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四話 俺はルリエの担任とコンタクトを取る

「た、ただいま。遅くなって悪い」


 ガチャリと鍵を開けると、俺は家の中にいるルリエに声をかける。


 4限で終わるはずが、そのあとに導のアニメトークが永遠と続き、結局5限の講義が終わるくらいの時間になってしまった。


「おかえり、お兄ちゃん!」


 自分の家に、ただいまなんて言っても返事が返ってくることはない。


 いつも静寂な部屋。だけど今はルリエがいる。何故だか、安心感で満たされ胸の奥がポカポカと温かくなる。


 満面な笑みで、おかえりと迎えられたのはいつぶりだろうか。


「腹減ってると思って、コンビニ飯買ってきたんだ。明日は作るから、今日はこれで我慢してくれるか?」


「うん、大丈夫だよ。今日は大学? お疲れ様!」


 そういって俺の頭を撫でてくれるルリエ。

 嬉しさのあまり、少し泣きそうだ。


 人は弱っているときに優しくされると惚れやすいと聞くが、今ならその気持ちが痛いほどわかる。


 美味しそうにご飯を頬張るルリエ。明日は休日だし、ちゃんと作ってやらないとな。

 成長期だし、栄養あるものがいいよな。


「昨日は一日だけなんて言って悪かった」


「お兄ちゃん? 急にどうしたの」


 ルリエは俺が急に謝るから意味がわからない、とキョトンとした顔で俺を見つめる。


「罪悪感ってやつだ。その……明日も居てもいいぞ」


「ホント!?」


 それを聞いて嬉しそうにはしゃぐルリエ。


 本当のことは言えなかった。

 お前と一日過ごして、もっといてほしいと思った……なんて。


 最初はタイプじゃないから、家に入れる気すら起こらなかった。


 だけど、一人で寂しかったところに急に来られたら……。目が離せない、離れていても気になって仕方がない。


 ここまでくれば、俺は自分に嘘をつく必要はない。だけど、この気持ちは恋とは違う。


 見習いとはいえ、ルリエもサキュバスとしての魅力があるってことだろと自己解決をした。


 人間でいえば、高校生くらいなんだ。ルリエも寂しいはずだ。こんな見知らぬ世界にいきなり召喚されたんだから。


「ルリエ。家族は心配してないのか」


「それなんだけどね……」


「?」


 机に上に置かれたのは携帯らしきもの。見る限りスマホではなくガラケーのようだ。まさか今の時代にガラケーを使っているやつがいるとは。


「お兄ちゃんが学校に行ってる間に突然、魔法陣が現れて、この携帯が来たの」


「え」


 そんな馬鹿な。と、俺は半信半疑でルリエの話を聞いていた。


「それでね、電話がかかってきて」


「ど、どこから?」


「魔界から」


「……」


 やっぱりルリエが住むのは魔界で合ってたんだな……って、魔界から電話? そんなことが有り得るのか。


 ピピピピピピ。


 突然、甲高い音が鳴り響く。


 俺のスマホか? と思ったが着信音が違うことに気付き、机にある携帯に視線を戻す。


 ピピピピピピピピピ。


 鳴っているのはやはりこっちか。


「魔界からかも。お兄ちゃん、出てみて!」


「あ、あぁ」


 ルリエは鳴っているソレをバッ! と俺に手渡す。恐る恐る俺は、その電話に出てみることにした。


「も、もしもし」


「あ、もしかして貴方が白銀龍幻さんですか?」


「そ、そうです」


 電話越しだが、ガチガチに緊張している俺。


 相手の声は大人の女性のようだ。優しそうな声色。が、魔界からということは人ではない。


「私は魔界でルリエの担任をしている者です。ルリエには貴方が留守のときに話したんですけど。……召喚したそうですね、ルリエを」


「すみません!!」


 咄嗟に謝罪の言葉が出てしまった。


 携帯を一旦置くと、その場で土下座をする俺。ルリエには何をやってるの? と不思議そうな顔で見つめられたが、これは日本人ならではのある種の癖のようなものだ。


 実際に会って会話をしているわけでもないのにペコペコと頭を下げてしまうアレだ。


「そんなに謝らなくていいんですよ。ただ、ルリエはまだ見習いで本来ならあと一年は勉強する予定だったんですけど」


「そうなんですか」


 と、いうことは十七でサキュバスとして認められるのか。だが未だに信じ難い。ルリエが十六歳なんて。


「ですが人間界に行ってしまった以上、こちらではどうすることも出来なくてですね」


「あの、そちらで戻す方法とかは?」


「残念ながら今のところありません」


 どうやら一方通行のようだ。携帯のことを聞くと、唯一の連絡手段がコレしかないと言われた。

 しかも、この携帯を壊すと替えがないらしい。なんて不便なんだろう。


 ただ、人間界と魔界を繋ぐ電話があるなんて一体どういう仕組みなんだ? とかなり疑問に思ったが、それは一旦保留にしておこう。


「だから、一年早いですが特例として、ルリエには明日からサキュバスとして頑張ってもらおうかと」


「はい?」


「見習いではありますが、貴方を気持ち良くさせること。そして貴方が満足だと心の底から思えたときは、ルリエを一人前のサキュバスとして認めることとします」


「……」


 ルリエをチラりと見る。担任は、昼にルリエに今と同じ話をしたという。


「期間は一年。それまでにノルマが達成出来なければ、ルリエはまたサキュバスとして勉強をみっちりしてもらうことになります」


「こっちでいうと留年みたいなものですか」


「まぁ簡単にいえばそうですね」


「……」


 ルリエにそんなことが可能だろうか。大体今も人間とほとんど変わらないというのに。


