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第3話 選ばれた者たちの日常

「黒沼、稲城。ご苦労さま。稲葉、黒沼に振り回されて大変だっただろ。これ飲みなさい元気になるから。後おみやげ、いっぱい食べるんだよ」

少年を引き渡した後、一応部署をのぞけば、久方ぶりに見る上司が職員一人一人にねぎらいの言葉とともに飲み物とおみやげを渡してきた。

もらった飲み物は見慣れた栄養ドリンクのものだったが、中身は空だった。

「…伊藤さん、帰ってきてたんですね。おかえりなさい。おみやげ後で頂きますね。ありがとうございます。」 

稲城がもらった空き瓶をその場で飲むふりをするわけにも捨てるわけにはいかず。ポケットに仕舞っている間に、黒沼は伊藤を上から下まで見やる。

「伊藤あんた、今度はどこに言ってたんだ」

見た目は整っているが、服にはほつれや焦げ跡、髪は妙に短くなっている。

伊藤は聞いてくれるかいと笑みを浮かべ楽しそうに話し出す。

「日本列島を行ったり来たりだったよ。いやーどこも景色が綺麗でね。色んなところで"見とれて"ちゃって、"転んだり""ぶつかったり"、"ちょっとドジをしたり"して、初対面の人にも怒られちゃったけど。でも、出張だったよ。」

「"見とれてた"っていうか、"意識が飛びかけた"だろ。それ。」

黒沼は恥ずかしかったなと頭をかく伊藤の顔に近づいてき掴むと、親指で目元をこする。指の下から出てきたのは濃い隈だった。誤魔化す努力はしていたらしい。

「ほらな、すごい隈だ。何徹目してんだこれ?寝ないと一般人でも倒れるのに、俺らじゃ魔力のコントロールミスって死ぬぞ」

周りにいた職員たちも、黒沼の言葉に頷く。

「寝てないわけじゃないよ、ただ…隈が中々消えなくて。」

「まともに寝たのはいつだ?寝たって言ってもどうせ移動中に数十分とかくらいだろ。」

「2日…いや…6日…そういえば出張に出てから椅子でしか寝てない?どうだったか…」

指折り数えながら、配っていたのと同じ瓶を自然な動作で飲もうとした上司を稲城は慌てて止める。

これ、いったい何本飲んでたんだ。

何処となく抜けていて、のほほんという言葉が似合う上司だったが、今の濃い隈と自然な動作で栄養ドリンクをの飲もうとする姿は少しホラーだった。

「変われる仕事は俺が変わるから寝てこい。これ以上飲んでも、体調悪化させるだけだ。」

「うーん、でも仕事山積みだろ。君に負担が…」

自分の机に積み上げられた仕事をみて、寝てる場合じゃないと首を横に振る伊藤に、黒沼は周りにいた面々に目配せをする。

「黒沼さんだけじゃなくて、私たちも手伝います。」

「伊藤さんはなーんもにも気にせず寝て下さい。」

「出張帰りなんですから、ね、ね。」

黒沼と目が合った3人が、即座に頷きしっかりと伊藤の体を両脇と背中から押さえ、仮眠室にと運んでいく。

「でも」

「"でも"じゃない。」

伊藤はそのまま仮眠室へと連行された。あの様子なら、寝せさえすれば数時間は起きてこないだろう。

「寝て起きて自分の言動振り返って、少しでも"周りに心配されてる"っていうのがわかればいいんだがな。優先順位に自分を含めないところが腹立つ。お前たちも、のたうちまわるのはいいが、あーはなるなよ。」

黒沼の言葉に全員が頷く。もっと寝てもらいたい。しかし、この部署のことを誰よりも大切にしてる伊藤のことだ。頭が回るようになったら、寝かしてもらったからと無理にでも働くだろう。

戻って来る前に終わらせようと伊藤の机の上にあった仕事を少しずつ割り振り持って行く。

「いつも思うんだが証拠が出なかったら、とりあえずうちに回しとけばいいだろ…って考えどうなのよ」

「どうもこうも無駄足踏みたくないんだと思いますよ。"怪しきは丸投げ"」

「どうせ俺等に仕事振って時間あるんだ。もっと推理を嗜め。トリックいっぱいあるぞ」

「お前、メディアばっか勧めてくるが、見る時間あるのかうらやましい」

「こいつにそんな時間あるわけないだろ。俺達ずっと顔合わせてるんだから」

これは自分がやる。これはお前できそうかとそれぞれが書類をみながら話せば、でるわでるわの魔法案件でなさそうな内容に一体何件任されたのかとげんなりし始める。

「魔法が使えてうれしかったのは、最初の数カ月くらいだったな」

「調子に乗って魔法使って、捜査課に見つかったら、ほぼ強制魔法捜査課進学コースでしたからね」

「僕、伊藤さんだったんで見逃してもらいました。結局魔捜に入ることになりましたけど。」

「なにそれうらやま。でも伊藤さんだしな」

うんうんと他の面々も頷く。

「複数の放火の子どうなるかね。」

「こっちに回ってきた時点で情報操作をしたとは言え、誤魔化しきれない部分ありますし…」

「だれか、元放火魔いなかったか?」

「いると思うぞ、火は適性出るの結構多いし」

「来てくれると助かるけど、来たらあのこの人生もコレ。こなかったらこなかったで、今まで通りの生活には戻れないしな…」

今調書を取られているであろう少年のいる部屋を見る。魔法捜査課にいる人間は罪の大なり小なりはあれど、かつて少年と同じ道を通り、そうして選択を迫られここにいる。

ここに来たからには少年の人生が、もう平坦に戻れないことを、全員が理解していた。

「……まぁ、伊藤さんが戻ってきたタイミングだったのが、せめてもの救いだな」

「ですね」

そうして、それぞれの席に戻り仕事を始める。だが、少しもしないうちに自分の机に山積みの書類を見て、さらにそこに“伊藤分”の仕事が上乗せされている現実を目にして、全員が死んだ目で書類をめくることとなった。


ここは警視庁刑事部捜課。通称なんでも屋。科学では証明できない軽度な相談事から未解決事件まであらゆることを任される、常識外が常識の部署。限られた人間にしか知られておらず、手柄も貰えなければ、それどころかひっそりと生きることを求められる。魔法というごく一部に知られた能力に適性があったものが、連れてこられる魔鏡。

彼らは今日も、魔法犯罪を取り締まり、世間に知られぬまま日常を守っている。


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