「————ッ!」
カフカの首を断たんと振り下ろされる一本の剣。装飾のない、実直な——
それはノゾミのボーナスウェポン、『ナイツオナー』に似ていた。だが違う。銀のそれとは違い、その乱入者の剣は鉄色の、ごくごくありふれた……量産型の剣。
つまるところ、装備屋でNPCが販売する店売りの武器だった。
「なんだッ、どこから来たテメェ!」
「やあ。危ないところだったけど、ぎりぎりで間に合ったかな」
『クラウン』によって強化された反射神経のおかげか、カフカはアレンに振り下ろしていた剣の軌道を変え、横からの一撃を弾き返す。
ノゾミではなかった。彼女がいるのは後方で、横からアレンを助けられる位置関係ではない。
では彼は——
炎の中から現れた、雑踏から無作為に抽出してきたような、この特徴のなさがかえって特徴的な男は一体。
「お前っ、……ユウ?」
「夕方ぶりだねアレンちゃん。もうちょっとマシな再会をしたかったんだけど、お互い予定が狂ったみたいだ」
ユウだった。頭上に浮かぶ『Yu』のID表示。
ノゾミを攫われた路地で、途方に暮れかけたアレンに〈エカルラート〉への道を示した男。
思わぬ場所での邂逅に、アレンは目を見開いて驚く。
(でも……そうか、ユウは〈解放騎士団〉だと言っていた。カフカの狙いにどこかで気付いたっておかしくはない)
団長であるリカでさえまるで知らなかったことだ。おかしくないということもないかもしれないが、灯台下暗しというか、カフカを強く慕っていたリカだからこそ気付けなかったという線もある。部外者のアレンに推し量るすべはない。
「クソッタレがァ! 邪魔をしやがって……ッ!」
「——っと、二発で壊されるなんて。やっぱり『クラウン』のバフは凄まじいね」
再度、ユウとカフカが打ち合う。すると異形の剣、『アデランタード』と激突したユウの剣は呆気なくへし折れて砕けた。砕けた剣は、ちょうどモンスターやゲームオーバーになった
その様を見て、カフカは怪訝そうにユウをにらむ。
「店売りの剣……ナメてんのかな? 装備屋の武器なんてのは、どれもボーナスウェポンの劣化だ。威力が低いくせに耐久値の設定がある。そんなものを手に、『クラウン』を得て王になったこのオレに向かってくるなんてさァ」
「気を悪くさせてしまったかな、団長。そんなつもりはなかったんだけれど——謝りはしないよ。キミはルールを破った人間だ。僕も容赦はできない」
「ルールだァ? なに寝ぼけたこと言ってんだカス。この理想郷に法はない。国家もない。遵守すべきルールなんて、どこにも定められちゃいねェだろうが!」
「ああ、誰に制定されたわけでもない。だけど、それでも、守るべきルールはいつだって存在する。そこに人間がいる限り、おのずとね」
ちろちろと残り火をその刃の隙間から漏らす剣を携え、頭上には光り輝く王の証。誰もが畏怖を抱かずにはいられないその戴冠者を前に、ユウは目をそらすこともなく言いきった。
ルールは、人の法は、誰に言われるまでもなくそこにあるのだと。
カフカは不愉快そうに片目を細める。
「アルカディアでさえ受容しがたい理想論だなァ、そんなものは。つうかテメェ——誰だ?」
「——」
「……え?」
誰何を受け、不敵に口元を歪めるユウ。
驚きを受けたのはアレンだ。団長たるカフカが、そのギルドメンバーを把握していないはずもなく。
カフカの問いはすなわち、ユウが〈解放騎士団〉ではないことを示していた。
「オレの〈解放騎士団〉でも、〈エカルラート〉でも、〈サンダーソニア〉でもねェ。混沌期に壊滅した〈無彩行雲〉や〈ニューワールド〉の残党か?」
「どれも違う。僕はアサガミユウ、個人さ」
「……ただの個人が、いち
「その通りだよ、王様気取りの
「ふざけたことを。悪であるものか! オレはただ、望まれたことをしているだけだ……!
