「ふあ……」
「ありゃ、眠いの修ちゃん?」
「んあ? だなあ、昨日あれだけ寝たのに疲れが取れていない感じがする」
「今日も休んだら良かったのに。あたし、看病します!」
「なんで敬語で敬礼するんだ……」
翌日、すっかり元気になった俺は真理愛と共に登校していた。
だけど、口にしたとおり疲れが取れた感じはなく、気だるい状態が続いていたので眠気は消えていない。それでも頭痛があるわけでもないしと学校へ行くことにした。
「それじゃあ、またお昼にねー」
「おう、またな」
俺は教室前で真理愛と別れて中へ入ると、霧夜が声をかけてきた。
「よ、もう大丈夫なのか?」
「サンキュー、昨日は酷かった……まあ一昨日の夜からなんだけど、あの頭痛は死ぬかと思った」
「マジか、今まで大病をしなかったお前らしくないな。そうそう、らしくない、といえば事件があったぞ」
霧夜が珍しいと心配してくれる気持ちが嬉しい。それと同時に事件とやらにも興味があるなと俺はカバンを机の横に下げ、椅子に座りながら続ける。
「事件? 下界はともかく、おおよそ平和な学校に何が……?」
「商店街を下界と呼ぶな。まあ、確かにあそこまで物騒な事件ではないけど、八塚も昨日休んでいたんだ」
「マジか」
お嬢様の八塚 怜は先日早退をしているが、あの時以外で見たことも聞いたことないし、まして丸一日休んだことなど無い。
そう言われれば規模は大したことないが、俺達の学年で考えれば事件と言えるだろう。
「ああ。彼女のクラスはお通夜だったみたいだぞ」
「それは理解が及ばないから要らない情報だ。ま、八塚ってお嬢様だろ? 最近事件も多いし、家から出さなかったとかそんなところだろ? この前、早退していたから病気だった可能性もあるけど……見た感じ元気そうだったしな」
「そう言われれば確かに。しかし、早退をしていたのか?」
「一昨日、グラウンドで見たぞ」
「はいはーい、ホームルーム始めるわよ! あら、神緒君、体調は大丈夫なの?」
霧夜と話していると、担任の先生が入って来た。俺の姿を見ると、微笑みながら声をかけてきた。
「正直、死ぬかと思いましたけどね。今日はすっきりしてますよ本庄先生……ふあ……」
「はっはっは、なんだ大あくびじゃないか! まあ、元気そうで何よりだ。お母さんの電話は結構焦っていたからなあ。それじゃ、今日の連絡事項だが――」
と、担任であり国語教師である
世間では凶悪事件があったり、人が消えたりと物騒だが学校内は平和そのもの……だと思ったんだが、この日はいつもと違っていた。
何故なら――
「今日はBクラスと合同体育だ、クラス対抗でサッカーをやるぞ!」
「「おおお!!」」
「やほー、修ちゃん」
「お前んところと合同か。ほえ面をかくなよ?」
「ふーん、そんなこと言うんだ? ならウチが勝ったら今度修ちゃんに商店街で服を買ってもらおうっとー♪」
「絶対に負けられなくなったな」
「勝つぞおらぁ!」
「じーっ……」
――どこかで俺を見ているような気配を感じたからだ。
「ん? 何か視線が……?」
「どしたの修ちゃん?」
「いや……」
他にも――
「修ちゃんー、霧夜君、お昼食べよう♪」
「ああ、体育の後でも相変わらず興津は元気だな」
「真理愛はそれだけが取り柄だからな」
「修ちゃんはそれすらもこの前無くなったもんね……」
「おい、こら、深刻そうな顔で何言ってんだ! ……!?」
「じーっ……」
「なんだ……?」
「どうした修? 早く飯を食おう」
「あ、ああ……」
――といった感じで、今日は視線や気配を感じる日だったのだ。そしてそれは一日中続いていた。
そしてその結末は放課後に訪れることになる。
「神緒 修君、ちょっといいかしら?」
「んあ?」
艶やかな黒髪ロングのストレートヘアを携えた女の子があくびをする俺に声をかけてきた。瞬間、クラスが騒然となる。
「お、おい、あれ、八塚じゃないか」
「なんで神緒に声をかけているんだ……?」
「冴えないのに……」
最後のは余計なお世話だ。
そんなことは俺が一番よく知っているし、きっと大きくなったら結婚しようと言ってくれた真理愛以外に告白されることもないであろう。
まして目の前に居るお嬢様から告白されるなどといったことは絶対に無い……
「校舎裏まで来て欲しいの。行きましょう」
「う、うぉっほん! い、いいでございますですよ!」
「……?」
……とは言い切れないかもしれない!? 俺は首を傾げる八塚から霧夜に目を向け、お願いをする。
「すまん霧夜。俺は一足先に行かせてもらうよ……真理愛には適当に言っておいてくれ」
「お前が考えているようなことは恐らくないと思うが、興津に見つからないよう早く行った方がいいんじゃないか?」
「おっと、そうだな。八塚、行こうじゃないか!」
「え、ええ……こっちへ」
今まで高嶺の花だと興味が無かったけど、改めて見るときょとんとした顔がとても可愛い。接点とか全然無かったけど、校舎裏にふたりきり……これはもうアレしかないよな?
そんな期待を胸に秘めて俺は八塚の後を追い、程なくして校舎裏に到着すると八塚は俺に背を向けたまま立ち止まり、振り向かない。
「どうした……?」
「いえ、ちょっと気を落ち着かせているだけよ。……ふう。それで神緒君にここまで来てもらったのは聞きたいことがあったからよ」
来たか、と俺は口元を緩ませて言う。
「彼女は居ない! だから何も問題なしだ!」
「昨日、あなたの所にウチの猫が行っていたって執事の村田が言ってたけど知らないかしら?」
俺が言葉を発すると同時に八塚も口を開く。
「ん?」
「は?」
その瞬間、俺達の間に気まずい空気が流れた――