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第49話 『樹上の少女』

「それよりも、僕としてはキミたちがどうして平原にいたのかが気になるね。はぐれたっていうサクちゃんと、一体そんなところでなにをしていたのかな?」

「む、それもそうだな。危ないだろ、遊ぶ場所でも探してたのか? だからってレッドティラノが出るようなところを選ばなくても」

「それは——その、板チョコ草を集めたくて」

「……は? なんだって?」


 街を出て、若々しい緑の色に覆われた草原へと出る。可能であればマチたちが別れたという地点までこのままノンストップで走りたいところだったが、あいにくとアーカディアの世界においても人間の体力は有限だ。

 特にこの場には子どもがふたり——

 訂正、アレンを含めれば三人もいる。足を止めるわけにはいかないにしろ、必然的ないささかのペースダウンをしつつ、一行はマチの語る経緯を聞く。


「草原でたまに咲いてる、チョコが成ってる草のこと。それをNPCとか、バベルで出店を出してる転移者プレイヤー……ワッフル屋さんの人とかに売るんだよ」

「チョコが成ってる草?? そんなトリコみたいな世界観の植物が存在するのか?」

「本当にあるよ、それ。わたしもリーザちゃんとこの辺りでピクニックした時、見たことあるもん。アイテムの一種みたいだったよ」

「アイテム。そうか、そう言われればファンタジー世界だし納得はいくか……」

「味もおいしかったよ。ほんのりミルクチョコ風味で」

「食べたのか……」


 シンダーが補足するところによれば、〈サンダ-ソニア〉は慢性的な財政難だったという。

 原因は至極単純、転移孤児の受け入れを続けているからだ。戦えぬ子どもを養えば負担がかかるのは道理。もちろんその事実を直接子どもらに伝えるシンダーではないが、両親の不仲をそれとなく察する子のように、幼さとは必ずしも聡さと無縁ではない。孤児院を兼ねたギルドハウスで過ごすうち、自然と気づいたのだろう。

 そして、先日のギルドハウス全焼だ。

 カフカによって焼け落ちたギルドハウスを建て直した〈サンダーソニア〉の財政はまさしく火の車、カフカの『燎原之火ワイルドファイア』などとうに鎮火しているにもかかわらず、ギルドは未だ火に脅かされている。


「——そんな状況を鑑み、マチたちはチョコ草を集めてくれていたのでしょう。わたくしに黙って、少しでもギルド運営の助けになろうと。情けない話です、庇護すべき子どもらに気遣われ、さらにはモンスターの危険に晒し、救出のために外部の方の手を借りる。わたくしはギルドマスター失格です」


 件のサクという子のこともあってか、早足に歩きながらも、うつむいたシンダーの口からは弱音じみたものがこぼれ出た。


「そ、そんなことないよ。シンダーがいるから、お母さんもお父さんもアーカディアにいないあたしら転移孤児は過ごせてるわけだしっ」

「そうですよ! マスターのおかげです、孤児のみんなは感謝してます」

「ふたりはこう言ってるぞ。俺は〈サンダーソニア〉のことは今聞いた話くらいの事情しか知らないけど、孤児を受け入れているなんて立派なことだと思う。シンダーになにも非はない、悪いのはひとりだけだ」

「ひとり? それは一体……」

「いや、カフカだろ。騎士団が崩壊したのも〈サンダーソニア〉のギルドハウスが燃えたのも全部あいつのせいだ」


 うつむいた顔が上がる。彼女に向け、当然のようにアレンは言う。

〈解放騎士団〉の面々は、『クラウン』の出現条件である『キルスコアの王』を造るための供物となり、副団長であるリカは直接的な『クラウン』顕現のためにカフカに殺された。

 そしてノゾミが〈エカルラート〉に狙われていたのも実のところカフカの計略であり、『クラウン』を手に入れたカフカは騎士団に次ぐ規模を誇る〈サンダーソニア〉のギルドハウスを焼却した——


「確かに」

「確かにね」

「それもそうですわね……」


 どれもこれもがカフカのせいだった。

 しかし当人は既にゲームオーバー、そのデータは廃棄物ガベージの海へと沈んでいる。直接文句を付けるには時を戻すか、それとも次のイテレーションへ進めるかしかあるまい。


「……ふふ。子どもたちに励まされるなんて、本当にだめだめですね、わたくしは。ですがありがとうございます、今は後悔をするよりも前を向くべき時。サクを助け出すまで弱音は二度と吐きません!」


