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第58話 『魔弾:源理逆算』

 アレンにとってアーカディアはゲームではない。ゲームに近しいだけの現実だ。

 だがネームレスにとってはそうではなかったのだろう。ゲームとしてアーカディアを捉え、当たり前のように何人もの転移者プレイヤーを撃ち倒し、ゲームオーバーにした。

 そしてそのことを悔いた。アレンを今ここで殺そうとするのは、人々を脅かすプレイヤーキラーになりうる存在を消すため。それもまた事実に違いない。


「どうせこの世界も時が来れば泡沫と消える。デウス・エクス・マキナに破壊され、廃棄物ガベージの海へと沈むだろう。だが自分からバベルの頂に行かなければ、ループ開始から一年程度は猶予がある。バベルを攻略する者がいなければ……お前が消えてしまえば、あと半年は平穏を享受できる」

「たかが半年? そんなの、それこそ無意味な延命じゃないか」

「パンドラに挑めば余命は一日だ。プレイヤーはゲームマスターには勝てないってのがゲームの常だろ。アーカディアの輪廻は誰にも止められないんだよ」

「やる前から諦めてたまるか。俺は現実へ戻る。そのためにパンドラに勝つことが必要なら、どれだけ困難でも絶対に成し遂げてみせる!」

「口だけならなんとでも言える……この俺がそうだったように。だったら俺に勝ってみせろ、それくらいできずしてパンドラは倒せない。ついでに言えばフランボワーズもな」


 一歩、ネームレスが踏み出す。何度目かの迎撃をアレンは繰り出す。

 だが『拡張脳』を持つネームレスにアレンの『鷹の眼』は及ばない。アレンの射線は容易に読まれて回避される——


「——言われずとも勝ってやる。お前にも、パンドラにも、フランボワーズのやつにも! 来い、『キングスレイヤー』!!」

「な——ッ二挺目、だと? 一体どうやって……!?」


 その瞬間、アレンの手にもうひとつのキングスレイヤーが現れる。それはユウより受け継いだ、『前回』のアレンに与えられたボーナスウェポン。

 会話の間ずっと、アレンは劣勢を覆す手段を模索していた。その中で唯一、可能性を見出せるのがこの方法だった。


「どうして同じボーナスウェポンがふたつある? いや、そうか、パンドラが言っていた『二周目』の男……アサガミユウか!」


 射線をかいくぐったはずのネームレスに、新たな射線が被さる。

 アレンの両手にそれぞれ輝く黄金のリボルバー。二挺の拳銃が一挺の拳銃に比べて倍の射線を持つことは、赤子でもわかる自明の理である。


「読み合いで劣るなら、手数で勝るまでだ!」


 返す返すも、同一人物かつ『鷹の眼』を互いに有するアレンとネームレスの戦いとは、自身の資質を懸けた射線の奪い合いとなる。

 ネームレスの『拡張脳』によって読みの精度で一歩劣るアレンは、二挺拳銃の手数でそれをカバーする。片方の射線をいなされるたび、もう片方の銃が新たな射線を生成して隙を補完。攻撃の手数を増すことは結果的に防御力をも向上させ、ネームレスは攻めの決定打を欠く。


(いける……!)


 二挺の拳銃を駆動させながら、脳は『鷹の眼』をも稼働させる。

 二挺拳銃などアレンの本来のスタイルではない。そもそも『オーバーストライク』での愛銃は短機関銃サブマシンガンだ。よってアレンとて、その扱いには慣れていない。

 しかしながら、アレンにはそれを補って余りあるプレイヤースキルがある。ましてこの近距離だ、利き手でなくともアレンに照準の問題など生じはしない。リロードについてはマグナのコッキングキャンセルと同じく、一瞬だけインベントリに入れて再度取り出す手法を使えば、この通り両手の塞がった状態であっても行えた。


