「は」
頭を撃ち抜かれた衝撃が偶然にも功を奏したのか。それとも、単に戦っている間は戦闘以外のことに思考を割く余裕がなかったのか。
激痛に白く染められた頭が、ひとつの結論を見出した。
「はは」
「——?」
倒れたままのアレンの胸が小さく上下する。口から呼気が漏れ出て、息を吸うとそれに合わせて肺が膨らむ。
アレンは笑っていた。
「ははっ、はは——ははは」
「……なにがそんなに面白いんだ? 失敗だらけの自分の人生がおかしくなったか?」
怪訝に眉を寄せ、ネームレスが足を止める。殺す前に、この状況で笑う理由が知りたいのかもしれない。
「我ながら抜けてる。ノゾミと会わなかったことで『前回』の俺はプレイヤーキラーになった……そう推察してたのは俺なのに、こんな簡単なことにも気付かないなんて」
「ノゾミ? 誰の話だ?」
「ネームレス、やっぱりお前こそが偽物だ。お前と俺は決定的に分かたれている。俺とお前が歩んだ道は、同じなんかじゃない」
「突然なにを言うかと思えば……同じだろうが、肉体も! 経験も!
「お前がこのアーカディアでどんな風に過ごしたのかなんて知らない。でも、俺はお前と同じ道はたどらない。それを今、証明してやる」
鏡像に向けて吠え立てるように、ネ-ムレスは怒りを込めた声で叫ぶ。それは彼自身が歩んだ過酷な道程の現れだ。
人を撃つ道に平穏などない。それは現実でもアーカディアでも同じこと。プレイヤーキラーとして外敵を撃ち続けてきたネームレスに、心休まる時などなかっただろう。たとえば騒がしい友人に頬をつままれたりすることも。
血で染められた深紅の道——すべてが粒子へと還りゆくアーカディアにおいて、そう称するのは間違いだろうか。ともあれアレンはただ、証明するだけでよかった。
(ユウも、シンダーも、そんな俺を信用してくれた。だったら初めから、戦う必要なんてなかったんだ。俺が意志を示すことさえできれば)
その道を、歩むことはないのだと。
真贋など問題ではなく。夢の成否もまた、誰にもわかるはずはない。ならば必要なのは、その夢路こそが正しいのだとひたむきに信じる意志なのだ。
頭蓋の痛みは止んでいる。アレンは立ち上がり、こちらを刺すようににらむネームレスに対し、右腕を掲げた。
「銃を——キングスレイヤーを戻した? なんのつもりだ!」
「言ったはずだ。証明してやる。俺と、『アレン』じゃなくなったお前との違いを」
両手から黄金の銃が消失する。軽く息を吸う。肺がきしむ。
偽物ではないと、その意志を示す時だ。
「……来い。『クリムゾン』!!」
「————、なんっ」
虚空より来たる、アレンの小さい体躯に不釣り合いな狙撃銃。
アレンは銃身を振り下ろすように構える。ネームレスが驚愕の言葉を吐ききるより先に、重い銃声とともに細長いライフル弾がその胸の中心を貫いた。
「が……ッ、ぁ——ぐ、っ……なん、で」
倒れなかったのは意地によるものか。紅い銃床のスナイパーライフルを呆然と見据えながら、よろめく体を手近な机にもたれて支え、ネームレスは叫ぶ。
「なんで……お前が! それを——マグナさんの銃をッ!!」
「思った通り、お前はわかり合えないままマグナさんを倒したんだな。交わすべき言葉を交わさないまま、キングスレイヤーでHPをゼロにして、ゲームオーバーにした」
碧色の目を見開き、驚愕が表情を塗りつぶす。
ネームレスは知らないのだ。アレンが、マグナのボーナスウェポン……『クリムゾン』を有することを。
知らないのであれば計算にも入れられない。いかなネームレスの強化された『鷹の眼』でも読むことのできぬ一手。
「まさか……奪ったのか!?」
「違う。託されたんだ」
「託された……? ばかな! マグナさんが、遺したのか……っ?」
「そうだ。夢を諦めたふりをしていた俺の背を押して、この銃を遺してくれた」
