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第7話 雨が降った日

篠宮の電話を受けた伊藤は、すぐに1課に連絡を取り、信頼できる数名の捜査官を借りて女性が過去赴任していた高校を調べ、1人の生徒にたどり着いた。

【1課の方をお借りしてよかったんですか。】

「今回の事件の事は詳細には漏らしてませんし、向こうの上司にはいつも仕事を押し付けられてますからね。快く協力してくれましたよ。それに今回関わった1課の捜査官も一般人も記憶係がすでに対応済みです。」 

問題ありません。という伊藤にそれならいいのか?となりつつ、篠宮は受け入れた。


「それでですが。篠宮の言う通り、調べてもらった結果。2年前に3区の高校で女子生徒が1人亡くなっていたことがわかりました。」

伊藤は篠宮に分かったことを伝えていく。

「下校途中で何者かに拉致、暴行をうけ、その後遺体で発見されたそうです。」

【ッ…】

一瞬、電話口から篠宮が小さく息を呑む音がした。

伊藤自身も、初めてこの記録を読んだとき、思わず声を失っていた。

「女子生徒がいなくなった日は雨が降っていたそうです。しかし、女子生徒が持ってきてたはずの傘が帰るときにはなくなっていて。仕方なく一緒に帰る一つ下の友人の傘に入れて貰うことにしたそうなのですが。帰ろうとしたところで友人は、顧問だった女性に仕事を頼まれてしまった。」

その友人というのが、篠宮の探していた人物だろう。伊藤はちらりと横目で女性の様子を見る。

椅子に腰かけた彼女は、目を伏せ、唇を震わせていた。その肩は小さく震え、手が膝の上で強く握られている。自身の命が脅かされているからなのか、それとも、これから語られるであろう話に脅えているからだろうか。

「友人を待つか先に帰るか迷っていた女子生徒に声をかけたのが、殺された男子生徒だったようです。途中まで同じ方向に帰るからと。二人は、途中にある公衆電話まで一緒に帰り、女子生徒は親に連絡を取り近くの古本屋で迎えを待つことにして、男子生徒とはそこで別れたそうです。」

傘泥棒が傘を盗んでいた3区。保護された女性、殺された男子学生。そして、少女たちが出会った古本屋。ピースがはまっていく。

「女子生徒の親が迎えについたときには古本屋に女子生徒はおらず。その後、捜索願が出されましたが、見つからず1週間後に川に浮かんでいるところを発見されました。」

「…違う…私のせいじゃない…何もしてないもの…なんで私なの…違う…」

女性はぶつぶつとつぶやき、耳を塞ぎ何かを振り払うように首を振っている。

伊藤は見て見ぬふりをして、報告を続けた。

「当日、何人かが容疑者に上がりましたが、決定的な証拠はなく。最終的に現場近くにいたホームレスが彼女の鞄やコートを持っていたため逮捕されています。」

そこで、伊藤は言葉を切り再度口を開く。

「ただ、そのホームレスは収監後に獄中で亡くなっているのですが、死ぬ間際まで容疑を否認していたそうです。」

伊藤の言葉に篠宮は眉をひそめる。

仮に冤罪だったとすれば、真犯人はいまだ野放しということになる。それも、二年もの間…。殺された少女の親や友人たちがそれを知ってしまったとしたら。

「…問題の友人についてですが、ここ一週間ほど家に帰ってきていないそうです。ご両親に確認したところ、元々親子仲がうまくいっておらず、今までも良く外泊していたため気にしていなかったと。家にいても影が薄く、いてもいなくても変わらなかったそうです。」

【ッ自分たちの子どもだろ…!なんで大切にできない。】

居場所のない家の中、友人は…その子どもは、自分の能力に気づいてしまったんだろう…。篠宮の言葉はもっともだ。伊藤もその話を聞いた時、目の前にその両親がいないのに手が出そうだった。魔法はいいことばかりではない。それでも、こんな風に気づき、そして使ってはほしくなかった。