 シンダーの表情に、アレンたちがギルドハウスで出会った時の余裕が戻る。

 この半年、年若い身でずっと、ギルドマスターとして双肩にかかるプレッシャーに耐えてきた彼女だ。この程度の苦境で心が折れはしないだろう。

 調子を取り戻したシンダーに、アレンも安心したような笑みを返す。


「ああ、その意気だ。前向きなのが一番……え? 待て、その子どもたちってもしかして俺も入ってる?」

「ところでマチ、ミソラ。サクとはぐれたという地点はまだですか?」

「うんっ、もうすぐだよ! ほら、あの辺り……!」

「あの木のそば。森の近くとはいえ、普段は奥まで行かないとレッドティラノなんていないはずなのに、どうしてあの時だけ……」

「あそこですわね。ミソラ、疑問は後回しに。今はとにかくサクを見つけます! 全員、はぐれないように付いてきてください!」


 アレンの質問を置き去りにして駆け出すシンダー。

 平原の端。若々しかった緑はその色と香りを濃くし、青々とした様に変貌しつつある。眼前にはまばらに樹木が立ち始め、その奥には枝葉の重なりによって陽光を遮って生まれた、地下の迷宮を思わせる真昼の暗闇が口を開けている。

 ティラノの囮になったというサクが逃げ込んだのはこの先だろう。一行はシンダーを先頭に、緑の闇へと足を踏み入れた。


「サク——っ! どこですの!」

「サクちゃん……っ! 返事をして!」


 草を分け入り、柱のようにそびえる木を避け、周囲を探索する。

 呼びかけに返ってくるこえはない。

 もう少し手分けして広範囲に探索をしたいところだが、この森にいるのはレッドティラノだ。レベル1でも打倒できるアレンや、倒せずともダメージ無効のユニークスキルで自身も倒れないユウとは違い、ノゾミやマチ、ミソラがひとりきりで遭遇してしまえば生存は危うい。

 二次遭難の危険。それを思えばこそ、一行はシンダーを中心に、固まって捜索をする。マチとミソラが平原でサクと別れてからいかほどか。焦燥は森の湿気と交じり合い、じっとりと首筋を濡らす。

 だが幸いにも、こと捜索においてなら、この場にこれ以上ない適任がいた。


「いくよ、『ゴーストエコー』っ!」


 ノゾミが手を掲げると、森の暗闇に白い実線がどこからともなく走り抜ける。

 闇を精査する光。それは一瞬で過ぎ去り、密集する木々の先にシルエットを映し出す。


「いた、レッドティラノ……!」

「ナイスだノゾミ!」


 既にパーティ申請は済ませてある。同一パーティを組む者の視界に周囲のモンスター、もしくは転移者プレイヤーの姿を映し出すユニークスキルは、有効範囲ぎりぎりの約20メートル向こうに佇む巨大な恐竜の存在を一行に知らせてくれた。

 FPSにおける代表的なチーティング、ウォールハックそのものの能力。かつて〈解放騎士団〉に勝利するための手段として、〈エカルラート〉に付け狙われただけのことはある。


「行きましょう。マチ、ミソラ、戦闘になります。巻き込まれないようにしていなさい」

「うんっ」

「わかりました……!」


 木立を抜け、『ゴーストエコー』で垣間見えたシルエットに接近する。

 レッドティラノがいたとて、それがサクたちと遭遇した個体であるという確証はない。転移直後のアレンが襲われたように、平原を囲うこの森には数多くのティラノが生息している。

 しかし、今回は当たりのようだった。


「サク!」


 はたして、屈強な後肢で地を踏みしめる地上の竜は、赤い小石状の鱗を携えてそこにいた。

 さらにそのそば、レッドティラノがにらみ付ける樹木の上方。そこに、子どもの体躯でなければ重量に耐え切れず折れてしまうであろう枝の一本に、必死にしがみついている小柄な少女が窺えた。


「あ……マスター? みんな……」


 やはりマチやミソラとは同年代くらいの、色素の薄い薄紫の髪をした子ども。この距離では顔かたちを判別することはできないが、その毛先がくるりと特徴的にカールしていることはアレンにも見て取れた。

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