「付け焼き刃の二挺拳銃アキンボが! この俺に通じるかよッ!」


 だが相手は同等の才を持つ、名を失ったかつての『アレン』。最初こそ拮抗していた状況に変化が生まれ始める。

 右の射線をフェイクとしてネームレスに防がせ、アレンは本命として左のキングスレイヤーを向ける。その銃身をネームレスは掌底で弾き、ならばとフェイクに使われた右のキングスレイヤーが引き戻されると、今度は自らの銃でそれを払いながら引き金を引く。


「——っ!?」

「本来じゃないスタイルで取れる動きなんてたかが知れてる。お前にできるのは結局、俺に想定しうることだけだ——!」


 恐るべきは『鷹の眼』、『拡張脳』の権能を得たその才能。

 アレンが次第に二挺持ちに慣れていくのとまったく同じように、ネームレスもまた、アレンの二挺持ちを相手することに慣れていく。

 もはや二挺拳銃であっても、アレンが取る選択肢はネームレスの『鷹の眼』にことごとく掌握されている——


「く、『ブラストボム』っ……!」

「『ブラストボム』」


 いちかばちか、『ブラストボム』による自爆で真横へ跳び、距離を取ろうとするアレン。だがそれさえ完璧な読みにより、まったく同じタイミングでネームレスも自爆する。

 距離を取ることは許されず、爆風に机と椅子が吹き飛ぶ騒音の中、ネームレスの銃口が鼻先へ突きつけられる。

 対処は可能だ。銃身を払い落とすことは。

 ではその次は? 逆の手でキングスレイヤーを向けようとしても、ネームレスはそれを弾く、あるいは逸らす。もしくは背中側にすり抜けるように移動するという可能性もある。『鷹の眼』による予測ではそれぞれ30%、45%、25%。


(——弾いた場合は空の手による防御となるため逆の手で再度射撃を仕掛けてくるだろう。一方銃身を逸らす動きはさっきみたいに掌底で行う可能性が高い。単に弾くより隙が大きく悪手に思えるが、だからこそその隙を突かせて俺を誘導する狙いがある。さっきの攻防では少なくともそうだった。動きにはその人物特有の癖、偏りがある。同じ状況になれば同じ選択を取るのが常道——いや、俺自身でもあるこいつにそんな前提が理解できていないはずがない、だったら安易な読みは命取りになる。『鷹の眼』の予測は50%、25%、25%に訂正。俺がこの銃身を払い落とし、キングスレイヤーを向ければほとんどの確率でネームレスはその銃身を空いた手で弾いてくるだろうしかし一方で読み外した時に致命的になるのは背後に回られることでありその場合即座に対処をしようとしても狙う射線の択を外せば被弾は避けられず特にヘッドショットを受ければHPは一気に危険域になるはずでかといって頭部を警戒して的の大きな胴体を狙われればそれだけで形勢は不利に傾くこれはたとえるならこちらだけグーかチョキしか使えないジャンケンのようなものだネームレスにとってはローリスクで俺にダメージを与える契機となりかねないすなわちここで俺が選び取るべきは的中する可能性の高い方ではなく外した際に一気に趨勢を悪化させる恐れのある——)


 瞬きほどの時間が流れる。アレンの脳を幾多の思考が並列的に過ぎていく。

 短く息を吐き、ネームレスの銃身を左手に持つキングスレイヤーのグリップの底で払い落とす。そして右手のキングスレイヤーをネームレスの眉間へと向けると、わかっていたかのようにネームレスは身をかがめ、腕の下をすり抜ける動きでアレンの背中側へ回ろうとする。

