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第4話 後回しにした代償

「2人とも今までどこにいたんですか。まぁいいです。今から伝える場所に行って下さい。すぐに」

放火魔を捕らえてから7日後。部署全体のサポートにより隈の薄くなった伊藤は、外から帰ってきた2人の顔を見るなり、そう言い2人を外に押し出した。


「くそ、今日は布団で寝られると思っていたのに」

いつも以上に署内が慌ただしい。が、自分たちの携帯は捜査中に壊れたので全く情報が入ってきていない。

正直な所、何でもいいから寝かせてくれというのが共通の思いだった。

稲城は眠気を堪えて車を走らせ、隣で黒沼は不機嫌なまま、道すがら渡された代用機で伊織とテレビ電話を繋ぐ。

【3区の傘泥棒の件…覚えてますか?】

「…雨は降らなかったから、まだ捜査できてないヤツだろ。それがどうかしたのか」

次々積み上げられていく仕事に走り回っていた2人は、ただの盗難事件のことで走らされているのかと不審げに携帯を見る。

追い出される直前まではどこぞの推理漫画の様なアクロバティックでアリバイを作り逃げ回っていた強盗を川に追い詰め捕獲し、捜査一課に放り投げて帰ってきたところだった。

【盗まれた傘で殺人事件がおきました】

「殺人が?」

【はい、今朝2件同時です。】

殺人事件。その言葉に眠そうにしていた稲城も興味なさそうにしていた黒沼の表情が変わる。

「確か、傘の紛失で不自然だったのは5件でしたよね。」

「そのうちの2本が凶器になったってことか」

【えぇ。】

画面の中の伊藤は机の上で手を組み下を向いている。

「…」

稲城は思わず胸ポケットにさしていたペンを握りしめる。

たかが傘泥棒と後回しにしてしまったことで、人を死なせてしまった。

【私が後回しにしてもいいだろそう思ってしまっていました。それが事件に繋がってしまった。これは私の責任です。】

稲城の思考を読んだかのようなその言葉に、稲城は画面を見る。

不健康なその顔はしかし、目だけは死んでおらずギラギラとしている。

「伊藤、5件の傘泥棒は魔法案件だと俺も思う。が、盗まれた傘が使われた殺人事件だけじゃ、それが泥棒と殺人犯が同一犯って確証は…」

【殺された遺体は一般人では届かない……高層ビルの中間に胸を傘で刺さ張り付けられていました。それも盗まれたと申請した自分の傘でです。】

伊藤が引き出しから写真を取り出し、机に並べる。色の違う傘が刺さったビルにそこに広がる血痕、そして無残な姿になった被害者が写っていた。高校生くらいの少年と成人だろう男性でどちらも胸に穴が空きそこから真っ赤に染まっている。

一件なら偶然かもしれない。二件なら…

「まさか…」

【はい。まだ事件が続く可能性は十分にあると考えています】

2人には自分たちがすぐに出動させられた理由が分かった。

「じゃ、俺たちは残りの三人の保護に?」

【…保護そうですね。】

伊藤は先ほどの引き出しから別の書類の束を取り出し机に並べる。

【深夜、"上から血が降ってきた"という通報で遺体が発見されました。現場の状況からすぐにうちに回され、明け方前には、被害者と傘の関係を特定しここまでは順調でした。しかし】

そこまで言って伊藤は組んだ手を机に叩きつけた。

【接触できたのは1人だけ。残り二人は現在行方不明です。】

重い空気が車内に満ちる。残り二人。机に置かれていた書類には赤い字で捜索中とかかれら普段より大きく印刷された写真が添えられていた。楽しそうに笑って犬を抱えている少女の写真と孫だろうか子どもを抱いた初老男性の写真だ。

