目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

十九話 サキュバスと過ごす聖なる日

「白銀君、二番テーブルお願い出来る?」


「はい、わかりました。今すぐオーダー取ってきます」


「今日はイブだからか、お客さんが多いね」


「そうですね。恋人たちの夜でもありますしね……」


「白銀君、さては独り身だね? 僕も同じだから、白銀君の気持ちは痛いほど伝わるよ」


「あはは……どうも」


 今日はクリスマスイブ。


 暁月が俺の前から消えてから、一週間が経った。


「こんな時、新しいバイトの子が入ってきてたらなぁ。可愛い女の子でもいたら華でも……って、そもそも従業員が男性ばかりだし、そんな都合良く女の子が来てくれるなんて早々ないよね。ははっ」


「そうっすね……」


 そんなことはない。ここは居心地がいい。シフトも融通がきくし、なにより店長がいい人だ。


 暁月も俺と同じように店長のことを褒めていた。


「白銀君。最近、元気がないようだけど大丈夫かい? もし、疲れてるなら明日休んでもいいんだよ」


「いえ、平気です。人手が足りないのは知ってるし、店長だけだと心配ですから」


「えぇ……それ、ちょっと酷くない?」


 暁月がいなくなった翌日。俺は普段のように大学に向かった。


 導に挨拶をして、暁月のことをさりげなく聞いてみると、アイツは言った。「暁月って誰?」と。


 最初は何かの冗談かと思った。だが、他の人でも同じような言葉が返ってきて、俺は夢でも見てるような気分だった。


 そう、暁月に関わった人から暁月の存在は綺麗サッパリ無くなっていた。


 何故か俺だけは暁月のことを覚えていた。これだけは救いだったのかもしれない。


 俺は暁月に約束をした。必ず助ける、と。


 だが、しかし、一週間経った今でも手がかりは一向に見つからない。


 当たり前だ。暁月はそもそも人間ではないし、俺は魔界に繋がる何かを持っていない。魔力すらない、ただの人間だから。


「店長、やっぱり覚えてないですよね」


「あ、前に言ってた暁月さんって子かい? うーん、そうだね。白銀君から、その子の特徴とか聞いても思い出せないな、残念だけど」


「そうですか……」


「うちで働いてたって事実も書類には何も書かれてないし。白銀君はその子のことが好きだったのかい?」


「好きとは……違います。でも、俺にとって暁月は大事な後輩で、行動は大胆で積極的すぎる所もあるけど、時より女の子らしく振る舞う姿はとても可愛かったです」


 ルリエよりも過ごした回数は少ない。


 俺のことをずっと前から見てきた暁月だが実際に会って話したのは、ほんの二〜三回程度だ。けれど、鮮明に思い出すことができる。


「本当に大事な後輩ちゃんだったんだね」


「はい、とても。すみません、店長が知らないことを何度も聞いてしまって。……今日はバリバリ働きます。とりあえず、今入ってきたお客様に水出してきます」


「焦ると怪我するから、ゆっくりで大丈夫だよ」


「わかってますよ」


 店長は俺がいつもと違って元気がないことを気付いている。やっぱり店長は優しい。


◇  ◇  ◇


「白銀君、お疲れ様。今日は本当に助かったよ」


「いえ、このくらい当然ですよ。店長のお役に立てたのならなによりです」


「今日は白銀君一人で三人分くらい働いたんだし、明日は休みを……」


「明日は前々からシフトを入れてたし、いきなり休むわけにはいきません。それに、今はとにかく働きたくて。だからお願いします。それでも店長がどうしても休みを取れというなら、俺も休みますけど」


