※
ショッピングモールのデッキの手すりに手を乗せて、睥睨する眼下でミサイルの爆炎が上がった。
「デイビット…やはり来ていたか」
レオンの呟きは独り言であったが、復活したばかりの男が返事を返した。
「俺らは追わなくていいのか?あの女、上玉だぜ?」
「下品な物言いはやめてくれよ、カーボン。僕たちは崇高な行いをしているんだ。それに、僕らにくっついていた羽虫を振り落とすという目的は、もう達した。今のうちに拠点を変えよう」
レオンが振り返ると、椛も既に復活していた。満足げに頷いて、歩き出そうとした刹那。
レオンの頭蓋を正確な弾丸が貫いた。
「…あ?」
カーボン、と呼ばれた男が怪訝そうに周囲を見渡す。
しかし、辺りは既に先ほどの戦闘機特攻によって閑散としていた。誰に近づかれたわけでもない以上、狙撃である事は確実だった。
そうこうしている間にレオンが生き返り、むくりと立ち上がる。
ヘルメットに開いてしまった穴を名残惜しそうに撫でて、カーボンと同じく辺りを見渡した。
「…ふむ」
「サツか?」
「いや、にしては判断も含めて早すぎるな」
三人は狙撃を受けたというのに一向に身を隠す素振りも見せず、呑気に考え込む。
ふとレオンが己の足元を見ると、そこには自分自身の血で出来た脳漿混ざりの血だまりがあった。
答えが出たのだろう、レオンが口を開く。
「四年前、不治者戦争で狙撃手の不治者と戦った事がある。彼はフランスの外国人部隊だったかな。もう一発撃ってくれれば場所がわかるんだけど、向こうも確認の一発だったみたいだね。お互いに不治者だとわかれば、戦いは不毛だ」
「あいつらこんなところまで追ってきたのか」
「フランスでも一杯殺したからね。そりゃどこまでも追ってくるさ。行こう、特殊部隊が総出で攻めてくる前に」
音頭を取って歩き出しながら、カーボンが何気なくレオンに問う。
「ところで、なんで相手が不治者だとわかったんだ?普通の狙撃手の可能性だってあるだろ?」
「あぁ、カーボン、君は僕ら不治者の根本的な力とは何だと思う?」
「…死なない事、だろ?」
「惜しい!半分正解。僕たちの最大の力って言うのはね、その時間遡及能力だよ」
「…は?」
「異能も、蘇生も、時間を遡る力の末端なんだ。元を辿れば同じ力を基礎としている。だから相手の末端能力である異能と、自分の末端能力である蘇生が被さると、遡及能力が混ざってしまう。本来細胞単位で時間を巻き戻し蘇生するはずが、相手の時間と混ざり阻害され、時間を巻き戻せなくなるんだ」
レオンは楽しそうに蘊蓄を語りながら、現場を離れていく。
「すると仕方なく、身体の素材を一から創り出して復活する事になる。つまり、不治者が同じ不治者の異能で殺されると、その身体の一部が巻き戻らずにその場に残る事があるんだ。さっきは、僕の血と脳みそが巻き戻っていなかったろ?」
「…へぇ、役に立たなそうな蘊蓄だな」
自分から質問しておいてかなり粗略な返しだが、レオンは気にせず楽しそうに笑う。すぐに、少し離れた位置からついてきていた椛へ視線を向けた。
「ところで椛ちゃん、あの女子高生の名前は聞けたかい?」
立ち止まった二人にゆっくりと歩いて追いつき、椛は首を振る。
「ううん、警戒心が強くて、聞く前に交渉決裂しちゃったよ」
澄んだ目をしていた。嘘などついた事も、脳裏に浮かんだ事もありませんといった、清く美しい微笑み。
「そっか。そのマフラーはどうしたの?」
「あの子が逃げる時落としていったから、貰っちゃった」
本当なら窃盗だが、それを照れくさそうに笑う椛を真っすぐに見下ろす。
「…そうか。僕も少し考えたんだ。交渉役である君が成功すればよし、決裂すればカーボンが力づくで。そういう計画だったわけだが、落ちてきた彼女は状況さえ理解していなかった。君がいきなり彼女を襲ったからだ。そのせいで彼女は我々への強い不信感を抱き、交渉の余地がなくなった。もしも僕の仮説が正しければ…君はとんだ伏兵だと思わないかい、椛ちゃん」
その圧を受けてなお、椛は飄々と笑ってバイザーの奥の瞳を正視した。
「そんなに睨まないでよ、レオン」
※
「ちょっと、ちょっと待ってくださいって!私を、どこに連れ込む気ですか!?」
思い切り足にブレーキをかけ、楓等はデイビットの腕を振り払った。
猜疑心たっぷりに男を見上げると、やはり男は面倒そうに眼を細めて後ろを親指で指す。
「どこって、アパホテルだが?」
「JKを、ホテルに!?」
目をまん丸にして信じられないとオーバーリアクションすると、デイビットは呆れたように肩を落とした。
「何なんだお前は…何を警戒してるのかしらんが、お前のようなしょんべん臭いガキに興味などない。状況分かってるのか?さっさと行くぞ」
楓等の渾身の海外コメディアン風リアクションには触れる事すらなく、むんずと腕を掴まれてホテルに連れ込まれてしまう。
一応、そういう性的な事に関してはトラウマがある楓等にとっては死活問題だったわけだが、その一顧だにしない様子に返って安心しながらついていく。
「いらっしゃいませ」
自動ドアを抜けると、暖色を基調とした清潔感あるフロントが広がっていた。床も壁も黒くはあるが大理石のように輝いており、受付前には自動チェックイン機が置かれている。
落ちついた雰囲気に一気に時間が遅くなったような感覚を味わいながら数歩進むと、男性の静かな挨拶が聞こえた。
「って、なんだお前かデイビット」
受付前まで行くと、知り合いだったらしく受付の男が苦々しくひきつった顔をした。
「久しぶりだな、立花」
「お前が日本に来た一か月前以来か?そっちの子は?」
「レオンに狙われていた、俺達と同じ不治者だ。しばらく匿ってくれるか?」
デイビットが簡潔に説明すると、立花と呼ばれた男は楓等を舐め回すように下から順々に見遣った。その目線が、首元で止まった、ような気がした。
「…なるほど。わかった。ちょっと待ってろ」
言うと、立花は何やら高速でタイピングをし、カードキーを差し出した。
「一二〇六号室だ。気が済むまで泊ってきな」
「えっ、でも私、お金とか今もってなくて…」
「俺は支配人だぜ?友人の客人を泊めるのに金なんてとらねぇよ。うちで唯一のデラックスツインルーム、楽しんできな。デイビット、お前はどうする?」
「俺は奴らを追う。もう難しいとは思うが…」
楓等が渡されたカードキーを手持ち無沙汰に持っていると、デイビットが肩を叩く。
「お前がこれからどうするのかは知らんが、何か入用だったら立花に言え。多少融通は聞く男だ。じゃあな」
言うだけ言って、すぐに出て行こうとする男に楓等は深々と頭を下げた。
「ありがとう…ございます」
しかし、やはり男は抑揚もなく、つまらなげに「気にするな」とだけ言って出て行った。