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十四話 天然な行動ほど厄介なものはない

「電車から見える景色すっごい良かった! ねっ、龍幻」


「……」


 気にしないように意識していたものの、どうしても、さっきのことが忘れられない。


 ルリエは普通に話せるのに教師に注意されたから、あえて話し方を変えている。


 今は人間界にいるわけだし、教師の目もまわりに気を遣う必要はない。


 だったら、俺がルリエに言うべき言葉は一つだ。


「ルリエ。ここはお前がいた世界とは違う。だから親と会話するような感じで、俺と話してくれないか?」


「龍幻、急にどうしたの?」


 驚くのも無理はないか。さっきの話題は終わったような、そんな空気になり強制終了していた。


 あれはルリエにとっての心の闇にあたる部分かもしれないのに、それをわざわざ掘り返すようなまねをするのはいけなかったのだと、口に出して後悔の念に駆られた。


「ルリエが今の喋り方で良いなら、俺は言うことはない。ただ、無理はしてほしくないなって、そう言いたかっただけで」


「……」


 ルリエが黙ってしまった。


 こういうとき、モテる男やイケメンならきっと、女の子を傷つけずに慰める方法をいくらでも知っているに違いない。


 俺なりにフォローというか、励ましたつもりだったんだが、きっと逆効果だよな。


「……プッ、フフッ。龍幻ってば面白い。まだ、さっきのこと気にしてたの?」


「へ?」


 何故か腹を抱えて笑うルリエに、俺はワケが分からずポカンとしてしまう。


「もしかして、私の地雷踏んじゃった? とか思ってる?」


「まあ、一応……」


「特に傷ついてるとか、そういうのはないから安心して。私が魔界学校で先生の言われたとおりにしてればいいだけのことだから。そうすれば、先生は何も言わないし。

たしかに、クラスの人からは変なの、って視線を向けられるよ? でも、そんな私にも友達が全くいないってことない。私は本当の私を理解してくれる人がいるだけで満足。だから、それ以上はなにも望まない」


