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第2話 選ばれし者の勘違い

ーー「はい」

インターホンからは声変わり前の少年の声が聞こえ、2人は視線を交わした後頷き、胸ポケットから表向きの配属先が書かれた警察手帳を取り出す。

「警察ですが、近くで起きた事件について聞き込みをしてまして、お時間よろしいですか?」

ーー「ッ…はい。」

警察という言葉に一瞬息を呑むような音が聞こえ、それからバタバタと扉に向かって駆け寄ってくる足音がした。

「すみません、事件って」

カチャと扉を開け顔をのぞかせたのは、火災現場で靄が再現していた人形と同じくらいの少年だった。ビンゴと黒沼は音を出さずにつぶやく。

「この近くで放火事件があったことは知ってる?」

「えっとあれですよね。先週の、炎がうちからも見えましたから、知ってます。」

「うんうん、それの話」

ふーと、タバコの煙を吐き出す黒沼に、少年が嫌そう顔をした。

「それでさ、この近くで変な人とか見なかった?変わったこととか?」

「いえ、ケホ、特には」

少年の様子に気づいていながら、黒沼はタバコを消すことなく話を続ける。噎せた少年は、黒沼から稲城の方へと視線を向けた。タバコを辞めて欲しいと言って欲しいのだろう。しかし、稲城もそれを無視し、別の方を向く。

「そっかそっか。ま、そうだよね。まあ、人通りが少ない通りの空き家や倉庫だったし。学生の君じゃね。通学路でもないだろうし」

「…」

黒沼の適当な様子に、少年が苛立ち始めていることに稲城は気づき、半歩後ろに下がる。

「でさ、何であそこもやしたの?練習?憂さ晴らし?それとも両方?」

「何言って」

「ごめんな、全部分かってきてんだわ。てか、世間的にはただの火災ってなってるのに、さっきお前放火って言った俺に聞き返さなかったし」

「…それは警察が来たから動揺してて」

「だって、双眼鏡で見ながら使っただろこれ?」

仕舞っていた杖を出して振る動作をすると少年は目を見開き、咄嗟に扉を閉めようとしたが、黒沼の手で扉を止められる。

「ちょっと外ではなし、っあっち」

そのまま扉をこじ開けようとしたが、黒沼の持っていた杖から火が上がり、咄嗟に手を離してしまう。扉で見えなかったが中から燃やされたらしい。手が離れた瞬間扉は勢いよく閉められ、施錠された音とともに逃げていく足音が聞こえる。燃えた拍子に落としてしまった杖は数秒もしないうちに燃え尽き、使えなくなってしまった。

「油断しすぎですよ」

「くー、年齢的に漫画に影響受けて堂々と技名宣言とかするタイプだと思うだろ。ま、逃がす気はないが。」

痛みを誤魔化すよう杖を持っていた手を振る黒沼に、稲城はあきれたようにいうと扉に胸ポケットに入っていたペンを向ける。

「黒沼さん本人には使いませんでしたね。」

「あぁ、思ったよりまともだったな。これなら上を説得できそうだ」

「なら…『折れろ』」

鉄の折れる音とともに扉が開く。

「誰か来ないようにここで見張ってるので、とっとと捕獲してきて下さい。」

「お前な。」

音に驚いたのだろう、2階からの物音がする。

「私が怪我して罪を増やして、未来奪うよりいいでしょ。黒沼さん一人の方がすんなりいくでしょ」

「もっと言い方あるだろ」

動こうとしない稲城を置いて階段を上がり、部屋入る。

揃えられた漫画本、積まれたゲーム、ベッドの上に投げられたままの学生鞄と双眼鏡。どこにでもあるありふれた子供部屋だった。

「10数えるぞ。大人しくでてこい」

その隅。クローゼットがかすかに揺れている。

「10、9」

「『燃えろ!』」

数え始めた瞬間、扉が開き少年が木の棒を振い、黒沼の服が燃える。黒沼は咄嗟に燃えたコートを放り、少年へと目を向ける。

「これで2回目、今度はコートか」

鋭い視線をむければ、ビクリと少年の方が揺れる。

「あんたが、あんたたちが、俺を追い詰めるから」

「追い詰められたら人に使っていいのか。そもそもどんな理由であれ、放火をしたのだからいつかは警察が来るとは思わなかったのか」

冗談だろと鼻で笑う黒沼に、恐怖より苛立ちがかったのか少年は地団駄を踏む。

「俺が燃やした証明なんてないはずだったんだ。なんであんた、俺がやってたこと知ってんだよ!おかしいだろ。現場にすら行ってないし、それにこんな方法で燃やしてただなんて誰にも分からないはずだったのに。これは俺に与えられた…」

「やっぱり、それか。揃いも揃って初心者はそればっかりだな。遠隔でしかもこんな能力で燃やせばバレないなんて、知恵が回ってない。お前が使えるなら、他に使える人間がいたっておかしくないだろ。それに、それを取り締まる人間がいる可能性も思いつかなかったのか?」

