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首を吊って目が覚めたら、不死身になっていました
首を吊って目が覚めたら、不死身になっていました
唱対夢
現代ファンタジー異能バトル
2025年04月18日
公開日
2.9万字
連載中
首を吊った女子高生、七森楓等は不死身の存在「不治者」となって復活した。 そんな彼女を目覚めて早々、不治者によるテロ集団「レオン一派」が襲う。 世間では公表されていない不治者が隠し持つ「異能」によって次々に襲われた彼女を救ったのは、デイビットのテロを阻止するために日本へやってきたレッドノーティス「デイビット・マドソン」であった。 成り行きでデイビット一派へと所属してしまった楓等は、敵対するレオン一派の少女、国原椛に気に入られてしまう。 連日逢瀬を繰り返すうちに姉妹のような関係へと発展していく二人だが、しかし、楓等は椛の過去を知り選択を迫られる。 「それでも止めるよ、椛。私、どうしてもあなたを諦められないっ!」 テロへ加担する椛を止めるため、楓等は「異能」を発現させて戦いに身を投じていく。 しかし、テロの裏には公安や不治者たちの思惑が蠢いていて…… 自殺を選んだ楓等が最後に選択したものは──

第1話



 メープルシロップみたいな、甘みが広がる。



 けれど樹の蜜特有の、えぐみも甘みの奥にある。


 すぐに、そのえぐみがうっ血して固まった、血の臭いだと理解した。



「か…はぁぁぁぁ…っ!?」



 臭くて、不味くて、吐き出そうと試みても、そのために必要な空気が肺にない。呼吸で空気を取り込もうとしても、咽頭が閉鎖しており何も吸えない。


 結果咽頭の間隙を縫ったのは、隙間風の笛鳴りのような、甲高い唸り声だけだった。

 激しい首への圧迫感に、わけもわからずもがく。瞼の間から見えたのはいつもの自室。しかし、景色が高い。まるで天井に張り付いているかのような景色と、首への圧迫感から、自身が首を吊っていることに気付いた。


 一瞬見えたはずの景色も、刻一刻と瞼が重くなっていく。景色が黒く歪んで、意識が再び遠のいてしまう。瞼が落ちきれば死ぬ。足を必死に振り回すが、何に当たる事もなく宙を踊るばかり。


 両手で首に掛かる縄を掴もうとする度に、深く肉に食い込んだ縄に届かず爪が首を掻き切った。


 苦しい。痛い。苦しい。苦しい。なんで?どうして?死ぬ。


 目玉が勝手に上を向き、堕ちる寸前。

 ぶちっ、と上から音が鳴り、落ちた身体が受け身も取れずに地面に打ち付けられた。


「っはぁぁ……」


 地面に打ち付けた頭と食い込んだままの頸を撫で、顔を上げた。天井に括ってあったのは、縄ではなくネクタイだった。



「なんで…私、こんな事を…?」



 記憶がなかった。自殺を図るような心当たりなどなく、理解が追い付かない頭は自室を見渡す。立ち上がりながら、早鐘を打つ胸を抑えて意味もなく数歩歩いた。


 代り映えのしない部屋である。椅子が倒れているのは自殺のための台にしたからだろう。それは紛れもなく、自らが足場にして蹴り飛ばしたからこその惨状であり、他者に自殺に見せかけて殺されかけていた可能性を希釈する。


 整理整頓された部屋は几帳面で、少し武骨さを感じさせる。けれど、ベッドとサイドテーブルに置かれたぬいぐるみの数々が、微かに女子の部屋らしさを醸し出していた。

 そんな几帳面な部屋のベッドには、似つかわしくなく高校の制服とブレザーが乱雑に置かれていた。



「普段の私だったら、ハンガーにかけるはず。電気もつけずに…私、何かを忘れてる…?」



 ドアの近くの姿見に近づき、自分の全身を見た。

 下着の上からシャツだけを羽織っているが、そのシャツはボタンを掛け違えている。リボンは緩んで垂れ下がり、ブラジャーの緩さからブラジャーのフックまでも掛け違えている事に気づいた。


 学校から帰ってきて自殺を図ったのか、学校にいくための支度途中に自殺を図ったのか。いずれにせよ、制服を脱いだか着たか、その二つのシチュエーションどちらかで事は起こったのだろう。


 深く食い込み、くっきりと痕が残っている首を撫でて少女は必死に遡及した。


「そもそも、今日は何日だっけ?…二十四日、クリスマスイブだったような」


 部屋を見渡し、机に置かれていたスマホを手に取って時間と日付を確認する。


「…え?十二月、二十七日?…三日、空いてる」


 すぐに少女は毎日ログインしているソシャゲを起動した。毎日欠かさずログインし、通算連続ログイン日数九百日を超えているゲームを開くと、連続ログインは三日前から途絶えていた。


「どういうこと?三日間、私は何をしてた?毎日欠かさずにログインし続けてきたゲームにも触れずに…最後の記憶、どこで記憶が途絶えた?」


 いくら考えても何も思い出せず、少女はラインを開く。生憎な事に普段から連絡を取るような親しい友人はいない。それでも、覚えのないトークが一つあった。


「…父さん?」


 父との、ラインだった。

 そこに至った瞬間、首が猛烈に痛み、呼吸が苦しくなる。


「…あれ?あれ?私…何、したっけ?」


 スマホを落とし、わずかに頭を抱えた。


 パチパチとラムネのように記憶が爆ぜ、思い出そうとする意志とは無関係に本能が追憶を妨害する。何度も何度も歯を食いしばり、目を瞑って思い出そうとするが、思い出せるのは感情だけだった。


 愛情、恐怖、寂寞、無念、諦観、憎悪、嫌悪、厭悪、罪悪感。


 溢れ出る感情に息が出来ず、自分の胸を繰り返し殴った。


「かっ、くぅ…ふぅぅ」


 殴り続けて、やっと空気が喉を通り始める。一杯一杯に呼吸を繰り返し、冷えてきた頭を抱えて少女は振り返り、ドアノブに手をかけた。


 引いて開け放ち、廊下に立つと眩しさに目を細める。


 遮光カーテン越しに自室に差し込む日差しから、察してはいたが今は朝であるらしい。


 廊下には燦燦とリビングからの日差しが差し込み、暗い自室から天国にでも来たかのようだった。眩しさに目を細めながら、真向いの父の部屋へ一歩近づく。


 鳥が歌い、冬の寒さを晴朗な日差しが温める心地の良い朝に。少女はその扉を開けた。



「──あぁ」



 全ては察していた通りだった。何故か全てをわかっていて、それでも開けなければよかったと後悔に蹲る。



 開けた瞬間に、臭いが鼻についた。腐敗と汚物。


 開けた瞬間に、景色が目についた。死肉と朱色。


 開けた瞬間に、感傷が肌についた。絶望と渇望。



「おぇぁぁぇ…」



 三日前、自分が何を思ったのか。何をしたのか。依然思い出せないまま。


 勝手に溢れ返ったのは、汚物だけだった。一つだけ理解できたのは、父は死に、そして自分が自殺をしたこと。

 きっとこの二つは同じ事で、同じ思いで。



 父の部屋には一歩だって踏み込めないまま、その朱い部屋に汚物だけを吐き散らかして、記憶に蓋をするように扉を閉めた。







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