 こんな事をしても、暁月が戻ってくることはないとわかっているのに。ただ、この辛さを逃げるために俺は身体を動かしているといっても過言じゃない。


 現実逃避をしても、現実は何一つ変わらないことに気付いても尚、俺は……。


「こっちは入ってくれるほうが助かるけど。……白銀君が働きたいっていうなら、こっちに止める権利はないから。明日もよろしく頼めるかい?」


「はい、任せてください。今日はお疲れ様でした」


「うん、それじゃあまた明日」


 俺は店長に頭を下げ、店を出た。


(やっと、終わった……)


 バイトが終わるや否や、ドッと身体が重くなった。


 俺自身、無理をしてるつもりは一切ない。だが、店長の言うのが本当なら俺は働きすぎなのだろうか。


 そのせいで身体にガタが来ている? だとしたら、明日もあるし今日は早めに寝ないとな。


 その前に、ルリエにケーキでも買っていってやるか。


 今日でちょうどルリエがうちに来てから一ヶ月が経つのか。


 楽しい時間はあっという間に過ぎると聞くが、まさにその言葉通りかもしれない。


「ルリエ、ただいま」


「おかえりなさい、龍幻。今日のバイトもお疲れ様」


 玄関を開けると、中からスタスタと歩いてきて、俺を出迎えてくれるルリエの姿があった。


「ルリエ。どこかに出かけていたのか? ここに脱ぎ散らかした靴下が転がってるんだが……」


「うん、さっきまで出かけ……って、散らかすつもりはなかったの。ごめんなさい」


「謝る必要はないぞ。俺は今から風呂でも入るつもりだったし、そのついでにお前の洗濯物も……って、ルリエ?」


「あの、これ……」


 モジモジとしながら、ルリエは俺に小さな箱を手渡してきた。


「龍幻にクリスマスプレゼント。年に一度のこの日だけは魔界学校からお小遣いが支給されるの。特別な日に男性を誘惑して落としなさいって意味があると思う。でも私はまだ見習いだし、だから、これは日頃お世話になってるお礼。……受け取ってくれる?」


「……っ……」


「!? りゅ、龍幻、泣くほど嫌だった?」


 俺が突然、泣き出すからルリエは驚いて、下から覗き込むように心配していた。


「ルリエ、違うんだ。これは嬉しいから泣いてるだけで。本当にありがとな。今、開けてみてもいいか?」


「うん。き、気に入ってくれるかは別として一生懸命選んだの」


「……これって」


 箱の中には、高そうな腕時計が入っていた。


「龍幻はバイトも行ってるし、大学もあるから、時間見るかなって思って。スマホ見るよりも早いし、なにより便利だからっていう単純な理由で選んだから深い意味はないっていうか」


「ルリエ」


「なに?」


「凄く嬉しいぞ、ありがとな」


 理由なんて関係ない。ルリエが俺のために選んでくれた、その気持ちだけで十分すぎるくらいのプレゼントだから。


「うん、それなら良かった! 龍幻が喜んでくれて、私も嬉しい」


「実は俺からもプレゼントがあるんだ。良かったら受け取ってくれるか?」


 鞄から出した大きな紙袋をルリエに手渡した。


「これって……マフラーと手袋とイヤーマフだよね?」


「あ、ありきたりすぎるとは思ったんだが、これから寒くなるし、なによりルリエに似合うと思って……」


 本人を前にするとなんだか照れくさい。どちらも赤色。イヤーマフはピンクのウサギ。どれもルリエ色だと思い、購入したものだ。


「すっごく嬉しいよ。ねぇ、似合うかな?」


「あぁ、可愛いぞ。凄く似合ってる。あと、せっかくだしケーキも買ってきたぞ。明日もバイト入れたから、今日くらいは、な。本当はクリスマスくらい休みを貰っても良かったんだが……」


