言うなれば、呪いの類だ。
それも、精霊の呪いだ。
緑豊かだった森は、黒灰の呪いに沈んだ。
緑の森は、黒灰の茨に成り代わった。
茨に包まれたんじゃねぇ。
森のすべてが、茨になっちまったんだ。
森の中に在ったっていう精霊を祀っていた小さな王国ごと。
森は、丸ごと黒灰に沈んだ。
精霊の呪いってヤツは、とにかく規模がデケェ。
森ごと。
集落ごと。
村ごと。
町ごと。
さらには、国ごと。
精霊を崇め奉っていた母体ごと、丸ごと吞み込んで沈めちまう。
規模はデケェが、精霊の呪いってのは、大抵は母体を沈めたところで完結する。
祀っていた母体を滅ぼしたら、それで終了。はい、お終い。
沈め方は、精霊の性質によるからな。まあ、色々だ。
人の力では消せない業火で焼き尽くされて、燃えカスになって、はい終了。
人も家畜も家の草木も、全部石になって、はいお終い。
大抵は、それで完結する。
後からその地を訪れたヤツが、突然業火に包まれたり、石像になったりってことは基本的にはあり得ねぇ。
だが、茨の呪いは、そうじゃねぇ。
代にも珍しい、今もまだ生きている精霊の呪いだ。
百年に一度、呪いは目覚め、息を吹き返す。
ま、大体百年周期ってだけで、厳密に百年ってわけじゃねぇらしいがな。
確かなのは、やっぱりおおよそ百年周期でこの辺りを襲う大日照りの直前に目を覚ますってコトだ。
目覚めと日照りは、何時でも仲良く順番にやって来た。
最初のお目覚め以降、二つの周期がズレたことは一度もねえって話だ。
順番もいつも同じ。
呪いが目覚めて、日照りが起こる。
とはいえ。
森が呪われる前から、日照り災害は周期的にやって来ていたらしいから、お目覚めが日照りを呼んでるってわけじゃねえんだろう。
むしろ、日照り災害こそがすべての発端じゃねーかってオレは思うが、ま、どうだろうな?
さて、そして、だ。
茨の呪いは今まさに、目覚めの時を迎えていた。
煤けた黒灰に沈んでいた茨は、鮮やかで艶やかな濃緑へと姿を変えた。
喪に服していた老女が、男を誘う妖女へと変身したかのごとく、煽情的な濃緑の夜会服には白薔薇が咲き乱れている。
白薔薇の方は、濃緑の悪い魔女に囚われた穢れを知らない純白の姫君のように清楚な顔つきをしていた。
だが、見かけに惑わされて迂闊に手を出したら、大事なモンを失うハメになっちまう。
『風に舞う、白薔薇の花弁は死への招待状』
大陸中に伝わる、有名なお伽噺の一節だ。
まあ、つまりは、そういうこった。
黒灰に沈んだ茨の森は、呪いの森。
まだ生きている精霊の呪い。
目覚めた呪いの招待状を受け取ったヤツがどうなるのかってーと――――。
ああ。
ちょうどいいのが、やって来た。
今期、最初のお客人だ。
せっかく、お伽噺がご親切にも警告してくれているっていうのにな?
わざわざ呪いのエサになるべく自ら足を運んで来る奴らは後を絶たねぇ。
なんでかって?
ま、単純な話だ。
この手のお伽噺じゃお決まりのヤツさ。
呪いの森の最奥にゃ、精霊の秘宝と最後の姫が眠っていると言われているからだ。
一攫千金を狙いたい欲深い輩や姫を助ける勇者になりたい夢見勝ちな野郎どもにとっちゃ、命をかけるに値するってワケだ。
な? 分かりやすいだろ?
死を誘う呪いの森の割には、それなりに千客万来な理由は、もう一つある
茨の森は難攻不落だ。
剣は弾くし魔法も効かねぇ。
お宝を手に入れるどころか、通常は中にすら入れねぇ。
ま、精霊の呪いだからな。
人間ごときの歯が立つ相手じゃねぇってことだ。
だがしかし、だ――――。
黒灰の茨は、客人を拒むが。
濃緑の茨は、客人を選ぶ。
黒灰に沈む老女は、頑なに身を閉ざしたが。
濃緑に滴り純白を纏う妖女は、特別なお客人にだけその身を開いた。
つまり、茨の中へ入れるのは、およそ百年に一度きり。
それも、選ばれた特別なお客様だけときた。
この辺りの呪い事情が、うまいこと集客に一役買ってるんだろうよ。
ま、百年に一度のお招きとあっちゃ、今回を逃したら、生きている内に次の機会はやって来ねーからな。
底辺を這い回る類の人間どもや、夢見勝ちな野望を抱いた若い命知らずどもが、一攫千金やら呪いを解いた英雄なんて称号に目が眩んで、こぞって命を散らしにやって来るって寸法だ。
白薔薇の招きに応じて、生きて森から出た者はいねぇ。死んで、森から出た者もいねぇ。
一歩でも森へ足を踏み入れたが最後。
派手に華々しく命を散らし。
森に、茨に、呪いに、取り込まれちまう。
『風に舞う、白薔薇の花弁は死への招待状』
そう。つまりは、そういうこった。
招待状を受け取っちまったお客人がどういう末路を辿るのかは、これからやって来るお客人が教えてくれる。
「精霊の秘宝は、どこだぁー!? 秘宝も、姫さんも、おれのモンだ! 魔法騎士なんかに出し抜かれてたまるか! おれのモンだ! おれが一番乗りだ!」
騒々しい気配と共にだみ怒声が近づいて来る。
言っとくが、ここにはお客人が望んでいるようなモンは、何一つ存在しねぇ。
お伽噺は所詮、お伽噺だ。
話を盛り上げるための尾ひれはひれにその気になって、わざわざ命を散らすために自ら足を運んで呪いの養分になってくれるってんだから、まったくご苦労なこったぜ。
さーて、それじゃあ。
特等席から高みの見物と洒落込もうぜ?