「シンダーの言いたいことはわかった。俺はなにをすればいい? 射撃を見せろっていうならいくらでも見せるし、モンスターと戦えってんならバベルの何階層にだって行く」
ついさっき同じように他者からの信用を勝ち取るため、変則的なロシアンルーレットをしてきたところだ。自分の頭に銃口を突きつけて引き金を引くのに比べれば、大抵のことは簡単だろう。
「そうですね……先ほど争いは好まないとは言いましたが、騎士団に劣らぬ腕利きの者もまったくいないではありません。彼との模擬戦で貴方の実力を確かめ——」
シンダーが言い終える前に、アレンたちが通って来た廊下の方からどたばたと忙しない足音が響いてくる。その音に反応して、シンダーは言葉を切り、扉の方を振り向く。
(数はふたり。軽い音だ、両者とも子どもか。音の方向からおそらく俺たちと同じように外から入ってきたみたいだが……白昼堂々の強盗とは考えにくいな、進み方に迷いもない。だがやけに急いでいる)
アレンはシンダーに先んじてその足音を捉え、頭の中で詳細を分析していた。
『鷹の眼』たる
そして廊下から響く足音は次第に大きくなり、ばん、と勢いよく応接間の扉が開かれた。
「マスターっ……!」
「シンダー、いる!?」
飛び込んできたのは、アレンの予想に違わぬふたりの女子。小学六年生程度と思しい、まだ幼い子どもだった。
「マチ? ミソラ? 貴方たち、一体どうして……お客さまの前で騒々しいですよ。特にマチ、日頃から言っているでしょう。もっと落ち着きを——」
「そんな場合じゃないんだって! 聞いてよシンダーっ、大変! 大変なんだよぅ!!」
「だからお客さまの前で——」
「客とかどうとか言ってられないの! ほんとにやばいの、助けて! お願いなんとかして!」
「まずは落ち——」
「お願いお願い! もう夜更かしもしないから! 野菜もちゃんと食べるから! こっそりバベルに入ったりもしないからぁ!!」
ふたりのうちのひとり、燃えるように赤い髪を後ろで束ねた子が凄まじい勢いでまくし立てる。必死さだけは伝わるが、説明は要領を得ておらず、さらにはシンダーに言葉を挟ませる隙を与えてもくれない。
徐々にシンダーの横顔から平静さが失われていく。
ぶち。実際には鳴っていない、なんらかの糸が千切れるような音を『鷹の眼』が捉えた。
「まずは落ち着きなさい、と言っているでしょうがぁ……っ!!」
「あ、キレた」
ギルドマスターの雷が落ちる。するとマチと呼ばれた赤髪の少女は目を見開いて動きを止めた。怯えた様子とも違う、大きな音が鳴ってフリーズするハムスターみたいな仕草だった。
そこへ、彼女の隣にいた、先ほどミソラと呼ばれていた少女がシンダーに向けて言う。
「さっき、平原でレッドティラノに襲われました。それでわたしたちを逃がすために、サクが囮になって、森の方に走って……。今すぐ助けにいかないと。でも、わたしたちじゃどうやっても敵いません」
青みがかった黒髪を肩に届かないくらいで切りそろえた、アーカディアでは珍しい眼鏡をかけた少女。
マチとはある種対照的な、落ち着いた口調。だがそれでも冷静ではないらしく、言葉の端々に焦燥をにじませ、ミソラは重ねてシンダーに告げる。
「助けて、マスター……! レッドティラノに勝てるのはマスターかシルヴァくらいですよねっ? わたしからもお願いします、いっしょに森へ向かってください……!」
「シルヴァは——今はギルドの資金を稼ぐためにバベルにおります。呼び戻すまで急いでも三十分はかかる。となれば……」
「なあ、ちょっといいか。横で聞いてた限り、その子の友だちがレッドティラノに襲われて森にいるのか? 助けに行くなら俺たちも手を貸すぞ」
ふかふかのソファから立ち上がり、そう申し出るアレン。振り向いたシンダーと視線が交錯する。
シンダーは一瞬、考えるような素振りを見せた。だが、それは本当に一瞬だ。
「——よろしいのですか?」
「当たり前だ。困っている人がいるなら、まずはそっちを助けてから。話はそのあとに改めてすればいい」
