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十話 二人目のサキュバスは✕✕でした

 日付が変わった午前0時。

 俺は疲労がピークに達していた。


 ルリエにはベッドを貸して、俺は硬い床で就寝していた……はず。なのに、これは一体どういうことなんだ?


 目の前には俺に馬乗りになっている暁月。


 あたりを見渡すも、ルリエの姿はない。どれどころか、俺はフワフワベッドの上にいる。

 こんな高級ベッドに見覚えはない。


「もしかして、緊張してるんですか?」


 暁月は、自分の髪を耳にかける仕草をする。


 それは男がドキッとしてしまう上位にランクインするほどの……って、今は悠長にそんなことを言っている場合ではない。


「ルリエはどこにいる? それに、ここは一体どこでお前は何者なんだ?」


「龍幻センパイ、質問が多いですよ。答えてもいいですけど……その前に、ねっ?」


 ギシリとベッドが軋んだ。

 暁月の太ももが俺の腰あたりに当たってる。馬乗りだから当然といえば当然か。


「俺にはお前の言ってる意味がわからない」


 それよりも俺の上からおりてくれ、と付け加える。別に重いとか邪魔とかそういうのじゃない。


「せっかく龍幻センパイの夢の中に入ったのに……なんだか、つまんないです」


 渋々と半ば諦めた様子で俺の上から退いた暁月だったが、納得はしてないようだった。


「夢の中? これは俺の夢なのか?」


「そうですよ。本当は既成事実の一つでも作ろうとしてたんですけど、ここまで質問攻めされると萎えちゃいます」


「きせ……っ、お前はいきなり何を言い出すんだ!」


 暁月の爆弾発言に、俺はツッコまずにはいられなかった。


 ただ、今わかったのは、ここは現実世界ではなく、夢の中だということ。


 それを踏まえると、ルリエがいないのも、暁月が俺の隣にいるのも合点がいく。


「私がこんなにいやらしい下着を着て誘ってるんですよ。色々考えるのが馬鹿らしくなってきません? 今までの男性は私がこうして夜な夜なベッドに来たら鼻の下を伸ばしながら、私に触れてきたっていうのに……」


「ちょっと待て。暁月は今までそんなことをしてきたっていうのか? お前、そんなに金に困ってるのか? それとも男に飢え……」


「龍幻センパイ、何か勘違いしてません? 私がお金をもらうために自分の身体を売ってる、みたいな」


「そうじゃないなら、どういうことか説明しろ」


 暁月は髪をクルクルと指に巻きつける仕草をしていた。


 どこか機嫌が悪そうな……というか、ただ萎えているだけなのか。が、最初に質問をした答えが一向に返ってこない。


 もしかしたら、このまま答える気はないのか? そんな気すらしてきた。


 見た目からは想像もつかないほど如何わしいことをしていたのか。だが、暁月はそれを誤解だという。


 じゃあ、一体なんだっていうんだ。


「あ、でも……そっか。草食系なら、こっちから襲えば何も問題はない。龍幻センパイ、さっきは萎えたなんて言ってすみません。やっぱり、私と繋がりましょう」


「ちょっと待て! 問題はあるだろ。そもそも繋がるってなんだ。あと、俺の質問に答えるのが先だ。話はそれからだ」


「じゃあ、質問に答えたら続きをしてもいいってことですか?」


「よくない」


「なんだ、つまんない」


 話が通じない……それどころか話が進まない。


 女子はポンポンと話が飛んだり、長話が好きだったりするが、こういうことか。男は要件だけ言ったら、それでいいからな。


「まず、ルリエちゃんがいないのは、ここが夢の中だから。この場所は龍幻センパイの夢。

それで、私はお金に困っているわけじゃない。……これで回答は以上になります。それと、龍幻センパイって着痩せするタイプだったんですね、意外です」


 スルリと俺の服の中に手を入れる暁月。

 少し触れられただけなのに、触り方がどことなくエロい。


 俺の弱いところを的確に攻めている感じがする。それに、自分の意思とは関係ないくらいに身体の奥がジンジンと、まるで熱を帯びたように熱い。


「そんなの今は関係な……! それだと全部じゃない。それに、夢の中だってことはさっき聞いたからわかってんだよ。俺が聞きたいのはそこじゃない。肝心なのはお前の正体について、だ……」


 暁月の手をググっ! と押すも、なかなか離れない。こっちは結構、全力で押し返してるのに、なんでビクともしないんだ。


 見た目からは想像もつかないくらい力が強い。俺が女子に負けるなんて、俺はどれだけひ弱なんだ。


「その声、そそられます。……龍幻センパイは薄々気付いてるんじゃないですか? 私の正体に。だって、この子と住んでるわけですし。それとも気付いて、ワザと私を誘っていたり? どうなんです、龍幻センパイ」


「……」


 ……この子って、ルリエのことだよな。

 それ以外の少女に俺は思い当たる節がない。


 それと同時に、俺は友人について思い出していた。導は微塵も現実の女に興味がない。


 今まで女友達を作ったことなんて見たことない。それに女と二人で出かけるなんて尚更だ。


 けれど導はモテるし、俺が知らないだけで実は……と考えたりもした。


 だが、それは間違い。そんなのはありえないのだ。


だって、導は俺に嘘はつかないし、仮にもし女と出かけるとなったら自慢気に俺にメールか電話の連絡を寄越す。が、それが今回はなかった。


 なのに、それはなんの前触れもなく、導の隣にコイツはいた。


 しかも俺と同じ大学で、導とは同じサークル。これは、あまりにも出来すぎた話じゃないか?


