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第50話 『転移者たちの連携』


「ガァ————ァァ——」


 レッドティラノは現れたアレンたちには目もくれず、サクがいる木の根元で大きな体を揺らす。そうして肩を幹にぶつけると、衝撃を受けた木全体がぐわんと揺れた。


「……っ!」

「サクちゃん!!」


 悲鳴交じりに叫ぶミソラ。

 サクはなんとか振り落とされないよう耐えていたが、いつまでも続きはすまい。おそらくティラノに追われる中、機転を利かせて樹上へ逃れたものの、ティラノは獲物を諦めなかったのだろう。そうしてサクはティラノの首が届かない高所まで登るほかなく、ああして真下に張られていては降りるに降りれない。

 その末路は明白。枝にしがみつく体力の限界が来るか、ティラノが木そのものをへし折って倒してしまうか。どちらが先になろうとも、サクはティラノによってゲームオーバーになる運命だ。

 アレンたちが、ここに間に合っていなければ。


「すぐにレッドティラノを倒して、あの子を救出する! 来い、『キングスレイヤー』!」

「ええ! 来なさい、『トリアイナ』ッ!」


 アレンの手に黄金のリボルバー銃が。そして、シンダーの手に、銀の色をした三又の槍が現れる。

 自身に迫る外敵に気付いたか、ティラノもサクのいる木から体を向け直し、縦長の瞳孔をした瞳を一行へ向ける。


「ガアアアアアアアアアアァァァァァッ——!!」

「わ……!?」


 森に響く咆哮。その戦意を挫くような恐ろしい音に、マチとミソラは思わず耳を塞ぐ。

 しかし怯まぬ者がふたり。吼えたけるティラノに向けてアレンは迷わず発砲する。


「————ガッ!?」


 人間よりもはるかに巨大な頭部じゃくてんなど、ヘッドショットを競い合うプロ同士の熾烈な銃撃戦を凌いできたアレンにとっては射撃場の的と相違ない。眉間に着弾し、レッドティラノが一歩よろめく。

 そこへ三又の槍を構えたシンダーが接近する。その槍、『トリアイナ』のボーナスウェポンがにわかに青の輝きを湛え、三つの穂先にエネルギーが集中する。


「速攻で仕留めますわ! 『ハイドロ・ハリケーン』ッ!!」

「ユニークスキルか……!」


 真っ先にアレンが思い出したのはカフカの『燎原之火ワイルドファイア』だった。燃え盛り、すべてを焼き尽くす赫焉の炎。

 対し、シンダーの槍先から放たれたのは三本の水流だった。野原を焼く猛火ではなく、氾濫する急流の類。『燎原之火ワイルドファイア』とはむしろ対極的な有り様のユニークスキル。

 それでもアレンがあの恐るべき炎を連想したのは、そのユニークスキルが同格の力を有していると直感したためだ。


「グゥゥゥゥ——————ッ」


 飛来する三本の水流は、槍の勢いそのままに恐竜を貫く。そしてそのままレッドティラノは地に倒れ、輝く粒子へと変換されて消失した。


「い、一撃かよ。なんて威力だ」

「アレンさまが先に頭を撃ち抜いてくれたではありませんか。一撃ではありません」

「まあそうだけど……。はあ、マグナさんやカフカといい、ユニークスキルの性能格差を感じるぞ。俺のは自爆前提くらいでしか役に立たないってのに」

「『ハイドロ・ハリケーン』……攻撃能力すらないユニークスキルの僕としても、彼女のは羨ましいね。掛け値なしにすごい能力だ。なんていうかこう、殿堂入りって感じで」

「その表現はよくわからないな」


 ともあれ、これで樹上のサクを脅かす者はいない。

 トリアイナをインベントリへしまい、シンダーは木の下へ急ぐ。サクの体力もいよいよ限界だろう。

 頭上の枝でぷるぷると震える少女の真下に立ち、シンダーは両手を広げ、飛び降りるよう促す。もし受け止め損なえば危険な高さだ。万が一にも失敗せぬようにと、シンダーは集中した表情で樹上を見つめ——

『鷹の眼』が誰よりも早く、並ぶ木の陰より響く足音を聞き取った。


「——まずい、新手だ!!」


 のしり、と木の裏より現れる恐竜。二頭目のレッドティラノだ。

 先の咆哮に呼び寄せられたのか。その体躯は前の個体よりわずかに小さく、幹の陰や枝葉に体を隠され、ここまでの接近を気取られなかった。


(くそっ、間に合わない……!)


 ティラノはそのあぎとを開き、無防備なシンダーへ牙を突き立てようとする。サクの方に集中していたシンダーは対応が遅れ、もはや回避は不可能。

 アレンは急いでキングスレイヤーの銃口を跳ね上げようとする。しかし、いかに最速の射撃を行おうとも、もはやティラノの攻撃を防げはしないだろう。


「シンダーっ!!」

「マスター……!」


 転移孤児の呼びかけもむなしく、鋭い牙が〈サンダーソニア〉ギルドマスターの柔肌に突き刺さる。その間際。


「え……!? ユウ、さま?」


 滑り込んだユウがシンダーを突き飛ばす。そして鋭利な歯牙は、シンダーの肌の代わりに、ユウの右腕をかみ砕いた。


「ぐっ!」

「な——わたくしをかばって……っ」


 肩から先、ほとんど腕全体を食われた形。このアーカディアで外傷は存在せず、食い千切られるようなことにはなるまいが、HPへのダメージは避けられない——

 否。ユウにはすべてのダメージを無効にするユニークスキルがある。機械仕掛けから出てくる神デウス・エクス・マキナが引き起こす世界の崩壊さえ切り抜けた、絶対的例外。アイテムへとダメージを移し替える、『糠に供犠サクリファイス・エスケープ』。

 それに——


(今、あいつ……自分から腕を差し込んだような。いや、見間違いじゃない。『鷹の眼』に懸けて……!)