 ニコッと笑顔を見せるルリエ。

 笑っているはずなのに、俺には涙を堪えてるようにしか見えなかった。


「ルリエ……」


 雲一つない空を見上げ、「気にしてないから大丈夫だよ」と言葉を続けた。


 本人は気付いていないのかもしれないが、俺にはわかってしまった。慣れてしまい、感覚が麻痺しているということを。


 誰か一人が“当たり前”だといえば、それは自分にとっての普通になる。だからこそ、ルリエは教師の言われた通りに振る舞っただけ。


 我慢をする。その言葉がストンと落ちる。


 ルリエはどれだけ自分の感情を抑えていたのだろうか。言いたいこともいくらでもあったはずだ。


 馬鹿でもないのに、バカのフリをするほど苦痛なものはない。それと同じ。


 ルリエのことだから、家族にも黙っているに違いない。多方、魔界学校は楽しいと話しているはず。


 本当はルリエの親のことも色々聞きたいんだが、これ以上、根掘り葉掘り聞くわけにもいかないし。


 さっきのこともあるし、どこに地雷があるかわからない。


 自分のことを語るルリエの横顔は、今まで見たどの表情よりも寂しそうに見えた。


 俺は、今の自分がとてつもなく情けないと感じた。


 頭の中でごちゃごちゃいろんなことを考えるより先にルリエを慰めるべきだったのではないか、と。童貞以前に人としてダメだな、俺は。


 変わりたい。

 ルリエを笑顔に出来るくらいの男に。


 お前のことを全力で守る! みたいな、キザっぽいセリフでさえもイケメンだったら様(さま)になるし、それを言われた女子は惚れるだろう。


 だけど、俺はイケメンでもないし、ルリエと交際しているわけじゃない。

 ルリエだって、唐突にそんな言葉を言われたら反応に困る。


 そもそも、ルリエって誰かと付き合ったこととかあるのか? 見た目は超がつくほどのS級美少女だけど、この見た目だから人気が出ても一部のマニアかもしれない。


 ルリエ自体も恋愛には疎そうというか、まるで興味がないって感じだし……。


 多分、俺が男前な言葉を吐いたところで何のこと? 的な眼差しを向けてくるに決まってる。


 それこそ、それってどういう意味なの? と改めて聞かれそうで、それは想像するだけでも俺のメンタルが死ぬ。


 だから、ほんの少しずつでいいから、ルリエのことを知っていこう。


 焦る必要はない。魔界学校で楽しくないなら、人間界ではルリエが少しでも充実した生活が送れるように俺が手伝う。

 まずはそこから始めよう。


 本音としては、心から笑ってほしい。


 本当はそれが最終目標だが、今の状況からはハードルが高すぎる気がする。


 ルリエは悩みもなく、ただ笑っている奴だと思っていた。けれど、それは俺の思い違いだということが今回のことでわかった。


 実は今までの笑顔も心から笑っていないんじゃないか? という疑問すら浮かんできた。


 そして、ルリエから聞いたことで、俺はルリエの担任のことが、より信じられなくなっていた。


 あの人はルリエの味方で、俺に協力してくれる側だと思っていたが、それは違った。


 仮にルリエの担任に聞いたとしても、部外者の俺にルリエの事情について詳しく話すとは思えない。


 相手は、俺よりもかなり年上だ。嘘で誤魔化し、俺を納得させることをいうのは容易いだろう。


 手助けとはいっても、今の俺に出来ることはルリエが欲しい物を買ってやるくらいしか出来ないけどな。


「龍幻。これって何? すっごく美味しそう」


 目をキラキラさせながら、俺のほうを見てくるルリエ。


 さっきまで泣きそうな顔をしていたのが嘘のようにパァッと明るい表情に変わる。

 まぁ、こっちの方がルリエらしいか。


「あぁ、これはマカロンっていうんだ。食べたいのか?」


「食べたい」


「わかった、ちょっと待ってろ。それと、口開けっぱなしだぞルリエ」


「え? あ、ホントだ……だってキラキラしてて、しかも美味しそうだったんだもん」


 やっぱり、ルリエも女の子なんだなと実感する。


 サキュバスっていっても年頃だもんな。美味しそうな物を見たら興味があるのも当然か。


 そういえば、暁月は悪魔らしく翼があったがルリエにはそういうのないな。


 一瞬だけ見たことはあるが、あれは恐らく見間違いか、たんに俺が疲れて幻覚を見ただけだろう。


「味はよくわからなかったから、店員オススメのやつを何個かピックアップしてもらった」


 そう言いながら、ルリエにマカロンの入った紙袋を手渡す。


「もしかして、龍幻も食べたことないの?」


「ないな。名前は聞いたことあるし、どういう物かも知ってはいたんだが……」


 こんなファンシーなもの、俺が食べると思うのか? と言葉を続けた。

 すると、ルリエはクスクスと笑った。


「こういうのは女の子が食べそうだもんね」


「ああ、そうだ」


 遠回しにルリエに小馬鹿にされた気がする。俺のペースは崩されてばかりだ。


「じゃあ、これも龍幻にとっては初めての経験?」


「は? なに、言って……」


 長い髪を耳にかけるルリエ。その仕草に色気を感じた俺は不覚にも戸惑いを隠せなかった。


「はい、あーん」


「……! 意外と上手いな」


「龍幻ってば、素直じゃない」


「初めて食ったから脳が混乱してるだけだ」


「ほんとに?」


 ……違う。本当は初めての経験と言われ、変なことを考えていた、ただそれだけ。


 まさかルリエに限って、人が大勢いる場所でいきなり何かをするとは思えない。


 だけど、ほんの少しだけ期待していた俺が確かにいたんだ。


「じゃあ、次は私に食べさせて?」


「へ?」


「へ? じゃないでしょ。私だって恥ずかしかったんだよ?だから、次は龍幻の番!」


 ルリエの頬は赤く染まっている。恥ずかしいと言っていたのは本当らしい。


 だが、だからといって、俺がルリエに食べさせるというのはおかしい気がする。


「ルリエ、俺はその……」


「食べさせて?」


「うっ。……ほら、あ、あーん」


「んっ……美味しい、ありがとう」


「あ、あぁ」


 今度は耳まで赤くなった。そんなに恥ずかしいならしないほうが良いのでは? というツッコミはしない。


 何故なら、俺まで赤面してしまっていたから。


 なんだろう、この雰囲気は。マカロンをお互いに食べさせ合う。まさにリア充イベント。


 このくらい、キスに比べたら序の口だと高をくくっていたのがそもそも間違い。


 彼女がいたことがない俺に体制などあるはずもなく……。


「ルリエ、これも計算の内だったりしないよな?」


 ふと、そんなことを思った。


 子供みたいな性格を演じていたとすれば、今後はサキュバスとして俺を悩殺する可能性だって……いくらなんでも深読みしすぎたか。


「計算? 私、そんなに器用じゃないよ」


「そうだよな。それならいいんだ」


 安堵の胸を撫で下ろす俺。


「でもね」


「?」


「私は龍幻が思ってるほど子供じゃないってことそろそろ自覚したほうがいいかも。……いつかは龍幻を満足させる一人前のサキュバスになってみせるから楽しみにしてて」


「っ……!」


 精一杯の背伸びをして、耳元で囁かれた言葉。


 ルリエを嫌でもサキュバスだと自覚せずにはいられないほどのセリフ。

 今まで聞いた、どの発言よりキュンとしてしまった。


 これがいわゆる胸キュンというやつなのだろうか。心の奥底が熱くなる、そんな感覚。


 結局のところ、さっきの行動が計算だったのか、ただの天然だったのかは当の本人であるルリエにしかわからない。

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