激昂するカフカがそのボーナスウェポンを再度振り上げる。そしてけたたましい音を立て、剣が駆動を開始した。
「消し飛ばしてやる、『
アレンを焼いた猛火が、次はユウへと標的を定める。奇怪な剣より放たれ押し寄せる炎の波。
それを前にユウは、インベントリの虚空から、小さな一枚のカードを取り出した。
カード、としか言いようのないなにか。トランプとほぼ同じ形状・サイズをしたそれの両面には、渦を巻くような模様がデザインされている。
「ユウ!」
巻き込まれればアレンは即死だ。助けにいくこともできず、炎に呑まれるユウを見つめることしかできない。
ユウにできたのは、ただその若干硬質なだけの紙切れを取り出したのみ。炎を防ぐことも、炎から逃れることもできず——
一瞬ののち、炎を裂いて現れ出た。
「……なんだと?」
地獄の業火を意にも介さない。ユウはその指先にカードを挟んだまま、腕を振って炎を振り払う。
同じものを受けたばかりのアレンには、我が目を疑うような光景だった。それはスキルの使用者であるカフカも同様らしく、凍り付いた表情を浮かべる。
だが次の瞬間、怒りに表情を歪め、追撃を繰り出した。
「やせ我慢でもしてるのかァ? 今度こそ死ねッ、『
同じユニークスキルをもう一度。本来カフカの『
嵐のように熱風が吹き荒れ、地面が焦げ付き、火の粉が舞う。
だが結果は先と同じ。炎を振り払うユウの表情には、なんの苦悶も浮かんでいない。
「なんだ……テメェ? ダメージを受けないのか? いや、そんなはずはない。そんな
「あいにくだけど、何度繰り返しても同じだよ。キミの炎は僕には届かない」
「——っ!」
ユウはカードを持つのとは逆の手で、インベントリから剣を取り出した。先と同じ、店売りのひと振り。
得体の知れないユウに対し カフカは警戒を露わに大きく飛び退いて距離を取る。
レベル63かつ『クラウン』まで顕現させたカフカは、この平坦な地上において最強の
二度のユニークスキルをモロに受けて、平然と立っていられるはずがない。一撃でアレンが瀕死ぎりぎりにまで追い込まれたのだ、二回も受ければ誰であれゲームオーバーになるだけの威力がある。
「あーあ、店売りの剣なんかにビビっちゃって。よし、アレンちゃん、体はもう動けるかな?」
「え? まあ……」
ユウは飛び退いたカフカの方ではなく、そばのアレンの方に顔を向ける。
「なら撤退だ。アレンちゃん、合図をしたら『ブラストボム』をあの王様気取りに投げつけてくれ。その瞬間、僕たちは後方の炎を走り抜ける。ああ、くれぐれも僕の先には行かないようにしてくれよ。キミ、もうHPがぎりぎりだろ、僕が炎を払うからその後に続くんだ」
「撤退? あいつを前にして逃げるってのか!」
自身のユニークスキルについて知られていることにも疑問を抱いたが、それよりも、アレンはユウの弱腰な提言に反発した。
すべての元凶であり、バベルを封鎖してアーカディアを支配すると嘯く僭称者。
ここで倒さなければ、カフカはその目的を必ず実行するだろう。
「なにも倒すのを諦めるわけじゃない。戦略的撤退ってやつさ。最高レベルの
「う……それは、そうだけど」
今まさにゲームオーバーにされる一歩手前なのだ。冷静になってみれば、ユウの言うことも一理ある。
なんの策もなく戦えば、またあのユニークスキルに焼かれて終わり。さらにアレンの攻撃は、弾道を見切るという超人じみた技で防がれてしまう。八方塞がりそのものだ。
「わかればよし、だ。さあ、今だ——ユニークスキルを!」
「ああっ、わかったよ。『ブラストボム』!」
牽制にブラストボムを投げつけ、アレンとユウは踵を返して駆け出した。
一目散の逃走。しかしこれは敗走ではないと、アレンは自分に言い聞かせる。
壁のように周囲を取り囲む炎を抜け、まだ火の手の回っていない適当な建物の裏へと入る。人の気配はまるでなく、近辺の者はとうに逃げ去ったようだ。
「アレンっ。よかった、無事で……!」