黒沼の言葉に少年は地団駄を踏んでいた姿のまま固まる。黒沼はポケットに手を入れ、先ほど出したのとは別の手帳を取り出す。

「けいしちょうけいじぶ…まほうそうさか…魔法??」

「警視庁刑事部魔法捜査課。魔法事件専門の刑事だよ。棒振り回して燃やしてたくせに、なんだと思ってたんだよ?お前が使ってたのは魔法だ。」

お前だけが選ばれたわけじゃねぇ。といえば少年は頭を抱えまた地団駄を踏み始める。

「うそだ、うそだ。だってあれはおれが見せなきゃ誰にも見えなく」

「見えるか見えないかは、魔力の有無だ。魔法が使えれば誰にでも見える。それこそ、俺や同僚たちとかな」

ふーと黒沼はタバコをふく。部屋の中に煙が舞う。

「そろそろいいか、まだ仕事が山ようにあるんでな」

「うるさい。うるさい。オレは行かない。だいたいあんたに魔法が使えるって言ったって、棒のないあんたに選ばれた俺が負けるわけ!」

「お前がうっせぇよ。」

棒を構えようとした少年の手を黒沼ははたき落とすと同時にもう一方の手でタバコを手に持ち振るった。

「『口から出る音を遮断』もう喋んな」

棒をはたき落とされたことに驚き開いていた少年の口を周りを舞っていた煙が覆い、少年の叫びが消える。

「   」

「自分がそのへんの木の棒でできるのに、捜査官が他の棒状のものでできないわけないだろ。」

のどを押さえ座り込んだ少年は、黒沼の顔とたばこを交互に見それから、顔を真っ赤にすると黒沼に飛びかかった。

「あー、あ、怪我されたらたまったもんじゃねぇ『手足を縛れ』」

何度も何度も飛び込んでくる少年にもう一度タバコを振るうと、再度は煙が少年の手足を覆い縛り上げ、少年は床にイモムシのように転がることになった。

「全く荒っぽい。」

「人様の家の扉ぶっ壊したやつに言われたくないな。くそ、手がまだひりつく。吸いづらいったらありゃしねぇ。まぁ、本命燃やされなかっただけいいか」

少年が転がった音でこちらに上がってきたのであろう稲城に少年を預けつつ、黒沼は胸ポケットに入っていたたばこ箱を出しキスをする。

「ほとんど箱に入ってないじゃないですか。まだ仕事山積みなんですよ。はぁ…杖はあれだけなんですか?予備の杖は?煙だとこっちも見えづらくなるので、終わったなら杖にしてほしいんですけど。」

靄の方が視界遮らなくていいじゃないですか。というとはぁとため息をつかれる。

「あれはあくまで囮として使ってるから、何本も持ち歩いちゃいねぇよ。それにタバコなら魔法も使えて、更に本物の煙で魔法を隠せ、そしてうまい。一石三鳥だろ。お前こそ、杖買って持ち歩けよ。ペンって…」

「どこに有ってもおかしくなく、常に持ち歩くのも楽で、普通にも使えるんだからいいじゃないですか。それに美味しいって仕事以外でも消費しちゃってる黒沼さんとは違って、使っても減りませんからね。」

「はいはい。じゃ、親が帰ってくる前に後処理は任せて帰るぞ。『覆い隠せ』」

もう一度タバコを振るとよいしょっ少年を抱え、記憶係にメールを送りつつ元来た道を戻る。バタバタとまだ少年は暴れていたが、黒沼の魔法によりその姿はすれ違う人の誰にも気付かれることはなかった。

「こんなことなら現場に車置きっぱなしにしなきゃよかったですね。」

「家の前に見知らぬ車があったら目立つだろ。隠したら隠したでうちのを避け損ねて別の車と事故。何人記憶処理しなきゃなんないんだよ。」

ポイと車に少年を放り込む。これではどちらが犯罪者が分かったものじゃないなと稲城は運転席に乗り込みエンジンをかけた。

「…これ、黒沼さんだけでよかったんじゃないですか?私なんにもしてませんが。」

「捜査は二人一組が基本。それに、俺には扉は破壊できなかったし、車も運転できなかったしな。」

ほらいけ、と言われ車を発進させ警視庁へと戻る。

「傘の方と水かけはどうするんですか?」

「日数経ってる上に何度も動かされる傘立てじゃ、俺の魔法じゃ辿れないし、次の雨の日に誰かつけとけばいいだろ。店員にも監視カメラにも見つからないんじゃ、魔力がなきゃ見つからないはずだしな。課の人間誰か立たしとけば見えるだろう。水かけも明日あたり1人行かせる。」

ただでさえ、憂鬱な雨の日や明け方にひたすら監視任務に向かわされる人間が出るらしい。まだ、任命されていない未来の担当者に、稲城はご愁傷さまと心中でつぶやいた。

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