 一見すれば、強引にシンダーをかばい、そのせいでかわしきれなかった失態。おそらくかばわれたシンダー自身でさえ、そのように眼前の光景を受け入れたことだろう。

 しかし『鷹の眼』は誤魔化せない。ユウは今、あえて自らの腕を巨大なあぎとへ捧げたのだ。

 なんのために?

 アレンの脳裏をよぎるのは、『爆弾ロシアンルーレット』の直後のこと。前回のアレンから受け継いだ二挺目の『キングスレイヤー』を渡す際、ユウは言っていた。

——それに、実はとっておきの武器がある。

 ユウはルールこそ遵守するが、同時に軽薄な嘘つきでもある。あの言葉はアレンにキングスレイヤーを返還するための見え透いた嘘、冗談の類だとばかり思っていた。


(だけど、もしかして……)


 アレンの予想を裏付けるように。

 利き腕を食われた男の表情かおは痛苦に歪むかに思われたが——その実、愉快そうに口角を吊り上げていた。


「うれしいね、お披露目の時だ! 来いよ、『アデランタード』!」

「ギ——ガ、ガガァ————ァ!?」


 ざしゅ、という肉を裂く音。産声のようなうなりを上げ、ティラノの口を内側から破り、異形の武器が現れ出る。

 アデランタード——チェーンソーじみた細かな刃にびっしりと覆われた西洋剣。それこそはすべての転移者プレイヤーを欺いた戴冠者、カフカのボーナスウェポンである。


「えっ、団長の——カフカさんのボーナスウェポン? ユウさん、どうしてあれを」

「そうか、あの時……」


 先日の戦闘の折、カフカのボーナスウェポンを封じるため、ユウはアレンたちの壁となった。ダメージを無効にするユニークスキルを頼りに、アデランタードを自らの体に突き刺す文字通りの肉壁となったのだ。

 その後、カフカは倒れぬユウを捨て置き、アレンを狙った。ならばユウにアデランタードは刺さったままだ。


「……ネコババしてやがったのか。なんて手癖の悪いやつ」


 自然とアレンの口元に、呆れ混じりの苦笑が浮かぶ。


「耳鳴りの時間だ——! なんちゃって、さすがにユニークスキルまでは真似できないけど!」


 ユウは異形の剣を横に振り抜き、ティラノの口内と頬を斬り裂く。相当なダメージを与えたはず。けれどティラノは怯まず、むしろシンダーもろともユウを吹き飛ばそうと、長い尻尾を鞭のように振り回して反撃する。


「ようし、わたしが防ぐ……! えいやっ!」


 そこへ今度はノゾミが駆け寄り、インベントリから盾を取り出して防御。

 二者を守って余りある、立派な盾だ。舞い散る雪のような白銀の色。

 バベルでマグナの魔弾を防ぎ、アレンを守った盾。あれは一度アレンに譲渡されていたが、カフカと戦う際にノゾミに返され、アレンがそのままノゾミに持ち続けるように勧めたのだった。

 もとより友人、リーザに渡すためにノゾミが選んだもの。ならば、アレンが持つよりも彼女と親しかったノゾミが持つべきだと。


「アレンちゃん、今だ!」

「言われるまでもない……! あとちゃん付けはいい加減やめろ! マジで!!」


 隙を晒すレッドティラノ。その頭蓋に向け、アレンは黄金の銃を向け、引き金を引く。

 一発——

 二発。三発。四発。五発。

 立て続けに銃声が鳴り響き、発射された弾丸のそのすべてが頭部を貫く。


「——ギッ、ゥゥ————」

「全弾……ヘッドショット。まさか、いえ、やはり。アレンさま……貴方は本物の——」


 ずずん、と巨躯が沈む。崩れ落ちた二頭目のレッドティラノは、一頭目と同じくすぐに粒子へと変換され、消滅する。

 するとアレンの脳内で声が響く。もう聞き慣れた、無機質な少女の声だ。

——レベルが32になりました。


「お、レベルアップした……じゃなくて。もう大丈夫だ、サク。受け止めてやるから飛び降りていい——」

「待って、アレンじゃキャッチしきれないよ。昨日、宿の窓から跳んだわたしを受け止めきれなかったの忘れたの?」

「——う。そうだった」


 情けないが、キャッチ役はシンダーに交代だ。意を決し、枝から手を離したサクをシンダーは危なげなく受け止める。


「サク! よかった、本当によかったです、無事で……!」

「ますたー……マス、ター」


 抱えられたサクは、まだ状況が飲み込みきれていないのか、猫のようなまん丸の瞳をしばたたかせる。

 この距離であればアレンの視界にも、サクの頭上に転移者プレイヤーIDが表示される。そこには『SakuNyan』という文字がふよふよ浮かんでいた。


「サクっ!! ばか、ひとりで囮になるなんて……あたしたちがどれだけ心配したか。無茶しすぎだよぉ……っ」

「サクちゃん、サクちゃんっ!」

「——マチちゃん、ミソラ……ちゃん。サクは……」


 張りつめていた糸が切れたのだろう。泣きじゃくりながら、孤児のふたりはサクへと駆け寄る。


「……ううん。ありがとう」


 普段からお喋りなタイプではないのか、サクはただ一言、少女らとシンダーに向けてそうぽつりとこぼす。だがその一言にはこれ以上ない、安堵や感謝といった万感の想いが込められているようにアレンは思った。

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