敵対した時、マグナは言った。アレンは偽物だと。
それは、人を撃つゲームに心を奪われた身でありながらアーカディアを否定するアレンに対して、FPSプレイヤーとして偽物だと告げたのだ。
だが最後は、そんなアレンを認めてくれた。それでこそアレンであり、偽物などではないのだと笑ってみせた。
ならばこの意志を貫徹することに、迷いなどあろうはずもない。
「大切な仲間と、かけがえのない夢。これこそが俺の意志だ。そして両方を自らの手で棄てたお前は、その瞬間に『アレン』じゃなくなったんだ」
個人をその個人たらしめるものとは一体なにか。
ネームレスが『アレン』でなくなったのはきっと、パンドラに目覚めさせられ、名を欠いた瞬間ではなく。自らのループでマグナを撃ち殺し、燻り続けていたはずの夢の種火を自ら踏み消した時。
「……そんな道もあったのか。このアーカディアで、マグナさんとわかり合うことが俺にはできなかった。でも、お前にはできたんだな」
ネームレスの手からキングスレイヤーがこぼれ落ちる。摩耗した彼の内にはもう、『アレン』が持ち続けた王殺しの
ロシアンルーレットにおいて互いを傷つけない結末を選んだアレンを、ユウが信用したように。〈サンダーソニア〉と関わりのない身でありながら、遭難したサクを助けるため進んで協力をしたアレンをシンダーが信用したように。
まさに意志こそが、その人間の証明なのだ。
「ああ。わかっていた。わかって……いたさ。偽物は俺の方だ。俺の夢を間違いにしたのは、俺自身だった」
少なくともこの二者は、アーカディアに来た当初はまったく同一の人物だったはずだ。同じ肉体、同じ経験、同じ才能——そして同じ思考、同じ意志を抱いていた。
けれど、その意志を違えた今、それは別の人物と言って差し支えない。見た目やその能力が同一であっても。
銃を手放したネームレスはその場に崩れ落ちる。もはや戦意もあるまい。そもそもアレンが同じ道をたどらないと示した以上、戦う理由もなくなった。
(——また、あんたに助けられたよ)
アレンは深紅の銃床を労わるように優しくなでて、それからインベントリへと消失させた。そして顔を上げ、座り込んだまま動かないネームレスを見る。
……虚ろな表情。電池の切れたロボット、もしくは魂のない人形を思わせる。
しかし近づくと、その碧色の目は反射的に動き、アレンを捉えた。
「まだ、なにか言いたいことでもあるのか? お前の言う通り俺こそが偽物だ。
「やっぱりそのつもりだったか。まったく、夢を捨てて諦め癖が付いたんじゃないのか? お前」
「あ? 喧嘩を売りたいのか?」
「違う。おいやめろ、違うって言ってんだろ。キングスレイヤーを出そうとするな! そうじゃなくて……消える必要なんてないってことだよ」
「……それこそ不可解だな。俺を否定したのはお前だろうに」
床に尻を乗せたまま、じとりとネームレスがにらむ。
「お前の存在までもを否定したわけじゃない。ただ、俺とお前は別人だと示しただけだ」
ユウに対し、『前回』のアレンとは違うのだと示したように。この古くも新しい教室で、アレンはネームレスとは別の道を歩むのだと示した。
つまるところ、ユウとネームレスは同じ危惧を抱いていたのだ。
アレンという存在がこのアーカディアにとっていかに巨大な影響を及ぼすか。いみじくもマグナは、少なくともこの世界において、FPSのプロとは対人戦のプロだと言ってのけた。
『クラウン』という例外を手にしなければ、あのカフカとていかにレベルを上げようとも戦闘ではアレンやマグナには遠く及ぶまい。それほどまでに国内トッププロだった〈デタミネーション〉のプロゲーマーたちと、一般人である
「それなのにお前が消えたら、俺が殺したも同然だろ? そういうのは俺はやらないんだよ。ここはゲームじゃなく、ゲームに近いだけの現実なんだから」