「うんっ。レッドティラノに襲われるなんて大変だよ……! すぐに助けに行かないとっ」
「仕方がないね。バベルの攻略は急務だけれど、子どもの命が優先だ」
ノゾミとユウもソファから身を離し、同意する。
「〈サンダーソニア〉のギルドマスターとして、この礼は必ず。事態は急を要します。今はとにかく、森へ急ぎましょう」
「ああ。しかし、この街は確か全方位が森に囲まれてるんだよな? ある程度位置が絞り込めないさすがに探しきれないぞ」
「マチ、ミソラ。案内は可能ですか?」
「や、やってみる……ううん、できる! 平原のはぐれたところは覚えてるから、案内する!」
「わたしもできますっ。でも、森に入ったところからどう逃げたかはわからない……」
「メグミに声をかけ、バベルにいるシルヴァを中心とした捜索チームを結成させ、後から向かわせます。その間、わたくしたちが先遣隊として森に行く。もっとも本隊と規模は変わらないでしょうけれど」
毅然とした声に、少女ふたりがこくんとうなずく。焦燥に駆られた様子の幼いマチとミソラだったが、シンダーが指示を出せばそれも静まったように見える。
それはそのまま、ギルドマスターたるシンダーへの信頼の表れだろう。
「では行きましょう。目標は森。目的は、レッドティラノに追われるサクの救出です!」
*
アレンたちは〈サンダーソニア〉のギルドハウスを出て、街路を駆ける。
その前にシンダーは、案内とコーヒーの配給をしてくれた女性——名をメグミというそうだ——にバベルにいる人員を連れ戻し、捜索隊の結成をするよう指示していた。
「——ですが、レッドティラノはバベルの第40~50階層に相当するクラスの強力なモンスター。戦える人員に乏しいわたくしたち〈サンダーソニア〉では、大規模な隊は編成できません」
「なら結局、俺たちが本命ってことだな……! レッドティラノに襲われてるなら、一刻も早く助け出さないと」
「あ、あのー……ところであたし、気になってたんだけど……あんたは何者? そのレッドティラノと戦うことになるかもしれないんだぞ? あたしと歳、変わんないよな?」
石畳の上を走りながら、赤髪ポニテの少女、マチがアレンに向けて言う。
歳、変わんないよな——
その言葉を聞いた途端、
「俺はプロゲーマーだ。アーカディアに来てからこんな姿になっちゃったけど、本当は十七歳だよ」
「じゅ、十七? えぇっ?」
「そんなことがありえるんですか? SEABEDは現実とおおむね同じ見た目のアバターを作ってくれるはずですよ」
もうひとりの少女、ミソラが疑いを表情ににじませながら言う。頭上には『
なおマチの頭上のIDは『fuaiya』、おそらくはファイヤーと読ませたいのだと思われた。なんとも対照的なふたりだが、仲はいいらしい。
平原ではぐれたサクという少女を加え、仲良し三人グループという括りのようだった。
「そこはさっきシンダーにも疑われたばっかりだな。まあ、無理に信じてくれとは言わない。今はサクって子を助けるのが先決だ」
「ですが、相手はあのレッドティラノ。そのID……アレン、さん? あなたが何者であったとしても、危険なものは危険ですよ」
「そうそう、あたしもそれが言いたいのっ。部外者なのに手伝ってくれるのはうれしいけど、子どもが敵う相手じゃないんだって! だからあたしたちも、シンダーを頼るためにギルドハウスまで戻って……」
「優しいんだな、ふたりとも」
親の教育の賜物か。それとも、彼女らを保護するギルドハウスの教えなのか。
どうあれアレンは、友人の危機にもかかわらず外様のアレンを心配する少女らに素直な感心を抱いた。
「でも大丈夫だ。レッドティラノなら転移直後に倒してる。危険なんてない」
「へ? 転移直後に? レ、レベル1で??」
「それって、どういう……そんなことが可能なはずが……」
困惑する女子ふたり。実際、アレンには転移してすぐのレベル1でレッドティラノを倒した経験がある。だがこれも人に話したとて中々信じてはもらえないだろう。素手で熊を倒した、と豪語するのとなんら変わらない。