都立北冬高等学校 4階 1年C組教室
「あ、鍵閉めるんで、そろそろ出てってもらっていいすか?」
黒髪の男子生徒、
「……え?何?」
「えと、だから、俺日直で教室の鍵閉めないといけないんで、そろそろ出てってくれないと困るといいますか……」
「あー、はいはい日直ね。お前だったんだ。えーと………名前なんだっけ?」
陽キャ集団のリーダーっぽい男子…緒方が申し訳なさげに返す。
「六ツ川だよこいつ。休み時間いつもスマホゲームばっかやってて、誰とも話さない陰キャくん」
「そういやこいつ授業の時もゲームやってる時も無表情らしいよ?」
「マジ?それってあれじゃね?虚無ってやつじゃね?じゃあ、虚無ツ川だコイツ!虚無ツ川ー!」
緒方の友人たちが面白がって唯我にちょっかいを出して、笑い出す。
「いや長いだろその呼び方。つーか同級生に変なあだ名つけてやるなよな。悪いな六ツ川、俺らすぐ出るから」
「あ、あはは……そうしてもらうと助かります」
陽キャたちに合わせて唯我も作り笑いで応じる。友人たちを窘めながら緒方は「敬語とかウケるわー」と未だからかう男子たちと一緒に教室から出て行った。一人になったところで唯我は煩わしげに息を吐いた。
「……ちっ、何が虚無六ツ川だよ。これだから陽キャと話すのは嫌だっつの。何で俺が日直の時に限って居残るかな」
先ほどまでの作り笑いを引っ込め虚無の表情に戻った唯我は、そうひとりごちた。
「さっさと鍵と日誌を渡して家に帰って、新作の続きやりてえ」
自分の学生鞄、学級日誌、教室の鍵を持って教室の外へ出ようとしている唯我の頭の中は、先日購入した新作ゲームの続きをプレイすることでいっぱいだった。
六ツ川唯我、15才。平凡な顔立ち・体型の男子高校1年生。勉学と運動も平凡レベル。
好きなこと・趣味はゲームで、得意なこともゲームである。どれくらい得意かと言うと都内に越してくるまで毎年、地方の大会に出場、優勝もしたことがあるくらいだ。特に格ゲーとアクションが好きで、どっちのジャンルも大会で成績を収めたことがある。
彼は俗に言うゲーマーである。
逆に苦手なもの・嫌いなものは、団体行動と他人とのコミュニケーション。
その為彼は思春期が始まってからずっとコミュ障をわずらっており、一人でいることを好んでいる。
そのせいで中学三年間クラスに馴染めず、クラスメイトからは陰気、ゲームオタクなど陰口を叩かれたこともあった。高校も同じようなもので、入学して半年以上経った今も、中学時代と同じ道を辿っている。
また、ゲーム以外で取り柄と呼べるものが無く、将来やりたいことも無いため、人生に退屈し世の中に価値を見出せずにもいる。
中学3年2学期、当時の担任から進路希望を聞かれた時も――
「六ツ川、クラスの中で進路希望を出してないのお前だけだぞ?せめて進学先だけでも書いてもらわないと、先生困るぞ?」
「え、あーはい。すんません」
「将来やりたいことは無いのか?」
「えー、あー……色々考えてみたけど、何も思いつかないです(強いて言えば、さっさと帰ってやり込み中のゲームがしたい)」
「はあ……。六ツ川は何というか、本音をちゃんと話してくれないな。先生にも、クラスメイトにも」
「そうですかね。あんま考えたこともなかったんで何とも……」
「本音や悩みを話せる人がいるいないだけでも、人生大きく変わるぞ?まずは一人でもいいからそういう友達をつくるところから始めてみろ?もう2学期も終わるというのに、お前が誰かと仲良くしてるところ先生見たことがないぞ?」
退屈そうな表情で応答する唯我に、担任はそう指摘した。唯我は内心「うわ、全部当たってる!すげー、さすがは教師歴10年以上のベテラン」と感心した。
その後も「じゃあ進学先は徒歩か自転車で行ける範囲の公立を探しときます」と無難な返答をして、担任をあしらった―――こんな感じで、唯我は自分のことなのにまるで他人事のように将来のこともテキトーに決めてきた。
ゲームをプレイしている間は万能感に浸れるが、それ以外は無気力で虚無ばかりの景色が広がっているようだった。
ゲーム以外で自身の存在を燃やせるようなものが見つからないうちは、リアルではこのままずっとこんな感じなんだろう。ゲームの為にただ何となく生きているだけさえいる……唯我はそう悟ってもいた。
とりあえず今は
(あそこって確か手芸部の部室だったっけ)
そう思いながら眺め続けていると、自分の視線に気づいたのか彼女はこちらの方に振り向き、目が合ってしまった。
「あ……っ」
咄嗟に視線を外し明後日の方へ顔を逸らす唯我。パッと見た感じ、同じ黒髪の大人しそうな感じだったので、変に絡まれることはなさそう。とはいえ何だか気まずい感じになってきたので、さっさとこの場から離れよう。
そう思って彼女がいる方とは反対側…あえて遠い方の階段へ足早に向かおうとする唯我だったが―――
「――うおっ!?」
「きゃ……!?」
振り返った瞬間、強い光が差し込み、唯我は思わず目を瞑った。後方から小さな悲鳴が聞こえた気がした。さっきの彼女もこの光に当てられたのだろう。
「~~~っ。何だ、今の光は―――っ、え……?」
目くらましから立ち直り目を開いた瞬間、唯我は自分の目を疑わずにはいられなかった。
「え、は――?」
自分はついさっきまで学校の廊下(教室前)にいた。それは間違いない。
では、今映っている「これ」は、いったい何なのだろうか。
「な……っ」
見上げると天井ではなく、青い空と白い雲が広がっていて、
自らの足がついてるのは廊下の固い床ではなく、雑草と砂利が混じった地面で、
見回すと大きな木や見たことも無い植物、ごつごつした岩肌の丘陵などが見られ……
「なんだこりゃあああーーー!?」
視覚に対するあまりの情報量に理解が追い付かない唯我は、とりあえずそう叫んでみた。
「えっ、え……!?何、ここ!?」
すぐ近くから声が。ここには自分一人だけだと思い込み叫んでしまったことに羞恥心をおぼえながら、声がした方に顔を向ける。
「私、さっきまで学校の廊下にいたはずじゃあ………」
(あの子、さっき廊下で目が合った………)
同じ学校の制服の女子がいることから、自分だけが幻覚を見ている、あるいは別のどこかへ飛ばされたわけではないことを把握する唯我。
だが、この異常な現象に巻き込まれたのが自分と彼女だけではないことが、さらに別方向から聞こえてきた声で明らかとなった。