小学校から帰宅した
絶命の瞬間まで這っていたのか、リビングの方向から塗り付けたように血痕が伸びている。助からないのは一目瞭然だ。裕翔はこみ上げる虚無感を抑え、夢遊病患者のような足取りでリビングに移動した。板張りの床を踏みしめるごとに生臭さが強くなり、さらなる悲劇を予感させる。
「母さん?」
リビングには、果たして母親が倒れていた。腹部の大部分が切り取られており、赤黒い空洞からは体液が溢れ出している。裕翔はそれ以上直視できず、何度も嘔吐を繰り返した。
喉を焼く不快な感覚。
胃の内容物を吐ききったところで、ようやく呼吸が落ち着いてくる。
まずは警察を呼ばなくては。
裕翔は玄関に引き返す。だが、二階から降りてきた足音と鉢合ってしまう。
「おかえり、待ってたよ。小学校は楽しかったかい?」
現れたのは、見覚えの無い初老の男だった。スーツの上からでも伝わるほど引き締まった肉体と、頬に走った大きな傷痕。只者でないのが一目で見て取れる。裕翔は警戒心を最大値に合わせながら、震える声で問い掛けた。
「おじさん、誰ですか……」
「世間一般で言うところの、正義の味方だよ。ただ、君にとっては悪い人かもね」
男は柔和な笑顔のまま、ジャケットの内側へゆっくりと手を伸ばす。裕翔が明らかな殺意に気がついたのは、銃身を視認して数秒経った後だった。弾かれるように玄関扉へ走り出すが、伸ばした手はドアノブに届かない。
「ごめんね。目撃者を逃したら、
謝罪と銃声。
放たれた弾丸は裕翔の後頭部を貫通し、視界の中央で花火が咲く。
「おやすみ少年。恨むなら、キミのお母さんの能力を恨むんだよ」
力を失った身体は玄関扉に衝突し、ねじれるように崩れ落ちる。
薄れゆく意識の中で裕翔が最後に見たのは、硝煙で歪んだ銃口。
以上が、とある一家を襲った悲劇の記録である。
この凄惨な事件は、死者三名・行方不明者一名を出したにも関わらず、表沙汰にされることなく闇へと葬られた。