木井さんと別れて帰宅した私は、いつもの癖で郵便受けに目をやった。
茶封筒がひとつ刺さっている。
差出人は……キッカイ町役場?
「……なんだろう?」
仕事で見慣れた封筒ではあるけれど、自分の家に届くのは初めてでドキドキする。
「心当たりしかない……」
思い返すといろいろやらかしてるからなぁ。
気が重くなりながら、封筒の端をハサミで切り落とした。
「
机の上を片付けながら、私は記憶を辿る。
「聞いたことないと思うんですけど……。有名なところですか?」
「有名か無名かで言ったら無名の方に入るかしらね。伏木台の方にある病院なの」
「あ、ワタシ聞いたことあります! レーシック手術で有名な所ですよね?」
「そうそう!」
レーシックって視力回復とかの?
あれができる病院ってことはそれなりに設備も充実した大きい病院なのかな?
両目1.5の私には縁のない話だけど……。
「香塚さんさえ良ければなんだけど、受けてみない?」
「へ?」
小津骨さんからの想定外の提案に、思わず間抜けな声が出てしまった。
「いえ、あの……。私、昔っから視力だけはいいんです!」
去年の健康診断でも問題なかったし!
不自由してないのに手術なんて受けたくないです!!
「あら、それとこれとは別よ」
私の心の声は小津骨さんには届かなかったらしい。
「香塚さん、
「そ、それはそうですけど……」
それと何の関係が?
私の疑問に答えてくれたのは
「こーづかさん勘違いしてないっスか? 霊を視るって書いて
「……ん?」
その言葉、どこかで見たような……。
記憶を辿っていくと点と点が繋がった。
「あっ!」
「どうしたの? 急に大きい声出して」
「霊視ック手術の案内、うちに届いたんです」
言いながらカバンから取り出したのは、昨日キッカイ町役場から届いた茶封筒。
その中に入っていた文書には、役場で費用を負担するので霊視ック手術を受けないかというようなことが書かれていた。
「これ、本物かイタズラかわからなくて小津骨さんに見てもらおうと思って持ってきたんでした」
私が差し出した書類を受け取った小津骨さんは書面に目を通してワントーン高い声を上げた。
「役場の方で全額負担!? ケチで有名なキッカイ町役場が!? 大盤振舞いじゃない! ……でも、何か裏がありそうね」
うまい話にはワケがある、ということだろうか。
でも、いったいどんなワケが?
「霊視ック手術のデメリットかあ、メガネと違って常に視えっぱなしになっちゃうこととかですかねぇ?」
結城ちゃんが小首をかしげながらぽつりと漏らす。
「え! それは絶対に嫌!!」
霊視は
来年には図書館に異動できる予定だし。
そうしたら不要になる能力なわけだし。
絶対に嫌!!
「そうねぇ、一生ついて回るって考えるとちょっと厄介だわ」
「ちょっとどころじゃないっスよ! 生きていけないっス!!」
私が拒絶する以上に真藤くんが反応した。
最初は乗り気っぽかったのに今では誰よりも強く拒絶している。
「あのー……、ワタシに受けさせてもらえませんか?」
おずおずと手を上げて発言したのは、
「結城ちゃん!?」
「あなた、瀬田さんのテストで
小津骨さんも言葉を濁す。
「香塚先輩や真藤くんに比べればいい方なんでしょうけど、視力が5.0あればな〜! って思う日もあるわけじゃないですか。ワタシ、この仕事を始めてから毎日がそういう日なんです」
比較対象として名前を挙げられると、事実だけれど思わずムッとしてしまう。
それは真藤くんも同じらしく、彼も眉間に皺を寄せていた。
「どうしてもって言うなら止められないけど……自費よ?」
「えっ? なんか上手いことやってワタシが香塚
「そんなことして、万が一バレた時に責任を負うのは誰だと思ってるの?」
小津骨さんにぴしゃりと言われて結城ちゃんは口をつぐむ。
目に見えて落ち込んだ彼女は、心なしかさっきより一回り小さくなったようだ。
「霊視ックっていくらぐらい掛かるんですかねぇ……」
その日の帰り際、結城ちゃんがポツリと呟いた。
「最低でも百万円。術後は一週間から十日の入院らしいわよ」
さすが小津骨さん。
調べる間もなく返答がある。
「普通のレーシック手術って日帰りじゃありませんでした?」
私が気になって尋ねると、短く「特殊だから」と返ってきた。
小津骨さんの答えにしばらく考え込むような様子を見せていた結城ちゃんは、決意したようにその口を開く。
「ワタシ、やっぱり手術受けます。そのために……まず貯金かな」
その眼差しから溢れる揺るぎない意思に、私はなぜか感動してしまった。
「頑張って! これ、私から。ちょっとだけどカンパってことで」
言いながら財布に入っていた五千円札を手渡した。
それが一時間後には金色の「十万円貯まる貯金箱」に化けることになるとは知らずに。