「どうやら答えは出たようですね、龍幻センパイ。私、一生懸命考えたんです。龍幻センパイに近付くにはどうしたらいいのかな……って。

そしたらある時、ふと思いついちゃったんです。そうだ、龍幻センパイの友人の側にいればいいって。そしたら、いずれ龍幻センパイとの接点も出来るって。私って、とっても賢い子ですよね♪」


「どうして、そんな回りくどい方法をとったんだ?」


「え?」


 暁月はポカンとしている。詫びる気もなければ、悪いことをしているという自覚はなさそうだ。


 俺は、沸々とナニかがこみ上げてきた。


 この感情は怒りか?

 それともまた別のなにか……


「だってそうだろ。俺に用があるなら、直接俺のところに来ればいいだろ。なのに導を利用した」


「そんな、私は利用だなんてっ……!」


「それを一般では利用してるっていうんだよ! 好きな相手がいるなら、本人にアタックしろよ。それが恋ってもんだろ」


 俺は自分でもわからないうちに怒っていたんだ。導のことを悪く言われたから、友人のことをバカにされたような気がしたから。


 ……って、俺が恋って、どの口が言えるんだ。


 好きな相手もいないくせに。けど黙っておくことは出来なかった。


「やっぱり素敵です」


「は?」


「最初に見た時からカッコいいって思ってたんです。今まで私、男性に本気で怒られたことがなくて。男の人はみんな性欲の塊だって思ってたから。でも、龍幻センパイは違った。

私、そんな龍幻センパイを見て、ますます好きになっちゃいました。私、アタックします。龍幻センパイがそうしろって言うなら」


 一人納得をした暁月。だが、俺には暁月の言ってることは半分以上わからずにいた。


 俺は本気で怒鳴ったはずなのに、あろうことか暁月は喜んでいる。


 それに、俺がカッコいい? 

 俺のことが好き? 


 暁月は一体なにを言ってるんだ?


「それと、まだでしたね。……ハツネ、それが私の本当の名前。龍幻センパイのお察しの通り、サキュバスです♪ちなみに、私の得意分野は記憶操作なんです。

それとルリエちゃんと違って、私はとっくに研修期間を終えてるので、一人前のサキュバスですよ」


 背中からバサッと翼を出す暁月。それは黒い羽根で、アニメや神話などに登場する悪魔そのものだった。


 そう、見るまでは信じることが出来なかった。だって、俺の予想が間違ってるかもしれないから。


 だけど、やっぱりそうだった。

 暁月はルリエと同じ。このルックスだったら納得だな。


 記憶操作……それで導の記憶を書き換えたってわけか。


「……そんな一人前のサキュバスが俺に何の用デスカ」


 思わずカタコトになる。ルリエのことでも手一杯だってのに……。しかも、最初っていつのことを言ってるんだ?


「龍幻センパイ、なんで呆れてるんですか? もしかして、さっきの続きがしたいとか?」


「どの口が言ってんだ」


「あれ? 違うんですか?」


「……」


 もう何も言うまいと俺は口を閉じた。

 この夢、いつになったら覚めるんだ。


「ねぇ、龍幻センパイ」


「なんだよ」


「龍幻センパイは元々童貞を捨てるためにルリエちゃんを召喚したんでしょ? だったら、その相手……私がしますよ、フフっ」


「なっ……!」


 何故それを、と言いたかったが、あまりの驚きにまともに喋れなかった。


「私、ずっと見てたんです。龍幻センパイがルリエちゃんを召喚したときも、導先輩と初めて友人になった日も、龍幻センパイが初めてバイトの面接を受けた日も」


「……は?」


「だから“最初”って言ったでしょう? 私、龍幻センパイのことなら何だって知ってるんです」


「っ……」


 まさかとは思っていた。だけど今確信した。


 暁月は……ヤンデレだ。


 だが、暁月のいう最初っていつのことなんだ? 俺はいつから暁月に見られていた?


 大学で悪寒がした原因は十中八九コイツで間違いないだろう。


「お前がサキュバスだってことは誰にも言わない。今日のことも無かったことにする。だから、自分の家に大人しく帰ってくれないか?」


 正直、ヤンデレの対処法はわからない。ヤンデレは何がスイッチになるか検討も付かない。


 これ以上は自分の身が危ういと思った。初めてだ、俺が命の危険を感じるなんて。


 このままだとルリエや導も巻き込みかねない。それだけは絶対嫌だ。


「わかりました。〝今日〟は諦めますね。でも、明日からも私は龍幻センパイを見ることにします。龍幻センパイが言うようにアタックもしますよ。覚悟しててくださいね?」


 暁月はその場からフッと消える。気配はしない、寒気も。どうやら帰ってくれたようだ。


 って、今日はってなんだ。明日からも……俺を見る、だと? 


 アイツ、俺の話をやっぱり聞いてない。


 もしかして、俺は間違ったアドバイスをしたんじゃ……。


 俺はその日、ヤンデレサキュバスのハツネと出会った。


「本当は龍幻センパイの記憶を弄ろうと思ったんですが、何故か効かなかったんですよねぇ。

貴方は魔力がないのに〝闇の姫〟を召喚した。……本当の貴方は一体何者なんでしょうね。でも、人間離れしてる龍幻センパイもカッコいい。もっと、好きになっちゃった」


 それは、災難の序章に過ぎなかったことをこの時の俺はまだ知らない。

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