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十六話 ヤンデレとの初デートは動揺の連続で

 ついに、この日が来てしまった。


「……」


 俺は、待ち合わせ場所の公園で一人、暁月を待っていた。


 今日は暁月と二人きりで休日デート。だが、これには理由がある。ルリエのことを聞くためだ。


 暁月に質問をするも、なにか自分にもメリットが欲しいと言われ、今に至るわけだが、これで本当に良かったんだろうか。


 まんまと暁月の罠にハマっているように見えるのは俺の気のせいか。それとも……。


 家を出る前、ルリエに出かけるといったら妙な視線を向けられた。それこそ、疑いのあるような……。


 だから、友人の導の家で遊ぶと嘘をついた。その嘘がバレたのか、「本当に?」と何度も聞かれてしまった。


 時間に遅れそうだったので、逃げるようにして何とか来たのは良いものの、帰ったら色々聞かれそうで正直、家に帰るのが怖い。


 自分の家なのにこんなにも帰りたくないと思ったのはこれが初めてだ。


 ルリエに本当のことを話してもいいんだが、そうなるとルリエ自身についても触れないといけなくなる。


 魔界にいたことをこれ以上思い出させたくない。ルリエは気にしてないと言っていたが、あの表情はどう見ても辛いのを我慢している、俺にはそう見えた。


「センパイ、お待たせしました。すみません、少し待ち合わせに遅れてしまって……」


「いや、別にい……」


「どうしました?」


「なんでもない」


 暁月の格好を見て、俺は一瞬ドキッとしてしまった。ストーカーにこんなこと思うなんておかしいか?


 フワフワのコート、長めの黒ニーハイに、下着が見えるんじゃ……と、心配になるほどの超ミニスカート。


 上はコートで隠れているからわからないが、きっと中も可愛い服なのは間違いないだろう。


 ヤンデレである前に忘れていた。暁月もルリエと同じくS級美少女であることを。


 しかし、今日の服は以前とは比べ物にならないくらい攻めすぎだろ。


「今日の格好、どこか変じゃないですか?」


「どこも変じゃない。むしろ似合って……まぁ、いいんじゃないか?」


 すごく似合ってるし可愛いんだが、それを素直に言葉にするのは今の俺には無理だ。


「センパイ好みみたいで良かったです。それじゃあ、行きましょうか」


「……」


 一言も否定できないのが悔しい。

 さては俺が好きそうなのをあえて選んだな。


 あざといというか、俺以外の男なら一発で恋に落ちるレベルだ。かくゆう俺も、暁月の服装にクラっときたのはいうまでもないが。


「ちなみに行き先は決めてるのか?」


「本当は、昨日の夜に行きたい場所を色々決めてたんですけど、センパイと行くなら何処に行っても楽しいって結論になったんです。だから、今日は適当に目に入ったお店に入ろうなって思って」


 俺の隣を歩く暁月。その表情はとても嬉しそうだ。


 俺と目が合うと、すぐに笑顔を見せてくれる。楽しいという気持ちが伝わってくる。


「センパイは迷惑だったりしますか?」


「迷惑だったら、そもそも来ない」


「そうですよね。それなら良かったです」


 こっちの顔色を伺ったり、不安に思ったりする姿は普通の人間と変わらない。


 なのに、俺はどうして嫌がってるんだ? 

 サキュバスだから? いや、違う。それならルリエを家に住まわせたりしない。


 ……思い出した。暁月は友人である導の記憶を操り、俺に近づこうとしたことを怒ってるんだ。


 暁月がその行為に対して、自分は何も悪いことをしてないといった態度を取ったから尚更。


「暁月」


「センパイ。そんなに真剣な顔で、私を見てどうしたんですか?」


「俺は今でも怒ってるぞ。導を、友人の記憶を勝手にいじったことを」


「……っ」


「何故、そんなことをする必要があったんだ? 導はただの人間で、無関係な奴を巻き込んでお前は一体なにを……」


 最後まで言い終わる前に、暁月の表情を見てハッとなった。


 俺はどんな顔をして怒ってたんだと、そう思った。


「私だって出来ることなら、センパイの記憶を操りたかった。でも、それが出来なかったから……」


「だからって、友人に手を出すのは違うだろ」


「わかってます、そのくらい。わかってますよ! 私だって大人ですから」


「なら、どうして……」


 暁月は下で握りこぶしを作り、その手は震えていた。


 何かを隠している?