 つまりアレンの読み通り。事前に浮かせておいた右足で、ネームレスの横腹を思い切り蹴り飛ばす——


「気付いてるか? お前、もう詰んでんだよ」


 悲嘆に濡れる碧色のは、その軌道を不足なく追っていた。渾身の蹴りは肘で受け止められる。アレンがここまで読んでいることをネームレスも読んでいた。

 では次だ。アレンの右手側を抜けようとした以上、ネームレスは防御に際し右腕を使用する必要がある。それは射撃能力を失うということ。

 防がれることさえ想定の内、アレンは左手のキングスレイヤーで追撃を試みる。ネームレスは一気に身を落とし、下方へ回避。弾丸は流れる金の髪のみを攫い、床を穿つ。

 回避されたことへの関心はアレンにない。そうなることはわかっていた。ネームレスが次に打つ手、それに対して自分が打つ手、さらにそれを返す一手——

『鷹の眼』の読み合いは現在いまではなく先を視る。極限にまで高まった集中力はアレンに数十手先の未来までもを予測・演算させ、やがて、読み合いの果てに待つ終局を捉えきる。

 ただし。その終局は、アレンの敗北で終わっていた。

 36手先、ネームレスの弾丸は不可避の射線で放たれ、防御さえ許さずアレンの頭蓋を砕く。その結末がアレンには視えている。


「視えたところで覆せなければ意味がない、あの決勝戦と同じように。同じ肉体、同じ経験……ならば思考速度で勝る俺が主導権をにぎるのは当然の帰結だろう?」

「————っ」


 言い返す余裕もない。射線をそらし、かいくぐり、優位を奪うべくアレンは『鷹の眼』の才能を活かして状況に対処する。

 そしてそのすべてが、ネームレスの手の内なのだ。

 だからこそアレンは別の手を模索するしかない。意表を突く動き、あえて悪手と思われる選択。時には軽い被弾さえ厭わず攻める。

 しかしなにをしようとも返す一手が揺らぐことはなく、敵の提示する詰みが近づく。

 残り28手。向けられる銃口を弾くと、それをブラフとした左手が服の襟首をわしづかみにしようと迫る。

 残り17手。綱渡りのようにアレンがやり過ごす攻防がその実、すべてネームレスによる誘導であることはわかっている。

 残り7手。ネームレスの戦術はまるで相手を絡めとる蜘蛛の巣だ。彼が用意した以外の選択肢は枝を切り落とすようにことごとく排除され、気付いた時には自由を奪われている。

 残り1手。射線の対処に追われるアレンの重心が崩れ、致命的な隙を生む。

 それはわずか一秒にも満たない、一呼吸ぶんの隙。されど、計算され尽くして生み出された決定的な刹那だった。


詰みデッドエンドだ『アレン』! データの藻屑と消えろ、一足先に!!」


 頭蓋に向けられる銃口。迷いなく引き金を引く指。

 これこそは『鷹の眼』の完成形。盤面を俯瞰する——それだけに留まらず望む終局に向け戦況を推移させる、相手を詰みへと誘導する蜘蛛の手管。駒の動きさえ掌握する完全な盤面支配により確実たらしめられた、逆算の論理に導かれる必然的一発。

 すなわち、魔弾!


「ぅ——あああああああぁっ!!」


 同じ『鷹の眼』を持つアレンでなければ、ここまでの攻防すべてがこの一発の弾丸のために組み立てられた論理の俎上そじょうだったのだと、気が付くことさえできないだろう。

 そして予測ができていてなお、その弾丸は回避不能。最善にして必然、それこそが魔弾足りえるということである。

 額に弾丸を受け、アレンは教室の硬い床へと倒れ込む。明滅する視界、スパークする思考。完璧なヘッドショットは痛みを通り越し、あまりの衝撃に意識まで刈り取ろうとする。


「……今のでゲームオーバーにならないのか。存外、レベルが高かったみたいだな。もっとも無意味な幸運だったが」


 ネームレスの足がゆっくりと、倒れるアレンへと近づく。逆算の魔弾に耐えたとて、残存HPは一割ほど。次弾に耐えられる値ではない。このままでは今度こそゲームオーバーの奈落へ落とされてしまうだろう。

 立ち上がり、戦わなくてはならない。しかし、アレンの頭を占めるのはそんなことではなく。


(同じ肉体……同じ、経験)


 貫かれた頭蓋の中では、ネームレスの言葉だけが反響する。

 同じ肉体。同じ経験。

——本当に?

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