警視庁刑事部魔法捜査課という組織がある。通称、なんでも屋。調べたところで何処にも乗っておらず、限られた人間だけがその存在を認知していた。
「
遠い目をしながら、天井をみあげ煙草を吸っていた黒沼が、正面の机に座る男に声を掛ける。
「
机に突っ伏したまま男、稲城が、だるそうに判子を押しながら面倒くさそうに頭上で手を振る。
「いないのに返事すんなよ、バカぁ。それは居るってことだぞ」
「じゃ、幻聴です。貴方の脳内の声です。以上」
ベタンベタンと判子の音が室内に響く。
2人以外のメンバーも死んだ目でそれぞれ仕事をしており、時折笑い出すもの、書き上げた書類をクシャクシャに丸め放り投げるもの、パソコンをなめるように見つめるもの。
「はぁ、まぁいい。とりあえず耳貸せー」
「壁にでも語りかけてて下さい。忙しいので」
「稲城、仕事の話だ」
「…」
黒沼の声のトーンがかわると、稲城は突っ伏していた姿勢を戻し、固まった肩を回しながら眉間にしわを寄せた。
「なおさら、嫌です。聞きたくない」
「聞きたくなくても何でも聞け。今、正気そうなのお前だけだから仕方ないだろ」
そう言われると、稲城は周りを見回し大きなため息を吐いて、判子を持っていない方の手を黒沼に向け、話を聞く姿勢になる。
「さっき、例の通報があったらしい。煙のない火災の件だ。あれがうちに回ってきた。急ぎはこれだ。それから3区の傘泥棒、姿の見えない水ぶっかけ犯のやつ。検証の結果は、"科学的な証拠は出なかった"だそうだ。」
「つまり」
「火災と残り2つともうちの案件になる。」
あ"ぁぁぁぁぁぁぁ
その言葉に、稲城以外の聞き耳を立てていたり、耳に入ってしまったメンバーが頭を抱えてそれぞれ机やパソコンに頭をぶつけたり、床に転がった。
「何件目だ???え?これで何件目だ??科学的証拠が出なかったら、全部うちに回すのやめろよ??はぁ?殺す気か??お前らが殺人犯になりたいのか??今すぐしょっ引くぞ」
「推理ドラマとかでも、証拠が出ないトリックとかあるじゃん、なんでもっと調べないんだよ!全部うちに送ればいいってもんじゃないだろ。ドラマみたいになめるように現場見ろよ。うちが現場に行って、うち案件じゃないってなるの事件ばっかりじゃないか。」
「早く解決が望まれる火災はわかる。まだわかる。傘泥棒とか、毎日水ぶっかけてくるやつとかってすぐ調べなきゃならない案件か???俺達何件抱えてると思ってんだ!!都合上人増やせなくて、万年人不足なのになんでうちに回すんだよぉぉ」
阿鼻叫喚の室内に話を振っていた黒沼もだよなという顔をする。
魔法捜査課はその認知度に反して、とても多忙だった。
仕事を押し付ける奴らに、この室内を是非見て欲しい。てか、見に来い。
「稲城は、叫ばないのか」
「叫ぶ元気もないだけですよ」
叫んでも変わらないですしと稲城は椅子に寄りかかり後ろにのけぞった。寄りかかったことで背もたれのスプリングがきしみ嫌な音がする。休みなく座られているこの椅子もメンバーに劣らず瀕死のようだ。
「はぁ、ま、とりあえず急ぎなんでな。稲城くんは俺と火災現場だ。アッシー君よろしく」
「黒沼さんには、この仕事の山が見えないんですか?見えないなら一片、眼科に行ってきた方が良いですよ。眼球何処かに落としてきてますから。」
「見えてるから話してるんだろ。さっき以上に正気なのお前だけになっちまったんだから、俺免許持ってないし」
「クソかよ。」
ほらよと鍵を投げられた鍵を受け取った稲城は不満な表情を隠すことなく黒沼とともに部屋を出る。
「私に運転させるなら、煙草消してください。煙いんで。」
「お前さー」
煙のない火災は、今月に入って何度も通報のあった事件だ。
誰もいない場所から突然炎が上がり、それも最初から大きな炎で現場を燃やし、そして、そのすべてが普通なら上がるはずの煙が上がらなかったという。
刑事部は最初の事件からこっち案件ではと疑いをもちつつもあらゆる可能性を考え、捜査したらしい。だがまったく犯人につながる証拠も燃焼の原因もでてこなかった。
「で、こっちによこしたらしいんだが、まぁこっちだろうなら。」
現場は一番最近のだからか、まだ焦げ臭い匂いが辺り漂っていた。火元が分からないほど燃えてしまっている現場は、あちこち炭化してしまっていて、少し触るだけでボロボロと崩れる。
「目覚めたばかりの初心者の犯行でしょうね。力試しってところでは。他の資料をみましたが、少しずつ燃やすものが大きくなってきてますし、燃え方も激しくなってます。見様見真似で試して、この犯人には燃やすのがあってたんでしょ。」
KEEPOUTと書かれたテープの中に入り、辺りを見回す。
「できると分かると、どこまでできるのか試さずにはいられなかったか。ありがちだな」
頷きながら黒沼はポケットから棒状の物を取り出す。持ち手から先端に向かって少しずつ細くなっているそれは稲城も見慣れたものだった。
「杖、持って歩いてるんですか?要らないのに」
「本命が本命だからな。お前も嫌がるし、こういうとこではこっち使って節約だよ。」
あまり使わない為、手に馴染まず何度か握り直し素振りする。
「やっぱ合わねぇな。支給品とは言え少しはカスタムするべきか?まぁ、いいか。さてさて犯人はどんな奴か。『ここを燃やした犯人の姿を見せろ』」
黒沼が杖を振りながら、言葉が紡ぐとふわりと靄が現れ少しずつ形が変わり人の姿をとる。その人形は双眼鏡か何かを覗いていたであろうポーズから、カバンから何かを取り出すような仕草をした後、それを振り下ろしそしてもう一度それを仕舞い、もう一度遠くを見る仕草をしてガッツポーズをとるとその場を去っていこうとする。
「この大きさは中学生くらいか。多分男だな。あーあ、手慣れちゃって」
「自分は選ばれたとかはっちゃけちゃった感じですかね…。この調子じゃ、次は人気の多い場所とかになりそうだ」
「事後処理が面倒臭そうだ。人が巻き込まれると上がうるせぇし、関わる人間は少人数にしないとまた記憶係に小言言われる。事件を起こされる前に捕まえるぞ。『この人物の元へ連れて行け』」
黒沼の言葉に人の形を取っていた靄がまた形を崩し、建物の外へと向う。靄は誰の目にも留まらず、風やすれ違う人に影響を受けることもなく、目的地へと流れていく。住宅街に向かっていく霞に、車は邪魔になるだろうとそのまま霞を追いかけ歩き始める。
「炎は一般人にも見えてたんだよな」
すれ違う人に不自然でない程度に目を向けて、黒沼は稲城に質問した。
「ええ、通報の多さ的に"誰にでも見えてた"はずです。本人が炎はそういうものという無意識が影響を及ぼしてるか。それとも、」
「本人が意識的に見せているのか。後者だとしたら、さっきの予想当たりかもな」
一軒の家の前でゆらりと動きを見せた靄を見つつ、めんどくせえなと黒沼はポッケからタバコを取り出し咥える。
「結局出すんですか」
「俺の活動に支障があるんだよ。」
あーうま。と煙を吐き出しタバコをそのまま、黒沼はにやりと笑ってインターホンを押した。