 確証はない、ただの直感だ。


「それは……」


「それは?」


「センパイのことを最初から見ろって言われ、っ……」


「暁月!?」


 突然、倒れそうになった暁月を、俺は間一髪のところで支えた。


「センパイ、ごめんなさい。……これ以上は言えません」


「いいんだ。無理に聞いた俺も悪かったから」


「やっぱり優しいですね、センパイは」


「……」


 今、確信したことがある。


 暁月は誰かに口止めされている。そうじゃなきゃ、俺の事を話そうとした瞬間に倒れるわけがない。


「デートだったよな。悪いな、せっかく楽しみにしてたのに」


「いえ、いいんです。元々は私が言ったことですから」


「今から行くか」


「え?」


 もう中断の雰囲気が出てたせいか、半ば諦めていたであろう暁月は、俺の発言を聞いてキョトンとした。


「それに、ルリエのことを聞くにはお前とのデートが必須なんだろ?」


「で、でも……」


「元々はお前が言い出したことなんだから、なっ?」


 俺はそう言って手を差し出した。


「……っ、はい」


 一瞬、涙を流しているように見えたが深く追求するのは野暮ってもんだよな。


「……」


 だけど、一つ確かなことがある。


 暁月は誰かに脅されている。

 そして、それは俺に関係があるということ。


 ただの人間である俺を調べて、なにをしようっていうんだ? そこだけがわからない。


 暁月が言っていた“最初”という部分に違和感を感じる。


 一体、暁月のいう最初とはどこなんだ?


「暁月。水族館か動物園、どっちに行きたい?」


「それなら水族館に行きたいです」


「わかった。なら、そうするか」


 目的地が決まった俺たちは水族館に向けて歩き出した。


「なぁ、暁月。水族館に入る前にそこで飯でも食わないか?」


 俺は水族館近くにある店を指さした。


「いいですよ。センパイ、お腹減って今にも死にそうって顔してますよ。ふふっ」


「う、うるさい。そういう暁月は空腹じゃないのか?」


「センパイ。もしかして忘れたんですか? 私の食事方法。私は男性の……ムグッ」


「おまっ……、ここをどこだと思ってんだ」


 カァァァと頬を赤くしながら、俺は咄嗟に暁月の口を手で塞いだ。


「センパイ、いつにもまして積極的ですね」


 ペロッ。暁月は塞いでる俺の手を舐めた。


「なっ……!」


「私がこれくらいで動揺すると思ったんですか?」


 暁月は手を舐めるのを決して止めようとしない。


 俺の顔をジッと見つめ、指を舐め続ける暁月に流石の俺も鼓動が速くなる。


 さっきまでのしおらしい姿はどこに行ったんだとツッコミを入れたくなる。以前、俺の夢の中に入ってきた時と同じだ。


「俺は腹が減ってるって言ってるだろ」


「声が上ずってますよ? 私もお腹が空きました。だから、今ここでセンパイを……」


「お前には、まわりが見えないのか」


「センパイの家なら良いんですか?」


「そういう問題じゃない」


 激しくデジャブだ。人の話を一向に聞こうとしない。


 普段通りに戻ってくれるのはいいが、これはこれで困る。ここは一か八か賭けてみるか。


「暁月」


「なんですか? センパイ」


「今日の服装、似合ってる。髪型も上に結んでて、うなじも見えるし、いつも以上に色気があるぞ。それ、ポニーテールっていうんだっけ?」


 自分のことを褒められれば少しは気も逸れるはずだ。本当にそう思っているが、実際に口にするとめちゃくちゃ恥ずかしい。


 今ので喜んでくれただろうか? と不安ながらに暁月の表情を見る。


「……な、な、なっ……何言ってるんですか、センパイ!!」


 ザザザっ! と後ろに下がる暁月。


 俺から離れてくれたのはいいんだが、今度は離れすぎだろ……。

 よく見ると、暁月は俺以上に顔を赤らめていた。


「そこまで動揺することないだろ」


「だって、センパイがまさか褒めてくれるなんて思わなかったから」


「……」


「なんで黙るんですか」


「俺ってそこまで根暗に見えるか? たしかにどちらかといえば陰キャだが……」


「違います、そういうことじゃなくて……!」


「?」


 暁月がなにを伝えたいのかイマイチわからない俺は首を傾げる。イマイチというか、さっぱり理解出来ない。


「恋人でもない私を褒めても意味ないと思ったから。それにセンパイは私のことを怖がってるじゃないですか。だから、私を見ても特になんの感情も無いかなって、そう思ったんです」


「お前って、変なところでネガティブだな」


「なっ……!」


「というか、怖がるのは当然だろ。寝てる時にいきなり夢の中に出てくるんだぞ? あれで驚かないほうがどうかしてる」


「それはそうですけど……。でも、褒めてくれて嬉しいです。ありがとうございます、センパイ」


「どういたしまして」


「……これが最後の思い出なら、私も思い残すことはないです」


「今、なにか言ったか?」


「いえ、なにも」


 ボソッと囁かれた言葉。

 俺はそれを聞き逃してはいけなかったんだ。


 これが暁月との最後の思い出になるなんて、この時の俺はまだ知らずにいたのだから。

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