「…それから古本屋の店主に確認したところ。事件後来なくなった方の中に、亡くなった男子大学生と今行方がわかっていない男性もいたそうです。事件前は良く来ていたと。」

これで、事件関係者が一人の少女を中心に全員繋がった。



「なぜ、自分が狙われているか……知っていましたね。」

伊藤は携帯を少し離し、壊れたように呟き続ける女性に静かに声をかけた。

その声には、怒りや糾弾の色はなかった。むしろ、わずかな哀れみが混ざっていた。

「捜査官たちの聞き込みで元教え子から、あなたはいつも気に入らない子をいじめていたことを聞きました。」

ビクンと女性の体が大きく跳ね、ギョロリと目が動く。

「2年前に亡くなった女子生徒と、その友人もあなたのターゲットだった。元教え子さんが言ってました。当時、先生が傘を盗んで嫌がらせをし、困っている彼女をわざと友人と帰らせなかったんじゃないかって。噂になっていたそうですね。」

重ねられる言葉が、一つひとつ過去の罪を形に変えていく。怯えるふりも、忘れたふりももう通じない。伊藤は静かに真実を、彼女に突きつけていく。

「違う!」

女性が叫ぶように怒鳴った。その声には焦りと恐怖、そして何よりも自分を守りたいという醜い本能が滲んでいた。

「 あんなあからさまに罪になるようなこと、私がするわけないじゃない!傘を盗んだのは、あの男子よ!先輩のこと、ずっと好きだったとか。あのガキと近づきたくて盗んだって。愛だの恋だのバカみたい。私がいじめ? 何それ? 生徒に対して暴力も悪口いってないわ。 できない子をやる気にさせるために授業で指したり、内申が欲しいだろって頼みごとをしただけ! それの何が悪いのよ!できないやつが悪いだけじゃない!」

言い訳は止まらない。目は血走り、焦点すら定まらないまま、必死に言葉を吐き出している。もはや伊藤の存在など視界にすら入っていないようだった。

「あの日だって私には、終わらせなきゃいけない用事があったの。だからただ目についた生徒に頼んだだけよ。ただそれだけ!教師ってすごく忙しいんだもの。アイツラの都合なんて知らないわ。それなのに、お前のせいだだの、死んで詫びろだなんて! 言いがかりはだはだしいわ!」

女性はどうあっても、責任を認めることはないらしい。

「……そうですか。」

伊藤は淡々と、しかし確かに温度を失った声でいった。

彼女は命を狙われているという点では、保護されるべき人間だ。だが、それは彼女の命を守りたいからではなく、これ以上犯人たちに罪を犯させないためだ。

「アレが死んだのは私はせいじゃない!学校の外のことだもの。出ていった後のことなんて知らないわ。 傘もないくせに、迎えが来るまでじっと待てなかった、あの子が悪いのよ!なのに、教師を辞めることになって…」

再び口を開いた女性の言葉は、もはや壊れたレコードのように同じ弁明を繰り返している。先ほどまでの怯えたふりはもう辞めるらしい。今では椅子にふんぞり返って、足すら組んでいる。その目には、恐怖ではなく怒りと憎悪が宿っていた。それは、罪を責められている者ではなく、自分の立場を奪われたことに逆上する者の目だった。

「自己正当化もここまでくると見事ですね。ほんの少しでも罪悪感があったなら、まだ救いもあったかもしれない。でも…」

一度言葉を止め、伊藤はまるでゴミでも見るような目で女性を見下ろした。教師としての立場を利用し生徒たちでストレス発散をし、そのせいで子どもたちがどれだけ傷ついていようと…、間接的に命を失うことになった今でも全く反省の色がない姿は教師などとは言えない。

「お前は真正の下種だ。お前みたいな人間が教師を名乗っていだなんて反吐が出る。教師を辞めさせられててよかった。」

女性はその言葉に反応したが、伊藤に何も言い返そうとしなかった。最後の抵抗のように、伊藤を睨みつけ爪を噛んだ。


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