「全然接点が無いのに、私があなたに告白するわけないじゃない」
「本当にすまんかった……」
腰に手を当てて口を尖らせて放つ八塚に、俺は平謝りをする。正直穴があったら入りたい。
「しかし校舎裏に俺だけ連れて話があるなんて言うからてっきり……校内でも屈指の美少女に告白されると思ったのに……」
「び、美少女? ま、まあ、確かにこのシチュエーションは私も悪かったかもね。ごめんなさい。で、さっきの話についてなんだけど、あなたの家付近に猫が逃げたんだけど知らない?」
「猫?」
そこで俺は昨日見た三毛猫を思い出す。ウチの近所であればあいつのことだろうか?
「昨日、うなされている時、窓の外に居たような気がする。だけど、すぐに眠っちまったからその後のことは分からないなあ。夢だったかもしれないし」
「そう……」
八塚は肩を落として俯いてため息を吐いた。
もしかしたら彼女が自宅で飼っているネコなのかもしれないなと思いつつ声をかける。
「力になれなくて悪いな。話はそれだけか? なら俺は家に帰るぞ、おやつを食べに」
「なぜ倒置法を……? いえ、それよりもこれからあなたのお宅へ行っていいかしら? 目撃をしたというのであれば近くに居るかもしないし」
「あ、いや、それは多分止めて欲しい、かな?」
「どうして? お願い、あの子は家ネコだから今頃お腹を空かせているかもしれないの」
悲し気な目を俺に向けて懇願する八塚に、俺は目を逸らしながら指で頭を掻き、一言だけ告げた。
「……後悔するなよ?」
「?」
不穏な言葉に首を傾げる八塚。
彼女を尻目に俺は踵を返して歩き出すと、後ろから八塚が付いてくる気配があった。後は帰るだけだし問題は無いかと思っていると校門を出たところでスーツの男に声をかけられる。
「お嬢様!」
「ああ、来ていたのね村田。ご苦労様。やはり神緒君は見ていたみたいよ。このまま彼の家に行ってご家族にもお話を聞いてみようかと思うの。車を出して」
「……左様ですか。かしこまりました」
「……」
村田と呼ばれた20代後半から30歳前半と見られる男は俺に目を向けながら答える。
……が、その目はかなり冷ややかで、明らかに蔑視していると思われる。俺はそのままその場を離れようとすると、八塚が俺の腕を掴んで口を尖らせた。
「どこ行くのよ、乗りなさいよ」
「あん? いいよ別に。そっちの人が嫌そうなツラをしているからな」
「え?」
「ふん……貴様のような庶民がお嬢様と話しが出来ているだけでもラッキーだと言うのに、一緒に帰るなどおこがましい……」
「村田、なんてことを言うの!」
「お嬢様も、逃げてしまった猫は忘れて新しく買われてはいかがですか?」
激昂する八塚へ火に油を注ぐような発言をする村田。
ペットは家族と同義だ。それを簡単に取り換えればどうか、などと言われて『はいそうですか』と返せるわけが無い。
案の定、八塚は顔を真っ赤にして声を荒げ始めた。
「……! もういいわ、あなたは先に帰りなさい! 私は歩いて神緒君のお家へ行きます」
「それは困ります。お父上より怜様のことを任されているのですから。さ、お乗りください」
「お断りします。お父様には私から連絡をしておくから問題ないわ。さあ、行きましょう」
「お嬢様!」
八塚は俺の手を取って走り出し商店街方面へと向かう。アーケードに車は入れないため、逃げ込むには絶好のスポットだが――
「良かったのか?」
「……構わないわ。最近、村田の様子が……あ、ううん、何でもないわ。こっちで合ってるのかしら?」
「そうだなって、知らないでこっちに来たのかよ」
「ま、まあ、いいじゃない! ふーん……商店街ってこうなっているのかあ」
「おいおい、猫が心配なんじゃないのか?」
猫が気になっていたんじゃなかったのかと思いながら苦笑していると、背後から殺気を感じた。この気配は……!?
「しゅ~うちゃ~ん? なんで先に帰ってるの~?」
翳りのある笑顔で俺の背後に立っていたのは……真理愛だった。くそ、霧夜のやつ、うまくやっておいてくれと頼んだのに……!