取り出し、歩き始める。目的地はひとまず、最も目についたところにした。
半壊した街の中心に塔がある。バベルのようなものではなく、大きな時計を掲げた、時計台というやつだ。そこだけは戦火の魔の手からも、半壊の憂き目からも逃れているらしかった。
「似ているな。あの、〈ゼロクオリア〉と戦った時のマップと……」
オーバーストライクにも似たような雰囲気の、市街戦をモチーフとしたマップが存在した。〈ゼロクオリア〉に敗北した苦い思い出のある場所だ。
あるいは本当にここに〈エカルラート〉がいるのなら、ある種の感傷からマグナはこの第12層を拠点としたのかもしれない。
アレンがそんなことを思っていると、半壊した街路の先からちらほらと向かってくる人の姿があった。
「お嬢ちゃん、こんなところでなにしてるのかなー? この階層にモンスターはいませんよ~」
「子どもがひとりでバベルに来るなんて危ないでちゅ! おうちに帰るでちゅ!」
「ぎゃははッ、キメェ話し方すんなよ!」
「おいやめとけよぉ。あの子怖がってるって、へへへ。あんまりビビらせるとかわいそうだろ?」
数は六人。男たちはアレンを見るなり、下卑な笑みに唇を歪めて近づいてくる。自然と仲間同士で距離を空け、アレンを取り囲うようにしながら。
アレンはその意図に気が付かないフリをしつつ、平然と話しかける。
「……お前らは? そのモンスターのいない階層で、なにやってんだ」
「んー? 年上への礼儀がなってないでちゅよぉ」
お調子者の男が、答えになっていない答えを寄こす。仲間たちはそれを見てゲラゲラと笑い声を上げた。子どもだからと侮っているらしい。
しかし逃げ場を塞ごうとしているところを見るに、明確な言質がなくとも〈エカルラート〉であることは疑いようもなかった。第12層に居を構えているという秘密を守るため、アレンを無事に帰さないつもりなのだ。
(ビンゴ、か。どうにも信用ならないやつだったけど、情報は本物らしい。騎士団にも感謝だな)
路地で出会った、あのヘラヘラした男——ユウ。
彼は確かな情報をくれていた。
「だんまりでちゅかぁ? どんな教育受けてきたんでちゅかあ? えぇー?」
「なんかこいつ、この前第0層の売店に並んでたのに似てるな。人違いか?」
「妙に落ち着いたガキだな……なんか気味悪いぜ」
「えぇ? でもすげえ上玉だぞ。ほら、髪も綺麗だし、顔かたちもあどけなさが絶妙っていうか。特に青い目なんかフランス人形みたいで……」
「うわ、お前そっち系かよ。相手はまだ子どもだぞ? どうかと思う、ふつうに」
「引くわぁ……今の時代、そういう趣味は大っぴらに言わない方がいい。人間性を疑われるし、周囲からの信頼も失うぞ」
「えっごめん」
アレンがユウのことを考えている間に、男たちはやんややんやと好き放題に言いながら、いよいよ逃げ場を完全に塞ぎ、アレンを全方向から囲い込んだ。
〈エカルラート〉は人を襲うギルドだ。アーカディアに法がないのをいいことに悪行三昧だと、そうアレンは聞いている。態度を見るにその風評に間違いはないらしい。
アレンは知らず、奥歯に力を入れた。
こうしたギルドに所属する
限りなくゲームに近い空間。それが現実感を薄めてしまう。罪を犯すことへの抵抗も、また同様に。
だから、彼らもそういった意味では被害者であると言えるかもしれない。道を踏み外した理由の根幹は、こんな世界に何カ月も閉じ込められてしまったせいだ。
だが。
だが、そのうえで。
「お前らみたいなやつらのせいで、ノゾミは——」