「いいの、気にしないで。龍幻が何かに必死になってるのはわかるから。あの日、いきなり家に帰って来たときから様子がおかしかったの気付いてたから」


「気を遣わせてたのか……」


 やっぱりルリエは鋭い。いや、俺が顔に出やすいだけか? 何かに必死になってる、か。その何かはわからないのに、ルリエは……。


「そんなことないよ。龍幻、それよりもケーキ一緒に食べよう?」


「あぁ、そうだな」


 一瞬、話を逸らされた気がした。もしかしてルリエは気付いているのか? 自分の正体について俺が探っていることを。そして、暁月を助けようとしてることを。


「そういえば、ケーキってどんなの?」


「凝ったチーズケーキやらブッシュドノエルのやつもあったんだが、普通のやつを買ってきた。サンタが乗ってるショートケーキだ。ルリエはこれで良かったか?」


「うん、これでいい。ショートケーキって王道だけど美味しいよね」


「そういえば、魔界でもクリスマスとかってあるのか? 小遣い支給とか話してたから気になってな」


「あるよ。クリスマスは家族みんなで過ごすの。元気にしてるといいな……」


 ふと、故郷のことを思い出したルリエは家族のことを語り出す。その瞳の奥は寂しそうだった。


 そうだ、ルリエはしばらく親にも姉にも会っていない。俺が召喚したせいで……。


「最初は寂しかったよ。ホームシックっていうのかな? でも、今は龍幻がいるから平気。龍幻は私に優しくしてくれる。いつもありがとう、龍幻」


 ギュッと抱きついてくるルリエ。今のルリエはいつもよりも子供に見えた。


 俺が守ってやらないといけない、改めてそう思った。


「お礼を言うのは俺のほうだ。いつも俺を支えてくれてありがとな」


「支える? ここの家計を支えてるのは龍幻だよ?」


「違う、そういう意味じゃない。……俺はお前で癒されてるってことだ」


「癒さ……っ、それだとサキュバスとして失格なんじゃ……」


「元々、見習いだろ?」


 ルリエは口に手を当てて、ハッと今の状況を思い出すから、俺は思わず笑いがこぼれてしまった。


「む。龍幻のイジワル……」


「お前がサキュバスとしての自覚が無さすぎるだけだ。悔しいなら、俺を……ルリ、エ!?」


「ん……。龍幻、動揺してる。これは私の勝ちだったり、する?」


 油断してるのをいいことにルリエは俺の唇にキスをしてきた。


 そのとき、バチッと電流が走った。

 静電気ではない。頭の中に流れ込んでくるような、そんな痛み。


「勝ちってなんだよ。って、ルリエ?」


「ねぇ、誰とキスしたの?」


「……は? 誰って、ルリ……」


「私の前に誰かとキスしてる。だって、女の人の家で、上半身裸でキスをしてる。この女の人、誰なの?」


「……」


 何故、ルリエが俺が暁月にキスをされたことを知ってるんだ? 今ので俺の記憶を見たっていうのか? 


 そんなことがサキュバスに可能なのか? だって、ルリエは見習いで……。


「……の、カ」


「ルリエ?」


「龍幻の……バカ!! もう龍幻なんて知らない!」


 バンッ! と机を叩き、大声で叫ぶルリエ。俺が弁明の言葉を言う前に、ルリエは家から出て行ってしまった。


「ルリエ!!」


 俺はルリエのあとをすぐに追った。だが、しかし、ルリエはどこにもいなかった。


 上からキラキラと光る何かが落ちてきた。


「黒い、羽?」


(間違いない。これはルリエのだ)


 俺はまた失うのか?

 そんなのは駄目だ。


 ルリエは空の上だ。それはわかってるのに、手が届かない。どうすればいい?


 まずはルリエに謝らないと。せっかくのクリスマスイブに喧嘩したままなんて、そんなのは気分が悪い。


 力が欲しい。ルリエを守れるような、追いかけられるような翼が、暁月を助けられるような膨大な魔力が俺にもあったら……。


 今からでも間に合う。確証はない。けど、これ以上なにも行動しないのは、もう嫌なんだ。


 ルリエ、待ってろ。

 今すぐお前の元に行くからな。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?