【昨日の夜までは家にいたことを家族が確認しできています。ですが、日の出前に捜査員が訪ねたときにはもういなかった。】

「間に合わなかったのか…」 

【えぇ】

たった数時間…、家に行った捜査官たちは、家族の不在に気づけなかった家族はきっと今後悔と苦しみの中にいるのだろう。

黒沼の魔法はその性質上、捜査能力に長けている。それこそ、魔法使いが集められている魔法捜査課の中でも飛び抜けており、行方不明者を捜すにはもってこいの人材だろう。

【君たちに伝えた住所は少女の家のものです。なんとしても見つけてあげて下さい。】

「頼まれなくったってやるにきまってるだろ。命がかかってるんだ。稲城、スピード上げろ」

「はい、しっかり捕まっててください。」


少女の家はファミリー向けマンションの一室だった。複数の捜査官がそれぞれリビングで家族に寄り添ったり、玄関から部屋の中まで証拠を捜して歩いている。魔法案件にはその性質上、科捜研や鑑識、カウンセラーといった別部門の人間を連れてくることができない。後処理として記憶処理課がいるが、機密性や専門性から何から何まですべて自分たちでやるしかないのだ。

「黒沼!稲城!」

「稲城、黒沼さん。良かった。連絡取れないから心配してたんですよ」

「五木。すまん、携帯壊したんだ。代用機使ってるからそっちに連絡くれ。篠宮しのみや、状況は?」

駆け寄ってきた捜査官の2人に黒沼は簡単に事情を話し、現状を確認する。

「良くない。お前と連絡がつかなかったから追跡が得意な奴で、被害者二人の家に二手に分かれて探すことにしたんだが、途中から何かに阻まれて追えないらしい。多分、隠すのが上手いやつがいるんだ。無理をして動けないやつもでた。可能な限りでいい、追ってもらえると助かる。あとコレ持ってけ」

篠宮は腰に複数つけていた黒いぬいぐるみの1つを取り、黒沼に投げ渡す。

「分かった。五木、被害者の部屋に案内してくれ。稲城、一応車に戻ってすぐ出せるように」

「はい。」

「黒沼さん、こっちです。」

ぬいぐるみをポケットに入れ黒沼は、五木と奥の部屋に向かう。稲城も言われた通り車に戻ろうとすると篠宮に引き留められた。

「稲城、お前も持ってけ。」

「でも」

「持っていてくれるだけでいいから。」

ほらと渡された人形を両手で受けとる。

「篠宮さん。何人に渡したんですか」

「この事件に駆り出されてる全員に、お前で最後だ。こんな大人数に配ったのは初めてで…ただの気休め程度にしか役に立たないだろうがな。」

落とすことがないよう上着のポケットに入れようとして、中に何かが入ったままになっていることに気づき、内ポケットに入れなおす。

胸元に当たるぬいぐるみは重くないはずなのに、重く感じた。

「ちゃんと終わったら俺のところに届けてくれ。作るの大変なんだ」

「はい」

ポケットごとぬいぐるみを握り、車へ向かう。篠宮は気休めと行ったが、稲城にはその言葉が篠宮自身が自分に言い聞かせているように聞こえていた。

「稲城!」

エンジンをかけていると目の前を白いものが通り過ぎる。黒沼の煙だ。

「行け」

タバコを咥え走ってきた黒沼が車に乗り込み、一瞬のうちにシートベルトをしめる。

「くっそ、魔力がゴリゴリ削られていく。どんだけ厳重にかけてんだよ。俺でこれならほとんど進めなかっただろうに、無理したやつは後でしばく。」

黒沼は魔法捜査課御用達の栄養ドリンクを一気にあおり、前を見据えている。先ほど燃やしたばかりだろうタバコはすでに半分以上消費されていた。

煙は黒沼が生み出したものであり、けして黒沼自身が見失うことはない。しかし、時間をかければかけるほど魔力が削られ、煙を維持できなるだろう。そうなれば、被害者にたどり着けなくなる。

連れさらわれた2人はまだ生きているのだろうか。

そんな考えが浮かんだ稲城は、その考えを振り払うようにハンドルを強く握りアクセルを踏んだ。

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