「こちらもルリエを魔界に戻す方法を探ってみます。が、どうせ一年後には人間界に行く予定でしたから。それが早まっただけと考えれば大したことではありません」


 語尾に音符がつきそうなほど楽しそうだ。ルリエの教師というものだから、もっと真面目に物事を考えているとばかり思っていたが、意外と呑気だ。


 それどころか笑っている。もしかして、この状況を楽しんでいるのでは? そんな気すらしてきた。


「こちらからは以上です。龍幻さんからなにか質問はありますか」


「……あの、ルリエって十六のわりに小さいし子供にしか見えないんですけど、それって人間でいうところの個人差ってやつですか?」


 今更ながらに俺は最初に思ったことを聞いてみることにした。ルリエ本人に聞いてもわからないことだろうしな。教師というからには何か知っているはず。


「ルリエは少し……特別なんです」


「と、いうと?」


 さっきとは打って変わって真剣だ。心無しか重苦しい空気がピリピリしている。


「魔力が強すぎるんです。その代わりに成長スピードが他の子より遅いというか……人よりも何も出来ない原因もそれにあって。龍幻さんも心当たりがあるのでは?」


「はい、一応 」


 一応どころか心当たりしかなかった。魔力が強すぎるのは今のところ感じられない。


 が、しかし、他の子よりも何も出来ないというのは今日の朝の時点で実感した。


 成長スピードが遅い原因もソレなのか。

 強すぎる代償……なのか。


「普段は人間とほとんど変わりはありません。ですが、ふとしたキッカケで力が暴走してしまう危険性があります。

こんなことを一般人の貴方に言うべきではないのかもしれませんが……ルリエは魔力のせいで、まわりからはあまり良くは思われていません」


 いきなり色んなことを言われて正直、頭が追いついていない。だけど、ルリエの担任が悲しそうにしているのだけはわかる。


 きっと、彼女はいい教師なんだろう。けれど、どうしようも出来ないことだってある。


 ここからは俺の推測だが、おそらくルリエはクラスメイトからイジメを受けている。だけどそれをクラスメイトたちは上手く隠しているのだろう。


 教師一人が気付いていても、他の教師の前では猫を被っているはずだ。それか、ルリエをイジメている奴らの親が偉い立場なんだろう。


 教師は助けられない罪悪感と、これ以上誰もルリエを嫌いにならないでと、俺だけはルリエの数少ない理解者になってあげてほしいという意図がヒシヒシと伝わってくる。


「ルリエを召喚したのは間違いなく俺です。だから嫌いになったりしません。この先、何があっても」


「……その言葉を聞いて安心しました。ルリエのこと、よろしくお願いしますね」


「いえ、こちらこそルリエの親には申し訳ないことをしてしまったので」


「その件ですが、ルリエの両親にはこのことを話してあるので大丈夫ですよ。ルリエが無事で良かったと安堵されていました」


「そうですか。それなら良かったです」


 その言葉を聞いて俺も安心した。ルリエの親のことも気になっていたからな。


「ただ不思議なんですよね。貴方は召喚が失敗したと言いましたが……魔力が全くない人間がルリエのようなサキュバスを呼べるはずないのに」


「え?」


 ルリエが話したのか。ここまで知っているとなると、召喚した際に裸を見たこともチクられてたりしないよな……不安が残りつつも、ルリエの担任の話に耳を傾ける俺。


「一体どこで召喚魔法を覚えたんですか?」


「それは大学の図書……って、あれ?」


 ピーーーーと機械音がなると、ブツリと電話が切れる。


「もしもし、あの」


「お兄ちゃん、お電話終わった?」


「それが、その……」


 ことの説明をルリエにもわかるように話す。


「あ、先生がね。一日十分しか電話出来ないって言ってたよ。お昼もね、五分で話すから聞いてねって言われて」


「……そうなのか」


 駄目だ。こっちからかける術が思いつかない。完全に詰んだ。明日には復活するだろうし、待つことにするか。


 どのみち、こっちから何かアクションを起こすことは出来そうにないしな。


 しかし、あの担任、肝心なことは話さなかったな。五分しか時間が残ってないなら、最初に言ってくれれば良かったのに。


「ルリエ、ゲームでもするか?」


「うん、する!」


 寝るには少し早い。だから俺は遊ぶことにした。少しでもルリエを楽しませてやりたかった。あんな重い話を聞かされた後だと尚更。


 ……魔界ではこんな風に笑っていなかったんだろうか。ふと、そんなことを思う。


『魔力が全くない人間がルリエのようなサキュバスを呼べるはずもないのに』


 最後に教師が言った言葉が妙に引っかかる。


 ただの人間である俺にあれだけのことを話したからルリエを心配しているようにも見えた。


 だが、そんな人が、ルリエの〝 ような 〟……という表現を使うだろうか。


 それだと、まるで物のような、大事ではないと言ってるようにもとれる。


 それに俺の素性を全く知らないのに、いきなりルリエの魔力について話すなんて。


 むしろ、覚えておいてほしいと促しているようだ。


 ……まぁ、俺の考えすぎかもしれないな。今からルリエと楽しくゲームをしようってときに考えるのはやめよう。


 もしかしたら、聞き間違いとか深読みし過ぎってことだって十分あるんだから。


 ルリエの魔力が強すぎるから、イジメを受けているなんて俺の推測に過ぎないしな。


 今にして思えば、このときの俺の考えは甘かったんだ。ルリエの魔力のことも、魔界やルリエの親や教師のこともすべて。


 俺はその日、ルリエを正式に家に住まわせることにした。

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